WELL-BEING ACTION!

「SBNR」が開く地域創生の未来 日本の精神資源が世界を魅了する理由

ジャパンモビリティショー2025 トークセッション(後半)

欧米で広がる新たな精神的ライフスタイル

写真

ジャパンモビリティショー2025で開催されたトークセッションの後半では、ファシリテーターの伊藤幹さん(株式会社博報堂 生活者発想技術研究所)から、「SBNR」という概念が紹介された。伊藤さんの説明を受けて、島田由香さん(株式会社YeeY代表取締役ほか)は会場に「SBNRに興味があって来た人」と問いかけると、手を挙げる人はわずか。しかし「これが絶対重要なキーワード。今日これだけ覚えて帰っただけでも価値がある」と力説した。

SBNRとは「Spiritual But Not Religious」の略で、直訳すると「宗教的ではないがスピリチュアル」という意味だ。特定の宗教を信仰しているわけではないが、精神的な豊かさや自分が信じる大切なものを持っている人々を指す。ではなぜ、宗教離れが進む時代に、精神性がふたたび求められているのか。この概念は2000年代にアメリカで広がり、伝統的なキリスト教会に所属しない若者が増えていく実態を捉えて生まれた。

現在、欧米のSBNR層は日本の精神文化に強い関心を持っているという。伊藤さんは「日本はスピリチュアルな国だと思う、日本のスピリチュアルな地域に行ってみたいという声が多くあります」と語った。

しかし「スピリチュアル」という言葉をうさんくさいと感じる人もいるかもしれない。伊藤さんはそうした懸念を払拭(ふっしょく)するため、SBNRを日常的なライフスタイルとして再解釈した。「リトリート、サウナで心身を整える、瞑想(めいそう)、良い睡眠や食事を取るといった、心の豊かさを求める日常的な行動もある種SBNR的だと考えられるのではないか」。

さらに伊藤さんは、SBNRを「Soul(こころ)」「Body(からだ)」「Nature(しぜん)」「Relationship(つながり)」の頭文字と読み替えることを提案した。自分自身を見つめ直す心を大事にする人、身体感覚を研ぎ澄まし体を大事にする人、自然とつながることを大事にする人、他者や先祖・歴史とのつながりを大事にする人。こうしたS・B・N・Rを大切に生きる人々を「SBNR層」と呼び、そこに新たな豊かさやビジネスチャンスがあると示唆した。

山形県・鶴岡の修験道体験が示す可能性

写真

山縣太希さん(株式会社SIGNING)は、SBNRの具体例として山形県鶴岡市の修験道体験を紹介した。鶴岡市は日本海に面し、出羽三山に囲まれた地域で、古くから修験道・山伏修行という精神文化が根付いている。

修験道は山岳信仰をもとに発展した日本独自の宗教で、厳しい山中での修行を通じて自然や祖先の命とのつながりを感じながら悟りを開く修行だ。江戸時代から「生まれ変わりの旅」として広まり、現在は日帰りでも体験できるプログラムとして展開されている。

山縣さん自身も社員と共に体験した。修行中は「うけたもう」という言葉だけ発することが許され、私語は厳禁。先達と呼ばれる山伏の案内に従い、羽黒山にある2,446段の石段を登る。スマートフォンもパソコンも持たず、日常から完全に離れて没入していく。

「木々の間を通っていく空気の音、遠くの方で聞こえる動物の鳴き声が、一段一段上っていくたびに鮮明に聞こえてくる。頭を空にしてリセットできるような感覚がありました」と山縣さん。終了後の「直会(なおらい)」では参加者同士で感じたことを語り合う。「理解しきれないけれども、体験を通じて畏敬(いけい)の念を感じる、自然と一体となるような感覚は、山伏修行の中で大切にしていることではないか」。

こうした精神体験の魅力から、鶴岡を訪れる人は増えており、企業研修にも活用されている。さらに、この経験を通じて実際に山伏になる人もいるという。山縣さんは「地域の精神資源をうまく使いながら展開する旅の好事例」と評価した。

伊藤さんも同じ体験に参加し、「石段を一歩一歩登りながら肉体的な疲労を感じ、この石段をつくった先人の手に思いをはせ、自然と歴史と一体となって頭を空っぽにして自分と向き合う。まさしくS・B・N・Rの4要素を感じられる経験でした」と振り返った。

人間性の回復を目指す「長距離自然歩道」

写真

臼井香苗さん(株式会社JTB総合研究所)は、旅が持つ精神的価値について「長距離自然歩道」という興味深い事例を紹介した。これは環境省が定めた非常に長い距離の自然歩道で、この構想が生まれたのは約50年前、高度経済成長期さなかであった。その目的は自然保護に対する意識を高めると同時に「人間性の回復」だった。

「高速道路や新幹線がどんどんと整備されたり、多くの道が舗装されたりする中で、やはり自然の道を歩いていくことが人間にとって必要なのではないかと考えられました」と臼井さん。そして今、AIが進化する時代において、改めて「人間性とは何か」が問われている。

