われら専修人 vol.9 心を決めた瞬間になにかがふってくるそれは私にとって「花」でした

専修大学入学と共に「花」と出会い、社会に出てからは花を教えてきた櫻井さん。オランダ、フランスといった世界のフラワーアレンジメント資格を得て、「花育」という、また一歩新たなステージへ向かっている。大学での出会い、花との関わり、そして花育について語っていただいた。

政治の世界に夢中在学中に大人の世界を見る


櫻井 はる枝

高校は松戸にある専修大学松戸高校を卒業しました。高校の友人の多くが専修大学に進学するということで、私も専大への進学を決意しました。法学部を選んだ理由は、2年生から神田校舎に通えるという理由からでした。

学生時代、法律学科ながら、政治学のゼミに入るぐらい選挙が大好きだったんです。法律は生き物と言われますが、政治はそれ以上に生き物だと思って、授業でも政治学の「現代日本政治」などを選択するほどでした。大学4年の頃には衆参ダブル選挙があったんです。当時、故・渡辺美智雄さん(※)の秘書さんに専大の先輩がいらっしゃって、議員会館で年賀状書きのアルバイトをしたり、地元候補者の選挙事務所でうぐいす嬢のアルバイトをしては「票読みのおじさんたちってすごいな」とか、大人の政治の世界を直接見ていました。周りの友達に興味を持つ人は誰もいませんでしたけど(笑)。

ゼミは3~4年の2年間、柴田敏夫先生のゼミナールに入っていました。「戦後日本の政党政治」がテーマで私にズバリの内容でした。私が研究していたのは片山内閣です。戦後初の連立内閣で、独特で面白くて夢中で研究しました。

※ 政治家。平成7年没。渡辺喜美元衆議院議員の父。

母のひと声で華道をはじめ、一生涯の付き合いに

大学入学を機に茶道と華道をはじめました。それも自主的にではなく、親の意見があってのことでした。というのも、法学部は週休2日でしたが、私の姉は薬学部で、連日実験で忙しくしていました。同じ学生なのにこうも違うのか、と驚いた母から「毎週水曜日はお茶とお花をやりなさい。やらなければ小遣いはやらない」と言われたのがはじまりでした。

お花は古流という生花の流派で、当時18歳の娘には渋くてつまらない内容でした(笑)。いまとなっては花の世界はみなひとつに通じると実感しています。当時、先生のところで習って帰ると活け返すということもせず、お花を大切にしなかった罰があたって、「一生涯をお花と共に生きなさい」と、神様に言われたのかもしれません。

大学時代のご縁があって「花」の教室を開くことに


卒業時、一番右が櫻井さん

大学3年から生花と並行して、布のお花も始め、卒業時には生花、フラワーアレンジメントの資格を取得しました。卒業後、映像制作会社の総務部に勤めました。その頃から自分で花を飾ってみたいなという気持ちが芽生えました。

2年後退職し結婚。一時は主婦業に専念しますが、再び社会に出ることを選び、それならば「お花」でとなったのです。

最初は近所の美容院でブーケを作ってくれと頼まれました。その日がたまたま大学のスカッシュ愛好会のOB会の日で、遅刻して参加し、その理由を先輩に「ブーケを作っていました」と答えると「そんなことができるなら来月からうちのホテルでお花の講習会をしなさい」と言われたのです。先輩には「はい」か「YES」で答えるしかありませんから(笑)、すぐに企画書を出して月に1回教室を開くことになりました。その噂を聞いて生命保険会社さんから依頼され、月2回教室を持つことになったのです。

30歳で身ごもり、出産となるのですがまた社会復帰できるだろうと安易に考えて仕事を手放しました。いざ希望した頃には世の景気も悪くなり、復帰できる場所はどこにもありませんでした。私は社会と関われる場所がほしかったので「これまで携わってきたお花で身を立て、自分が必要とされるにはどうすればよいだろうか」と考えた時、どこからか世界に目を向けるという答えがふってきたのです。日本のお花の世界は世襲制が色濃いのですが、純粋に腕を評価してもらえるヨーロッパに目を向けたのでした。

これからの自分の生涯をかけて「花育」を普及させることに専心


日本、オランダ、フランスの資格。フラワーアレンジメントの第一人者としてこれからの活動に期待

38歳の時、専門学校でフラワーデザインの講師をしながら、オランダのフラワーアレンジメントの国家資格(DFA)を取りました。でも、この資格はかなり難易度が高く、私の生徒も挑戦はするけどすぐには受からない内容でした。これでは一般の人に広まらないと思ったのです。そこでフランスに目を向けました。フランス園芸協会(DAFA)はほどよい難しさがあるもので、まずは私が資格取得を目指しました。その資格には1~3があり、私は3という公開テストを受けました。ステージ上で2パターンおしゃべりしながらお花をアレンジして、オブジェクトを作って、美術評論をするという試験でした。2011年6月に5人で試験を受けたうち、4人がフランス人で、私だけが日本人でした。お部屋にある花を選んで使うんですが、テストの順番が後ろほど条件は悪くなります。私は日本人なので5番目でしたが運良くダントツトップで合格しました。

時が流れ、私は一人で息子を育てる事となりました。そんな時、縁あって失業者に対して職業訓練の学校を開きました。当時有限会社を持っていましたが、国の仕事をするにあたり株式会社にしました。2014年に教室を閉め、2015年にはこれまでの顧客のお仕事をさせていただきながら次の展開を考え、「花育」に到達しました。

残りの人生は「花を通じて教育する、花を通じて世界の人を笑顔にする」、それを目指しています。具体的には10万円で協賛企業さんを募り、私が教室を開きます。花育活動を通して企業さんのCSR活動のお役に立てれば嬉しいです。そんな企業さんを一社ずつ増やしていきたいと考えています。

日本人はお花を買う習慣がありません。海外に行くと市場でおじさんが肉を買って、お花を自然に買っていきます。日本人はもともと花に囲まれた借景のなかで生活できましたが、いまは暮らしが変化して自然に親しめる環境が少なくなりました。だからこそ植物を飾って、そこからエネルギーをもらうことが大切なんです。好きな服を着るように花のパワーを身にまとってほしいと思います。

命あるものには終わりが来ます。だからこそ、「どうせ枯れちゃうから」と敬遠するのではなく「枯れてよかったな」と思ってあげてください。お花は悪いものを全部吸って役目を持って終わっていくんです。だから枯れたら「ありがとう」と、感謝のひと言をかけてあげてくださいね!(談)

「花育」とは

農林水産省が花を通じて豊かな心を育てることと定義づけたものが「花育」。櫻井さんはさらに進化させ、花を育てる、アレンジメントする、食べる……を三位一体とすることを提唱する。子供、高齢者、障害者、そしてすべての人を対象に「感性を育てるには自分が育てたものを食することが必要。子供たちが実やハーブなどを持ち帰って、お母さんこれでお料理してといった意識を持つこと」で、豊かな感性の発育を目指す。現在協賛企業を募り、将来は花育協会の設立を目指す。

さくらい はるえ●東京都江戸川区出身。昭和62年、法学部法律学科卒業。大学在学中に華道(古流)とアートフラワーの資格を取得。就職後も花に絶えず関わり、母の教えである「手に職を持て」を守り、花のエキスパートとなる。国内外で花の国家資格取得多数。