2024年1月31日
企画制作:朝日新聞社メディア事業本部 広告特集
「協働」の先にウェルビーイングが見えた
渡邊淳司さんに聞く「テクノロジーが照らす未来」

朝日新聞社とHakuhodo DY Matrix、SIGNINGでつくる「ウェルビーイングアクション実行委員会」は、1月31日から2月2日まで東京ビッグサイトで開催される展示会「WELL-BEING TECHNOLOGY 2024(ウェルテック)」にブースを出展します。
今回の出展にあたり、同展示会の企画委員長を務める渡邊淳司・NTTコミュニケーション科学基礎研究所上席特別研究員にインタビューし、自身の研究や展示会の狙い、ウェルビーイングとテクノロジーの未来について、聞きました。
「触覚」からウェルビーイングへ
――渡邊さんは「触覚」について研究を続けています。具体的には、どのような内容なのでしょうか。
「触覚」のうち、特に人と人が触れあう感覚に注目しています。その感覚が人の認知や感情にどのような影響を与えるのか、そこでどういうコミュニケーションが起こるかといったことを研究しています。
研究テーマの一つが遠隔をつなぐテクノロジーです。例えば、離れた人どうしがオンラインで話をするときに、映像と音声だけではなく、触覚も使います。700キロ離れた東京と山口を通信回線で結んで、触れる感覚である「触覚振動」を伝えるというようなこともやっています。

この体験で面白いのは、初対面のはずの二人が映像上で、いきなり手と手を合わせる、といったことが起こるんです。物理的な対面だとちょっと親密すぎると感じることも、この触覚を伝え合う環境では起こるんです。映像や音声といった慣れ親しんだ環境に、新しいテクノロジーが加わることで、新しい関係性が生まれうるのではないか、そんなふうに思うようになりました。
デジタル化されていても、身体的な感覚がコミュニケーションの幅を広げてくれるし、親しみとか動機付けとかそういうものを作ってくれることがわかってきました。
あとは、「心臓ピクニック」と呼んでいる、鼓動を手のひらのうえの触感として感じるワークショップを、もう10年以上やっています。心臓の鼓動音を計測し、それを振動デバイスで再現し、手で触れるというものなのですが、実際に感じてみると「自分が生きているし、目の前の人も生きている」と実感するようになります。
心臓が拍動しているというのは、当たり前といえば当たり前なのですが、それを感じあうことで、お互い生命として、同じ生き物として、地球人として関わり合うスタートラインとすることができる。触れる感覚を感じて、そこからコミュニケーションが始まるのです。
振動に加えて、心臓の鼓動を光の点滅でも表現するデバイスもあります。通信回線を使って東京からニューヨークに映像と心拍の振動を送って、国連本部にいる子どもに、東京にいる子どもの鼓動を感じてもらうという体験もしてもらいました。光と振動で鼓動を感じたニューヨークの子どもからは「距離は遠いけど、近くにいるように感じる」というようなコメントも寄せられました。
参考:ふるえVol.48 「国連を支える世界こども未来会議 〜プロジェクト発表イベント in New York〜」
――そういった研究が、ウェルビーイングにどうつながっていったのでしょうか。
このように、触覚を通じて人と人との関係を探る研究をしていたのですが、単純に触覚情報を送っているというよりは、お互いの存在を感じるとか、存在することの価値を尊重する「内在的価値」の考え方など、自分の研究は、人の存在の意味や、あり方を対象にしているのではないかと思うようになりました。
そこから、人としての「よく生きるありかた」であるウェルビーイングという考え方を知り、その視点から研究を捉えるようになりました。10年くらい前になります。触覚を通した人と人との関わりの中から、ウェルビーイングとは何かを考えていこう、ということです。
ウェルビーイングにはいろいろな定義があると思いますし、実際に統一的な定義はないのですが、一般的には、「精神的、肉体的、社会的に良好な状態」というふうに言われたりもします。ただ、僕にはあまりしっくりきていないところもあります。
例えば、僕は、身体に障害がある方と研究をご一緒することがあるのですが、そんなときに、ウェルビーイングとは「肉体的に良好な状態」であるという説明をするのは、なんだか違和感を感じたからです。
だったら、やや抽象的ですが、「よく生きるあり方」と言ってしまった方がいいと思って。どんな人にも、その人なりの「よく生きるあり方」はあると。普段はそういうふうに、僕は解釈して、説明しています。要するに「現在の状態として何点」ということだけじゃなくて、その人が周囲の人との関わりの中でどんなあり方ができているかというウェルビーイングに生きるプロセスも大事だと思っています。
