ヴァシュロン・コンスタンタンの歴史と今

VACHERON CONSTANTIN GENÉVE Since 1755 世界最古の時計メゾンの歴史

朝日新聞DIGITAL広告特集 企画・制作:朝日新聞社メディアビジネス局

NEW BOUTIQUE

ヴァシュロン・コンスタンタンの歴史は、スイスの、就中ジュネーブの時計製造の歴史とぴたりと重なる。
1755年の創業から一度も途切れることなく継続されてきたその歩みをたどりながら、ヴァシュロン・コンスタンタンでなくては到達しえなかった境地に触れる。

HISTORYメゾンの歴史

HISTORY 1キャビノティエの時代に始まる266年の歴史

1755年ジュネーブに創業以来、一度も途切れることなく歴史を刻んできた世界最古の時計メゾン、それがヴァシュロン・コンスタンタンである。

ジュネーブが時計製造の拠点となる動きは、16世紀半ばに始まる。当時ヨーロッパには、宗教改革の嵐が吹き荒れていたが、実はこのことと、ジュネーブの時計製造とは、密接に関わっている。

改革派の中心人物ジャン・カルバンはジュネーブを舞台に改革運動を推進。これに伴い、ヨーロッパ各地からカトリック教会派の迫害を逃れてジュネーブを目指すユグノーと呼ばれる新教徒たちが目立ち始める。その中には、金細工、織物、印刷などの技術を身に着けた手工業者も多くいた。

彼らは、ジュネーブ在住の金細工師たちとの連携を深めていくのだが、カルバンは贅沢を禁じストイックな生活を市民にも求めていたため、宝飾品や装身具の製造は許されず、その技術を生かせる時計製造に転じる者が増えていく。こうして1601年にはジュネーブで世界初の時計職人ギルドが設立され、18世紀に入るころにはジュネーブは時計製造の一大拠点へと成長していった。

そんな時代、時計師たちは、自然光が入るキャビネットすなわち屋根裏部屋を作業場としていたことから「キャビノティエ」と呼ばれていた。彼らは、技術面はもちろん、神学、天文学、数学などにも通じた知的レベルの高い存在として尊敬を集めていたという。

産業革命が興って間もない1755年、ジャン=マルク・ヴァシュロンという24歳の青年が、ジュネーブに時計工房を開設。これが、ヴァシュロン・コンスタンタンの出発点となる。以来260年以上もの長きにわたり、クォーツ時計の登場でスイス時計業界が苦境を余儀なくされた「クォーツショック」の時代でさえも、一度も歩みを止めることなく、連綿と歴史を紡ぎ続けてきた。

ジャン=マルク・ヴァシュロンが作った最初期の懐中時計。
ジャン=マルク・ヴァシュロンが作った最初期の懐中時計。
1880年にマルタ十字をロゴマークとして登録。写真は、その経緯を説明する後世の文献。
1880年にマルタ十字をロゴマークとして登録。写真は、その経緯を説明する後世の文献。

HISTORY 2フランソワ・コンスタンタンの参加で新しいフェーズへ

ジャン=マルク・ヴァシュロンの工房は、2番目の息子アブラアン・ヴァシュロン、さらにその息子のジャック・バルテルミー・ヴァシュロンへと受け継がれ、順調に成長を見せていく。この3代目のジャック・バルテルミーの時代に、フランソワ・コンスタンタンを共同経営者として迎え入れ、Vacheron & Constantinという新会社を設立。フランソワ・コンスタンタンは、自社の優れた時計を広めることに尽力し、販路はヨーロッパにとどまらず北米や南米まで広がった。また、彼の進言で、当時時計メゾンとしては珍しかった宝飾の製作も開始した。

