地域の誇る伝統芸能・郷土芸能団体と東京の大学生、そしてアーティスト「ゆず」のお二人。本来ならば異なる場所で活動する人たちが一堂に会し、演奏や踊りを通じてひとつにつながる。長い歴史を持つ各地の芸能に光を当て、地域の魅力やパワーを紹介する「わっかフェス」が今年も秋田市で開催された。熱気と笑顔にあふれた舞台の模様を紹介する。
vol.1 「港ばやし」「花輪ばやし」について読む>>
vol.2「毛馬内の盆踊」について読む>>
誰も見たことのない最高の景色を見たい
「音楽って、いろんな壁を突破できるものだと思うんです。それは国境だったり人種だったり歴史だったり。全部を越えてひとつになれるのが音楽の強みなので、伝統芸能とポップスの壁さえも越えて、『見たこともない最高の景色だったね』というものにできればと思います」(北川悠仁さん)
「本番のステージで期待するのは化学反応ですね。ある種実験的な試みでもあるので。僕らも一緒にどれだけ爆発できるか、すごく楽しみになってきました」(岩沢厚治さん)
3月初旬に秋田県大仙市で行われた「わっかフェス」の事前練習会。各団体の踊りや演奏を鑑賞し終えたゆずのお二人は、目を輝かせてそう語った。演者の目の前、ステージ上に用意された特等席に座り、太鼓に合わせて笑顔で体を揺らす北川さん、興味深そうに盆踊の手ぶりをまねる岩沢さん。これまでジャンルを超えたアーティストとのコラボを数多く経験してきた彼らにも、秋田県の芸能は新鮮な驚きを与えたようだ。
今年で2回目を迎える「わっかフェス」だが、かつてその前身ともいえるイベントがあった。それが東日本大震災後の2014年に始まった「復興支援音楽祭 歌の絆プロジェクト」で、ゆずはその第1回ゲストアーティストを務めている。お二人の中にはその時の記憶もまだ鮮明に残っているようだ。
「当時、いろんな不安や葛藤を抱えながら被災地を訪れてみると、そこでお会いしたみなさんが驚くほど朗らかで。自粛なんかしないでくださいよ、音楽を届けてくださいと逆に励ましていただいて。やっぱり自分たちは曲をつくって歌うという活動を止めちゃいけないんだと強く感じました」(岩沢さん)
もちろん東北の復興はまだ終わったわけではないが、新たに始まったこのフェスは、伝統芸能・郷土芸能に焦点を当て、地域から日本を元気にしていくという大きなテーマを掲げている。また、現地の芸能団体から事前に指導を受けた東京の若者たちが本番で共演するというのも、前身の時代にはなかった試みだ。
「輪/和を大切にするというのは、すごく日本的で素敵な価値観ですよね。コンサートやフェスって、僕たちみんながいろんなものを共有しながら生きていることをわかりやすく実感できる場だと思うんです。だから『わっかフェス』ってすごくいい名前だなと思っていて、この名前だからこそできることがたくさんありそうな気がします」(北川さん)
祭りの開幕を告げる
勇壮な響きと優美な舞
壁を越え、化学反応を起こし、どれだけ大きなわっかを広げることができるか。そんな期待とともに迎えた3月24日、あきた芸術劇場ミルハスを埋め尽くした観衆は、若いカップルから家族連れまで年齢層は幅広く、全員が同じイベントに集まったとは思えないほどバラエティに富んでいる。
満員の客席から熱い視線を向けられたステージで、最初に披露されたのは秋田市の港町・土崎地区に伝わる「土崎港ばやし」だ。舞台下手には勇壮な武者人形をあしらった曳山(ひきやま)飾り、中央には「祝・わっかフェス」の文字が浮かぶ角燈籠(かくとうろう)が据えられ、にぎやかに祭りの始まりを告げる。反復するリズムが高揚感を生む「寄せ太鼓」、響きの違う4台の太鼓でメロディを奏でる「港ばやし」、哀調を帯びた「あいや節」の3曲を続け、最後にもう一度気合の入った「寄せ太鼓」を演奏する頃には、7月の祭り本番さながらの熱気が会場を包み込んだ。