このほど、「わたしたちのウェルビーイングカード」というものを作って、学校の授業の中で実践をしています。カードの表面には、人がウェルビーイングに生きるために大事なもの、「ウェルビーイングの要因」が書かれており、カテゴリーがI → we → society → universeと広がっていくようになっています。
例えば、その中で自分のウェルビーイングにとって大事なことが書かれたカードを三枚選んで、そのカードと選んだ理由を周りの人と共有する、という使い方をします。
いきなりあなたのウェルビーイングを教えてくださいと言われても、ふつうはなかなか話せないものですが、こういうアイテムが中間言語としてあることで、お互いにウィルビーイングについて理解したりだとか、自己開示をしたりだとか、他者理解をしたりだとか、そういうきっかけになることを目的としています。
小学校や中学校では、例えば、子どもたち自身で学級目標を作るというときにも活用できます。ほかにも、会社の中での新人研修や、サービス開発にも使えるのではないかと思っています。
「共感」ではなく「協働」が大事
――「人とつながる」ことの喜びや感動がウェルビーイングにつながるという点は、とてもよくわかりました。一方で、私たちは他者とつながることで、逆に煩わしさを感じる場合もあると思います。
ウェルビーイングとテクノロジーの関係で、僕がいちばん大事だと考えているのは「選択肢が増える」ということです。誰もが他者と「つながるべき」だとは全然思っていなくて。僕自身も人見知りですし。
直接対面で会うか、オンライン上で話すしかなかった従来の選択肢に、例えば「触覚通信でちょっと話しましょうか」みたいな技術が広まれば、コミュニケーションメディアの選択肢が広がるわけですね。
さらに、それによって、体験の履歴をデザインできるようにもなります。まずは一度会って仲良くなれたら、あとはリモートでもオッケーですよという人もいれば、いきなり対面は嫌なので、まずはオンラインから初めて少しずつ「触覚」を足していって、最終的には対面がいいですという人もいるでしょう。
そして、「選択肢」とともに重要なのが、相手が何を望んでいるのか「価値観」を知ること。例えば、先ほどの「わたしたちのウェルビーイングカード」を通して、相手の価値観が理解できれば、よりよい選択肢を選んだり、別の選択肢を提案したりすることもできる。
例えば、一緒に山に登ろうとなったときに、相手が「挑戦」が大事だから山に登るのか、「自然が好き」だから山に登るのか理解できていれば、それによって別の提案、例えば、挑戦であれば「スカイダイビングはどうですか」という提案もできますし、「自然が好き」であれば「海に行きましょう」という提案もできます。
一緒に「協働」していくうえで、相手の価値観がある程度わかっていないとやりづらい。ただ、相手の価値観に共感する必要はなくて、「わたしの大事なことはこれで、あなたの大事なことはこれですね。ある程度両方の大事なことが満たされるように、こうやっていったらいいですよね」ということを実現できればいいと思っています。
そうすると、お互いに大事なものが守られたうえで一緒に行動できるようになる。大切なのは「共感」じゃなくて「協働」。極論ではあるのですが、分かり合えなくても、一緒に行為がうまくできればよいのだと思います。
――良いとか悪いとかを超越したところに「つながる」ということがあって、それを最適なかたちで実現するために、様々な選択肢があることがいいと、そういうことですね。
そうですね。具体的に人間関係の話をすると、「相手との距離感の取り方」が焦点となることがよくありますが、僕は距離感の選択肢も増えるべきだと思っています。
様々な技術が進んだ結果、今、距離感の「中間領域」がなくなってきているのが問題だと思っています。「友達」か「知らない人」しかいないような世界観だと、やっぱり、難しいことが多くなってしまうと思うんですよね。
例えば、子育ての問題を考えたときも、助けてくれる人が家族かベビーシッターしかいない世界って結構つらいですよね。でも、その選択肢が増えることで、いろんな距離感の取り方が実はあるんだよっていうことを知ることは、とても重要です。そういう知識は、子どもの時から身に付けておくべきだと思いますね。
――一人ひとりの価値観が異なることから「私」という観点で語られることが多いウェルビーイングですが、渡邊さんはあえて「わたしたちのウェルビーイング」を提唱されています。違いは何なのでしょうか。
私たちは誰もが一人で生きているわけではない、という大前提がまずあります。そして、「わたしたち」と「私とあなた」の関係の違いについても考える必要があります。