新会社設立から数週間後の1819年7月5日、トリノへ向かう途上、フランソワ・コンスタンタンは、ジャック・バルテルミーに宛てた手紙にこう記している。

「できる限り最善を尽くす、そう試みることは少なくとも可能である」

この言葉に集約される精神は、現在もメゾンに脈々と受け継がれている。

1839年には、ジャック・バルテミーは技術責任者としてジョルジュ=オーギュスト・レショーを雇い入れる。彼は創意工夫の才に長けた人物で、パンタグラフという工作機械をはじめ、時計製造上の様々な改革を推進。以前は手作業で部品製造を行っていたのだが、同じ部品を正確かつ連続して製造できる手法の開発によって、部品の互換性がもたらされ、生産効率が飛躍的に向上することになる。これはメゾンのみならず、スイスの時計業界全体にとって画期的な発明だった。

この時代、2種類のメロディーを随意に奏でるオルゴール時計やクオーター・リピーターウォッチをはじめ、複雑機構の時計も既に開発されていた。

HISTORY 3海外戦略が奏功、世界的な名声を確立する

その後、メゾンはシャルル・セザール・ヴァシュロン、シャルル・コンスタンタンへと継承され、ヨーロッパのみならず、アジア、北米、南米、中東、アフリカをはじめ世界中にも販路を広げ、ヴァシュロン・コンスタンタンは世界的な名声を獲得していく。

1875年には、ジュネーブ市内を流れるローヌ河の中州ケ・ド・リルに本社屋が完成。ジュネーブのグラン・テアトルを手掛けた建築家ジャック・エリゼ・ゴスが設計したこの建物は現在の本店であり、遺産管理室などが置かれ、ジュネーブの歴史的ランドマークのひとつとして、往時の姿を今にとどめている。

1880年には、マルタ十字をメゾンのロゴマークとして、連邦工業所有権局に登録。4つの矢尻状の図像が集まり、外へ向けて8つ角を持つマルタ十字は、ヴァシュロン・コンスタンタンのムーブメントにこの形状に似た部品が使われていたことから、高精度を象徴するものとして採用に至ったと伝わっている。元来キリスト教の聖ヨハネ騎士団のシンボルだが、その長い歴史に鑑み、気高さ、勇気、誇りを示す紋章として選ばれたものと思われており、それは熟練した職人技の気高さ、困難に立ち向かって物事に臨む勇気、優れた仕事を成し遂げる誇りを象徴するものなのだろう。このマルタ十字は、今日ではメゾンを象徴するものとして重要な役割を担っている。

20世紀に入ってからもヴァシュロン・コンスタンタンの快進撃は続く。まず1906年に初のブティックを、現在の本店ブティックと同じケ・ド・リルの本社屋内に開業。高級感あふれる調度品がしつらえられ、王侯貴族や上流階級の顧客を迎え入れるのにふさわしい迎賓館となった。

オリジナルの『アメリカン 1921』と、当時の顧客台帳
オリジナルの『アメリカン 1921』と、当時の顧客台帳

COLUMN 1アメリカの熱狂を伝えるヒストリーク・アメリカン 1921

1921年には、アメリカ市場向けに24本のみが制作された記念碑的なモデル『アメリカン 1921』を発表。懐中時計から腕時計へと人々のニーズが切り替わり始める時代の空気を敏感に捉え、ドライバーが運転する際にも時間を読み取りやすいよう傾けた文字盤をクッションケースと組み合わせたこの時計は、“Roaring Twenties(狂騒の20年代)”が幕開けした頃の米国やヨーロッパを包んだ、活気と自由の風という当時の社会や文化の状況を映し出したものだった。

現行の人気モデル『ヒストリーク・アメリカン 1921』は、このオリジナルモデルからインスピレーションを得たもの。また、2021年にはオリジナルモデルから100周年を記念し、メゾンのヘリテージ部門とレストレーション工房の知見を総動員し、傾けたグラン・フー・エナメル文字盤はもちろん、往年の工作機器までも用いて完全復刻した「アメリカン 1921 ユニークピース」も大きな話題を呼んでいる。