臼井さんは、人間性とは主体性や動機(やってみたい、見てみたいという興味を持って動くこと)にあると考える。「自然歩道を実際に歩いてみると、あそこにきれいな実がなっている木があるな、海風が心地よいな、といった発見に寄り道しながら楽しく進んでいく。AIが求める効率性とは異なり、充足感・納得感を持って進めていくことが人間性として面白いのではないか」。

またSBNR的な考えとして古来よりある考え方を提示した。一つ目は「道」。日本には華道、茶道、書道、剣道など「道」とつくものが数多くある。これらは元々中国の「タオ(道)」に由来し、宇宙や自然の摂理・道理とつながり、術や技だけでなくプロセスを大事にする精神性が日本で浸透してきたということである。二つ目は「気」。周囲を見てみると「失恋したら海に行こうという人が多く、ストレスで疲れたときは山に行く傾向がある。気を浄化・放出・リセットしたいときに海へ、気を充填(じゅうてん)・吸収・安定させたいときに山へ行くのではないか」。この仮説はまだ調査段階だが、興味深い観点だ。

さらに臼井さんは、日本のパワースポットに関するデータを示した。茨城県の御岩神社は「宇宙から見て日本に光の柱があった」と言われるほど強いパワースポットだ。人流データを分析すると、日本人に比べ海外からの訪問者はまだ少ない。「SBNRの価値観を持つ旅行者が増える今、伊勢神宮や富士山など有名な場所以外にも、インバウンド旅行者にとって魅力的な地域はたくさんあります」と臼井さんは語った。

内側から始まる地域創生

写真

島田由香さんは、SBNR資源を地域創生に生かす際の本質的な視点を提示した。「そもそも今日、なぜジャパンモビリティショーでこの話を聞いているのか。共通しているのは『動く』ということです。物理的にどこかに行くことでしか体験できないことがある」。

島田さんが強調したのは、ウェルビーイングもSBNRも「体験しないと意味がない」という点だ。「頭の理解だけで知っている、読んだことがある、聞いたことがあるで終わってしまうと、実際にどう生かしていくかというところまで至らない。だからこそ、どこかにきちんと体験しに行ってもらいたい」。

そして島田さんは重要な指摘をした。「地域活性化は目的にしていくものじゃないと思っています。結果として起きてしまうものが地域活性です」。

島田さんが企業のリーダーに特に推奨しているのが「体験ベースの学習機会」だ。自分自身がそれを実践し、社員にも提供することが大きな違いを生む。具体例として「梅収穫ワーケーション」を挙げた。「ググってください。ぜひ来年行ってみてください。無料でSBNRをバッチリ体験でき、ウェルビーイングも向上させて帰れます」と会場に呼びかけた。また、毎年2月には和歌山県で「Well-being Month」という1ヶ月間のウェルビーイング体験イベントも展開している。

さらに「TUNAGU」というプログラムでは、自律した人材が育成される結果として地域活性が起きる仕組みを作っている。「自分の内側が整うと、Being(あり方)がwellになり、その結果、外側のDoing(行動)がwellになります。みんな外側に意識を向けて外側のことばかりやるけれど、スタートは自分自身の内側だということです」。

島田さんによれば、社員のウェルビーイングが上がると確実に業績が上がるというデータもある。そのためにはリーダー自身が良い状態である、ウェルビーイングであることが重要で、その切り口にSBNRがあるという。

持続可能な旅のあり方へ

最後に、心の旅が持つ地域創生における可能性について、それぞれの登壇者が展望を語った。

臼井さんは旅行業の立場から次のように語る。「かつては、物見遊山的な観光が多く地域に訪れてその地域の資源を消費していくような旅のスタイルが多く、ありました。しかしこれからは、旅行者が訪問した地域の観光資源の持続可能性に貢献できるような、また、したくなるような仕組みが必要であり、旅行者・地域住民・観光資源のそれぞれの快適性を考える旅を作る必要があります」

山縣さんは「地域ならではの空気感というものは絶対にある。その空気感が流れる根底にある地域の歴史や文化を考えてみると楽しいし、また違う視点が見えてくる。歴史や文化までさかのぼってみると、なぜこういうことが地域に根付いているのかが見えてくる。旅により深みが出るし、地域の魅力もより感じることができます」と語り、モビリティを通じてそうした機会を体験してほしいと締めくくった。

伊藤さんは最後にこう述べた。「SBNRという言葉に聞きなじみがなかった方も多いかと思いますが、話の内容を聞いて共感された方も多かったのではないでしょうか。皆さんもぜひお仕事の中で、あるいはご自分の生活や人生の中でウェルビーイングやSBNRの意識を取り込んで、豊かにしていっていただけたらと思います」。

モビリティ、つまり「動くこと」を通じて、私たちは新たな体験と出会い、自分の内側を整え、地域とつながり、持続可能な社会を創造していく。心の旅は、これからの地域創生における重要な鍵となるだろう。

現在エントリー受付中

第4回ウェルビーイング・アワード(WELLBEING AWARDS2026)では、ウェルビーイングな社会の実現に向けた企業や団体の取り組みを募集しています。詳細は公式サイトをご覧ください。