
昨年1月の能登半島地震で大きな被害に見舞われた石川県七尾市。復興に向けて歩む町の中心部、一本杉通りに整備された仮設店舗で一軒の喫茶店が営業を再開した。1953年創業の老舗喫茶店「中央茶廊」。名物マスターの窪丈雄さんが3代目として切り盛りする。
自家焙煎のコーヒーと銅板で焼くホットケーキが二枚看板。海外の農園に自ら足を運び、客に自信を持って提供できる豆だけを厳選して仕入れている。「元々は母の店の手伝いで始めた仕事だが、あれこれ試行錯誤するうちに段々楽しくなり、気づいたらコーヒーの沼(魅力)にどっぷりはまっていた」と笑顔をみせる。40代で飛び込んだ新たな世界。先人に追いつくためには人一倍の努力が必要と考え、知識の研鑽やコーヒー関連の資格の取得にも励む。納得の味を追求する姿勢に妥協はない。
こだわりの一杯と楽しい語らいを求めて、被災前の旧店舗には毎日多くの常連客が訪れた。近年は、七尾市を舞台にした作品『君は放課後インソムニア』に登場したことで、〝聖地巡礼〟を楽しむ国内外のファンでにぎわった。
そんな憩いの場も、震災で甚大な被害を受けた。明治期に建てられた趣ある建物の壁はひび割れ、床や天井は大きくゆがんだ。看板は落ち、ガラスケースは倒れ、辺り一面に食器が散乱した。しかし「愛用の焙煎機が無事だったのは不幸中の幸い」と窪さん。「自分にできるのはコーヒーを淹れること」と、震災直後から炊き出しに参加し、温かいコーヒーをボランティアに振る舞った。「喫茶店はコミュニティが生まれる場所」と語る通り、遠方から駆けつけたボランティアや、能登でフィールドワークを行った本学商学部・渡辺達朗ゼミとの交流も、震災をきっかけに始まった。
窪さんの心を強く、前向きにした出来事がある。2020年に白血病を発症。医師から生存率2割と伝えられたのを機に、「生きている間は好きなことをやろう」と誓った。「囲碁の布石のように、無意味に見える行動や経験がつながって、後から大きな意味を持つことがある。失敗を恐れずに挑戦したい」と力を込める。
次の目標は、被災した建物を解体し、昔の雰囲気を残した店舗として再建すること。無事だった焙煎機や調度品もそのまま使うと決めている。「86歳で亡くなった母の年齢まで店主を続けることができれば、中央茶廊は創業100年を迎える」。震災の爪痕が残る町で力強く歩み続ける。
ニュース専修1月号からの転載