右がオリジナルの『アメリカン 1921』、ブラックレザーストラップ仕様。左は、忠実に再現された『アメリカン 1921 ユニークピース』、ブラウンレザーストラップ仕様。
右がオリジナルの『アメリカン 1921』、ブラックレザーストラップ仕様。左は、忠実に再現された『アメリカン 1921 ユニークピース』、ブラウンレザーストラップ仕様。
2004年、ジュネーブ郊外のプラン=レ=ズアトに完成した新社屋兼アトリエ。
2004年、ジュネーブ郊外のプラン=レ=ズアトに完成した新社屋兼アトリエ。

HISTORY 4そして21世紀、進化の針は止まらない

1996年にリシュモングループ傘下となり、ヴァシュロン コンスタンタンは、それまで以上に生産体制やマーケティングの充実を図ることになる。

2004年には、ジュネーブ郊外のプラン=レ=ズゥアトの地に、新しい本社兼アトリエを建設。この建築デザインに、メゾンを象徴するマルタ十字のモチーフが採用されたことは、前述したとおりだ。ここに経営、管理、デザイン、生産の全てが集約された。

2004年、ジュネーブ郊外のプラン=レ=ズアトに完成した新社屋兼アトリエ。
2004年、ジュネーブ郊外のプラン=レ=ズアトに完成した新社屋兼アトリエ。

ヴァシュロン・コンスタンタンを語る上で、ジュネーブ・シールも忘れてはならない。

ジュネーブ・シールとは、ジュネーブの伝統性的な時計製造技術を守るために1886年にジュネーブ州議会によって定められた公的品質認証である。ムーブメントがジュネーブ州内で組み立てられることや、部品の仕上げ、製造方法など12箇条に渡って規定が設けられている。

2010年の法改正後、2012年に本格運用が始まった改正規約では、ムーブメントだけでなく、ケースに収めた状態での精度や防水性に関する条項も加わり、より厳格な基準となった。これをクリアしたモデルには、ムーブメントやケースに、ジュネーブ州の紋章の刻印が許される。

ジュネーブに誕生し、長い歴史を刻んできたヴァシュロン・コンスタンタンは、当初からジュネーブ・シール取得に力を注ぎ、大半の機械式モデルがこの認証を受けてきた。現在もっとも多くのジュネーブ・シール取得モデルを輩出し、ジュネーブの名門にふさわしい存在感を見せている。

現在ヴァシュロン・コンスタンタンは、無駄がなく、限りなく純粋なスタイルを具現化した「パトリモニー」、18世紀から受け継がれ、ジュネーブが誇る卓越した時計製造を鮮やかに表現している「トラディショナル」、旅のスピリットを表現している「オーヴァーシーズ」、50年代のモデルを着想源とし、レトロな半面とコンテンポラリーの半面を併せ持つ「フィフティーシックス」、1921年に発表し、メゾンを象徴するトノー型の「マルタ」、1755年の創業から途切れることなく続く、メゾンの創造性に敬意を表した「ヒストリーク」、オートクチュールとオートオルロジェリーの世界が融合し2020年に発表された初めてのレディスライン「エジェリー」などのコレクションを柱としている。

シンプルなエレガンスを極めたタイプから、トゥールビヨン、ミニット・リピーター、パーペチュアルカレンダー、天文表示機能、それらを組み合わせた超複雑機構のモデルまでもが用意されている。

芸術、歴史、文化からインスピレーションを得て生まれる「メティエ・ダール」コレクションも、メゾンを象徴するひとつだ。芸術作品ともいえるメティエ・ダールは、彫金、ギヨシェ、エナメル、ミニアチュールペインティング、ジェムセッティングなどの伝統技法を駆使しながら、文字盤上やケースに深遠な芸術の世界が展開される。そこに260年以上も続く名門メゾンならではの実力と矜持が見て取れる。