一番手の重責を果たした港ばやし保存会の保坂司会長は、「あの角燈籠は、お客さんに少しでも祭りの雰囲気を味わってほしくて、仕事が終わった夜にみんなで集まってつくったんですよ。楽しんでもらえたならよかったです」と充実の表情。同じく保存会の小林瑶さんは、「いやあ、心臓バクバクでした(笑)」と照れたものの、ステージでは実に堂々とした演奏を見せてくれた。「ゆずさんや他の団体さんを見に来た方にも、港ばやしの面白さを知っていただけたんじゃないかと思います」
昨年から保存会の指導を受けて練習を続けてきた東京学芸大学和太鼓サークル結(ゆい)の佐藤匠さんは、最初の1打を打ち下ろす瞬間が最も緊張したという。「そこは絶対に失敗しちゃいけないと思って、控え室でずっとイメトレしていました」。学業の合間を縫って仲間たちと練習を重ねてきたこの4カ月を振り返り、「最初の練習から今日まで、夢中になれる瞬間が何度もありました。やって良かったと思います」と、しみじみと語った。
長さ2メートルはあろうかという大太鼓3台が登場し、パーンと広がる甲高い音を響かせると、それを合図に手ぬぐいで頰被りをした男女30人ほどが静かに現れる。県の北東・鹿角市で400年以上続いてきたといわれる「毛馬内の盆踊」は、本来は中央の篝火(かがりび)を向いて静かに踊る輪踊りの形式。ステージライトの下で揺れる、繊細ながらも凛とした手先の優美さ、滑るような足運びの細やかさは、つい息を止めて見入ってしまうほどだ。
祖先の霊に祈る所作が特徴の「大の坂(だいのさか)踊り」、五穀豊穣の願いを込めた「甚句(じんく)踊り」、そして“余興”という位置付けの「じょんから踊り」まで、わずか10分余りの演技ながら会場の空気を一変させた。力強い歌声を披露した歌い手の中村京子さんは、「甚句は本当に難しいので今も勉強中です。今日はお客さんが多くて緊張しました」と謙遜するが、娘の莉菜さんは「毛馬内の盆踊は歌もいいし、踊りもいいし、すごく好きです」と屈託がない。そして親子で「楽しかったね」と顔を見合わせて笑った。
「教えていただいたことは全部出し切ったので、そこは自分でも100点満点です」。一緒に踊った東京学芸大学の仲野美優さんは、今回の経験は間違いなく一生の財産になったという。「こちらのみなさんと連絡先も交換したので、ぜひ8月の本番にお邪魔できたらなと思っています」。仲野さんや莉菜さんのような若い後継者も育ちつつある毛馬内の盆踊は、きっとこの先も安泰に違いない。そんな期待を抱かせてくれた。
みんなの心に届いたものが
続いていけばいい
続いてステージに登場したのは、日本三大ばやしのひとつにも数えられる「花輪ばやし」。8月に鹿角市の花輪地区で行われる祭礼では、若い世代を中心とした明るく熱気あふれる演奏が人気で、毎年多くの観光客を集めている。この日も演奏が進むにつれてリズムはぐいぐいと推進力を増していき、演者の掛け声もひときわ熱を帯びていく。わずかな時間ながら祭り本番の興奮を再現して見せた熱演に、会場からは大きな拍手が送られた。
花輪ばやし若者頭協議会の盛内優紀会長は、「この舞台を成功させるという共通の目的を持って他の団体さんや学生たちと協力できたことが本当にうれしくて。最高のイベントでした」と感無量の表情。花輪ばやしも他の団体と同様、後継者不足という悩みを抱えているが、「今日ここでつながった縁は、きっと将来に続くと思います」と喜びを語った。
最初に鹿角を訪れた2023年の秋以来、繰り返し動画を見ながら練習に励んだという和太鼓サークル結の手島彪冴(ひょうご)さんは、「自分たちにできることは全部できたと思うので今日の出来には満足しています。ただ、これで終わりだと思うと寂しくて……。なので今年の夏はぜひ鹿角に行けたらと思います」。手島さんのその言葉に間髪を入れず「待ってます!」と応じる盛内さん。弟の成長を頼もしく見守る兄のような盛内さんのやさしい目と、2人の仲の良さが印象的だった。
どこかで響くホラ貝の音に「おおーっ」という低い唸(うな)り声が無数に重なり、一気に会場の緊張感が高まる。誰もが息をのんで次に起こることを見守る中、大きく肩をいからせたなまはげの一群がステージに現れると、客席の足元が揺れるほどの勢いで和太鼓の連打を始める。Akita和太鼓パフォーマンスユニット音打屋-OTODAYA-による「なまはげ太鼓」の演奏が始まった。
