
著述業の他に文章表現方法・小論文の指導、勉強会のコーディネイトなど多彩な分野で活躍されている石倉美智子さん。鹿児島県ご出身ということで、テレビドラマの方言指導も担当。これからも「ことば」に関わる活動をしたい、本も書きたいという石倉さんに、ハマっているという文楽の魅力などを、うかがった。
私が文楽を見るようになったのは、8年くらい前からです。異業種交流会のお手伝いをしていて、講師として来られた人形遣師の吉田勘彌さんと、たまたま知己を得たのが、きっかけでした。文楽は関西弁特有の柔らかさがあり、その魅力に惹かれ、大阪まで公演を見に行くようになりました。
東京弁だと決めつけるような「ことば」でも、文楽の関西弁って「まあ、ええやんか、そなん言わんでも」みたいな感じです。当時、人生で行き詰まりを感じていて、その「ことば」の柔らかさ、大らかさに癒やされ、ハマってしまいました。疲れた心に染み込むような感じが、いいんですよ。以来、ずっと劇場に通っていますが、歌舞伎の3分の1くらいの費用で見ることができるのもいいですね。
日本の伝統芸能といえば歌舞伎と文楽ですが、歌舞伎は「役者」を見るものだと思います。それに対し、文楽は「ことば」の芸術であり、物語を立体的に鑑賞するものだと思います。義太夫、三味線、人形遣が一体となって、舞台の上に物語をつくり上げます。当時、映画の3D上映に初めて出会ったような衝撃だったでしょうね。
文楽は主人への忠義、義理人情を語るものでもありますが、実は女の心の中にもよくスポットを当てています。嘆き、怨み、ヒステリーに至るまでをアートとして昇華するのです。
女性の存在をないがしろにしない文化は成熟した文化でしょう。作家の富岡多恵子氏は浄瑠璃について、女性の語り口そのもの、と言います。人に話を伝えるとき、話に登場する人の口調を取り込みつつ長々と語る、あれに似ていると。嫋々(じょうじょう)とした語りには、人間の存在を大らかに受けとめる度量があり、日本文化の厚みを感じます。
大学時代にも文楽は見ていますが、「まあまあ面白い」という程度でした。いま文楽に惹かれるのは、年齢と人生経験を重ねたから。私たちの日常生活で使われている「ことば」には、文楽からきているものが数多くあります。日本人的な感性のルーツなのですね。もっと早く文楽の魅力に気づければ、大学時代には近松門左衛門など浄瑠璃の研究をしていたかもしれません。
※「曽根崎心中」(近松門左衛門作)のヒロイン・お初のクリアファイル
日本文学、日本文化の魅力は、やはり「ことば」にあると思います。だから私は「ことば」に関わるお仕事なら、何によらず承っています。たとえば、占いや恋愛相談の執筆から大学での文章表現方法の指導、高校での小論文の指導、NHK大河ドラマ「篤姫」(2008年)など方言指導のお仕事にも関わっています。京都弁や大阪弁の方言指導をされる方はいっぱいいますが、鹿児島弁は俳優の西田聖志郎さんお一人で、この方は高校の先輩でもあります。「方言指導の後継者がいないから、やってみるか?」と言われ、「篤姫」のお手伝いをしました。その後も、NHK「終戦特集ドラマ・気骨の判決」(2009年8月)の方言指導も担当しました。
「ことば」に関わる、さまざまな分野で仕事をしてきましたが、日本語はとてもこまやかに思考や感覚、気持ちを伝えられるものだと思います。その魅力を伝えられる一助となりたいです。今後の抱負としては、本を書きたいと思っており、アイデアをいろいろ考えているところです。
(談)

著書『村上春樹サーカス団の行方』
専修大学出版局 1,995円(税込)
いしくら みちこ●1965年生まれ。鹿児島県出身。1998(昭和63)年、専修大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士。現在、著述業をはじめ学習院高等科で小論文、東京理科大学で文章表現方法の指導、方言指導など、「ことば」の多様な分野で活躍。研究分野は現代日本文学。著書に『村上春樹サーカス団の行方』(専修大学出版局)。