COLUMN 2CEOルイ・フェルラ氏が取り組むアートとの融合

現在のヴァシュロン・コンスタンタンの舵取りを担うのが、2017年4月にCEOに就任したルイ・フェルラ氏である。伝統性を重んじながら、未来に向けたアグレッシブな取り組みを推進し、2019年にルーヴル美術館とのパートナーシップを締結。この提携関係の下、ルーヴル美術館所蔵作品を着想源に、ミニアチュールペインティングや様々なエナメル技法などを駆使し、文字盤上に再現した芸術的なモデルを誕生させてきた。2020年12月には、クリスティーズのウェブサイトで特別に開催されたオークション“BID FOR THE LOUVRE”にてルーヴル美術館をサポート。落札者はルーヴル美術館のキューレーターとメゾンの職人に実際に会い、ルーヴル美術館が所蔵する中から選んだ芸術作品を時計職人が文字盤上に再現する特別な時計を手にすることができるというもの。この売上の全額が、ルーヴル美術館連帯プロジェクトに寄付されるという。

ルーヴル美術館とのパートナーシップ締結を発表する、ヴァシュロン・コンスタンタンCEOルイ・フェルラ氏(右)と、ルーヴル美術館代表を務めるジャン=リュック・マルティネズ氏(左)。
ルーヴル美術館とのパートナーシップ締結を発表する、ヴァシュロン・コンスタンタンCEOルイ・フェルラ氏(右)と、ルーヴル美術館代表を務めるジャン=リュック・マルティネズ氏(左)。

COLUMN 3スタイル・アンド・ヘリテージディレクター、セルモニ氏の温故知新

2015年、創業260周年を記念し超複雑なダブルフェイスの懐中時計「Ref.57260」が発表された。3軸トゥールビヨン、グラン/プティ・ソヌリ、ミニット・リピーター、グレゴリオ暦とユダヤ暦の両方に対応したパーペチュアルカレンダーなどなど、57もの機能を備えたこの時計は、メゾンの技術力を雄弁に物語る金字塔的作品となった。

この企画・制作の中心的存在として力を発揮したのが、スタイル・アンド・ヘリテージディレクターのクリスチャン・セルモニ氏だった。

1990年にヴァシュロン・コンスタンタンに入社以来、製造ならびにソーシング部門に於いて重要な役割を果たし、2005年に創業250周年記念として発表されたハイコンプリケーションモデル「トゥール・ド・リル」の開発も主導。2010年にアーティスティック・ディレクターに就任し、工芸性の高いモデルを手がけるメティエ・ダール工房や、ビスポークモデルの開発を担うレ・キャビノティエ工房の発展・強化に尽力。2017年に現職に就任以降、メゾンのヘリテージを現在の方向性の中にいかに位置付けるかにも力を注ぐ。前述した「アメリカン 1921 ユニークピース」の復刻プロジェクトも、氏に負うところ大である。

ヴァシュロン・コンスタンタン スタイル・アンド・ヘリテージディレクタークリスチャン・セルモニ氏。1959年、ジュウ渓谷の時計職人一家の出身。
ヴァシュロン・コンスタンタン スタイル・アンド・ヘリテージディレクタークリスチャン・セルモニ氏。1959年、ジュウ渓谷の時計職人一家の出身。

PRODUCTパトリモニー・エクストラフラット・パーペチュアルカレンダーキャリバー1120 QP

大の月、小の月、さらに閏年も含め2月の日数も自動調整し、2100年3月1日まで日付修正を必要としない機構が、パーペチュアルカレンダーである。部品点数の多さや組み立ての難しさだけでなく、細かい調整が不可欠な超複雑機構として知られている。その複雑さゆえに、パーペチュアルカレンダーに魅せられてきた時計師も少なくない。