男鹿の伝統行事「なまはげ」と本格的な和太鼓演奏を組み合わせた「なまはげ太鼓」は、文化の継承と地域振興のため昭和の終わり頃に生まれた郷土芸能だ。県内各所での演奏だけでなく、海外公演やロックフェスへの参加など精力的な活動を続ける音打屋は、昨年に続いて「わっかフェス」のステージに登場。全身全霊の「真山おろし」が終わるとなまはげたちはどこかへ姿を消し、代わりに人間の姿に戻ったメンバーが再び現れる。絡み合うリズムアンサンブルと篠笛のメロディが美しいオリジナル曲「四季彩」では、1曲目とはまた違った魅力を見せてくれた。
「他の団体さんの演奏を見たりお話をしたりという機会は普段なかなかないので、『わっかフェス』はやっぱり楽しいです。なまはげや和太鼓に関心を持つ人が1人でも増えることは秋田の芸能チーム全体にとってプラスなので、見てくださった方に何か伝わればいいなと思います」。リーダーの岩澤将志さんは、なまはげとは似ても似つかぬ笑顔でそう語った。
秋田県は国の重要無形民俗文化財の指定が全国で最も多く、この日披露された港ばやし、毛馬内の盆踊、花輪ばやし、なまはげはいずれも国の文化財であると同時にユネスコの無形文化遺産にも登録されている。しかしそんな説明を聞くまでもなく、伝統芸能・郷土芸能の奥深さと魅力は多くの人に伝わったはずだ。
開演から1時間半、場内の期待が最高潮に達したところで、ステージにはいよいよあの2人が登場する。
みんなでつなぐひとつの輪
その始まりの日
2本のギターと2人の声だけでしっとりと始まった「虹」が終わると、2曲目の「少年」では早くも客席とのコール&レスポンスが始まる。北川さんのレクチャーに合わせて「A・K・I・T・A」の5文字を体で表現する人たちは心の底から楽しそうだ。それまで各団体のパフォーマンスに真剣に見入っていた「観客」を、一瞬で「参加者」に変えてしまう彼らの吸引力はさすがという他ない。
「みなさん、あれを出してください」。北川さんの呼びかけで、全員が入場時に配られた黄色いタンバリンを取り出し頭上に掲げて見せる。ステージに登場した各団体からの選抜メンバー「わっかダンサーズ」とともに振り付けを練習すると、そのまま演奏は「タッタ」へ。約2000のタンバリンが照明を反射し、会場全体がキラキラと輝く。さらに「夏色」では、あまりにも意外ななまはげとのコラボレーションも実現。この場でしか見られないサプライズの連続に、会場は熱気と興奮の渦に包まれた。
「みなさん、日々いろんなことがあるでしょう。昨年の大雨で大変だった方もいると思います。でもせっかくここに集まってくれた、最後はみんなで一緒にこの歌を歌ってください」。北川さんのMCに続くラストの「栄光の架橋」では、出演者全員が再びステージに集結。もう迷わずに進めばいい――。そんな歌詞をかみしめるように歌う。実に感動的な瞬間ではあるが、感涙にむせぶというよりは誰もがこの日最高の笑顔を見せている。それがとても「わっかフェス」らしい光景だった。
「これから、ですよね。これがきっかけになってどんどん輪が広がっていってほしいと思います。今日のステージを見てすぐに自分が芸能を始めるというのでなくても、そういうものがあると知る人が増えれば地域の熱も上がっていくはずですから。学生のみなさんも大学ではできない貴重な学びになったと思いますし、それをどう継続していくかが大事かなと思います」(岩沢さん)
「演者のみなさんもお客さんも本当に温かくて、みんなでつないだ輪が最後にすごく大きくなった、そんな印象です。ただ、これはスタート地点だとも思います。今日盛り上がったからよかったね、じゃなくて、ここから地域の文化や人の温かさなんかをずっと伝えていけたらいい。僕たちもまだまだ知りたいし、また一緒に何かできたらと思います」(北川さん)
途切れることのない輪の中に、ゆずのお二人も、芸能団体や学生たちも、そして会場でこの模様を見守ったすべての人たちもいる。みんなでつないだひとつの「わっか」は、2年目の今年、また少し大きくなった。