ヴァシュロン・コンスタンタンのパーペチュアルカレンダーモデルは、伝統的なシンメトリーな表情を特徴とする。ここに紹介する「パトリモニー・エクストラフラット・パーペチュアルカレンダー」は、文字盤の12時位置に4年分の月表示と閏年表示、3時位置に日付、9時位置に曜日、6時位置にムーンフェイズを搭載。複雑性を極めながら、276個もの部品を直径29.6㎜、厚さわずか4.05㎜の超薄型キャリバー1120 QPに収め、ケースも8.96㎜と極薄のエレガンスを実現している。

ヴァシュロン・コンスタンタンの美意識と技術力が、高次元で融合された1本と言って差支えない。

自動巻き、直径41㎜、ピンクゴールドケース×アリゲーターストラップ、3気圧防水、ジュネーブシール取得キャリバー1120 QPを搭載。
自動巻き、直径41㎜、ピンクゴールドケース×アリゲーターストラップ、3気圧防水、ジュネーブシール取得キャリバー1120 QPを搭載。
サファイアクリスタルバックからは、繊細な美しい仕上げや、メゾンを象徴するマルタ十字をあしらったローターを、存分に堪能できる。
サファイアクリスタルバックからは、繊細な美しい仕上げや、メゾンを象徴するマルタ十字をあしらったローターを、存分に堪能できる。

TOPICS新店舗情報

世界最古の老舗、その「最先端」が銀座に登場

技術力、審美性、伝統性が一体となり、芸術の域に達した時計を届けるヴァシュロン・コンスタンタン。その世界観を心ゆくまで味わえる新しいブティックが、2021年12月5日東京・銀座にオープンした。

ファサードからインテリアに至るまで、メゾンを象徴するマルタ十字が随所にあしらわれている。歴史あるメゾンらしい落ち着いた上質な雰囲気がありつつ、外光がたっぷりと注ぐ店内は明るく、活気に満ちた心地よさを感じさせる。1階スペースには主要な各コレクションを揃え、2階のサロンスペースでは、ソファーでゆったりと時計の魅力に向き合うこともできる。

東京銀座4丁目にオープンしたヴァシュロン・コンスタンタン 銀座本店。ファサードからインテリアに至るまで、メゾンが掲げる「Classic with a Twist(伝統的でありながら遊び心のある)」を見事に体現している。東京都中央区銀座4-3-9 TEL03-6862-1755 営業時間12:00~20:00
東京銀座4丁目にオープンしたヴァシュロン・コンスタンタン 銀座本店。ファサードからインテリアに至るまで、メゾンが掲げる「Classic with a Twist(伝統的でありながら遊び心のある)」を見事に体現している。
東京都中央区銀座4-3-9 TEL03-6862-1755 営業時間12:00~20:00

「できる限り最善を尽くす、そう試みることは少なくとも可能である」という、あのフランソワ・コンスタンタンの言葉をモットーに、伝統性を重んじながら、常に革新的でもあろうとするヴァシュロン・コンスタンタンのスタンスをこのブティックで感じることができるに違いない。

明るくモダンな店内の2階には、サロンススペースや、常駐する時計師と交流できるウォッチメイキングベンチなどが設けられている。
明るくモダンな店内の2階には、サロンススペースや、常駐する時計師と交流できるウォッチメイキングベンチなどが設けられている。
東京銀座4丁目にオープンしたヴァシュロン・コンスタンタン 銀座本店。ファサードからインテリアに至るまで、メゾンが掲げる「Classic with a Twist(伝統的でありながら遊び心のある)」を見事に体現している。東京都中央区銀座4-3-9 TEL03-6862-1755 営業時間12:00~20:00
東京銀座4丁目にオープンしたヴァシュロン・コンスタンタン 銀座本店。ファサードからインテリアに至るまで、メゾンが掲げる「Classic with a Twist(伝統的でありながら遊び心のある)」を見事に体現している。
東京都中央区銀座4-3-9 TEL03-6862-1755 営業時間12:00~20:00