「私とあなた」の世界観では、私があなたに何かをしてあげるというような、サービスを「する側」と「される側」みたいな立場になってしまいがちです。誰かが誰かに何かをしてあげる、という関係は、誰かが誰かを制御する、という関係に近いんです。そういう向き合い方よりは、チームとして一緒に何かを実現する、という方向で物事を考えていきたいなと思っています。
誰かにできないことがあったとき、それは確かに事実だけど、それに対してサービスをする側、される側という関わりではなく、お互いが一緒に解決していくような方向で考えてみたい。一緒に取り組んだり、もっというと一緒に楽しむ、ということですね。
支援というする/されるの関係ではなく、一緒に楽しむ。そのために協働する。そういうふうに関わることが、実はウェルビーイングにとって大事なんじゃないかと思いますし、お互いがよいあり方でチームをつくることにつながるのだと思います。
サッカーチームとかもそうですよね。チームのビジョンがあって、例えば、「パスを回していく」という大方針を決めたとします。一方で、それぞれがやりたいプレーもあります。そんな時に、パスを回すという前提のなかで、それぞれの人がどうやって、どのポジションでどう動いたら、それぞれのよいあり方が実現されるかを自律的に決めていく。
チームというものは、そういうふうに作られていくんだろうなって思います。決して「私」を抜きにして「わたしたち」のことだけを言っているわけではないんです。
――そういった中でテクノロジーが果たすべき役割については、どう考えていますか。
テクノロジーに何ができるかということを考えるとき、僕にとっては「選択肢」や「価値観」ととともに、「見えないものを実感する」ということが大事です。
先ほど述べた、触覚によって自分の鼓動を手の上で感じる体験もそうでした。大人にも子どもにも、すべての人に命があるのはもちろんわかっています。でも、自分の心臓の鼓動を手の上で感じたときに、あらためて生きていることに気が付いたという意見を数多くもらいました。
そして、その振動する装置を目の前の相手に渡します。そこで想像してほしいのですが、例えば、誰かのドキドキしている心臓の鼓動を受け取ったとして、目の前の人のことを悪く言ったりいじめたりって、なかなかできないですよね。本来、人々がどこかで感じているけど、なかなか実感として持てなかったものを体感化する。それが、テクノロジーが持つ重要な役割の一つだと思います。
また、さきほど紹介したカードもそうですけど、あれも一つのテクノロジーだと思っています。自分の中でもやもやして見えなかったものを、カードを使って可視化することで、それをきっかけに自分の中のいろいろなものが引き出されてくる。
そして、カードは平等なんですね。偉い人が選んでも三枚だし、子どもが選んでも三枚です。すべての人が同じ枚数なんです。説明も1分と決めたら、誰がしゃべっても同じ。そういう人として交感できる場がつくれるということが面白いんですよね。
「正解がない」なかで目指すべきもの
――まさにそういったことを実際の世の中で実現し、一人ひとりのウェルビーイングに結びつけていくのがテクノロジーの役目なのかなと思います。今回の展示会では企画委員長として、どんなことを目指していますか。
ウェルビーイングを考えていくときには、自分だけでなく目の前の相手、もうちょっと広がって社会だったりとか、自然環境だったりとか、そういうところまで広げて自分との関わりを考える必要があります。ところが今、その視野が少し狭くなってしまっていないだろうか、という問題意識を持っています。
今回の展示の企画についてうかがったとき、この展示する技術自体は、グリーンマテリアルや素材技術とか、環境側のテクノロジーからスタートしていて、それはウェルビーイングとはちょっと距離が遠くないだろうかと最初は思っていたのです。
でもよく考えると、SDGsとウェルビーイングは結びつけられるべきものだと思うし、それをどう接続するかという意味では、むしろ環境のテクノロジーとウェルビーイングが同じ場にあるということが、実は価値があるのではと思ったんですね。
ウェルビーイングといえば、メンタルヘルスといった人の側から語られがちな話題ですが、そこをあえて環境側のテクノロジーから入るというのはとてもチャレンジングなことだし、むしろ今だからこそポストSDGsで必要となる考え方の源泉ではないかと思っています。
そして、僕の中でそれらをつなぐものが何かなと考えた時に、ウェルビーイングを「状態」として捉えるだけではなく、それを生み出す「資本」にも着目したいと思っています。
どういうことかというと、例えば、教育現場では、子どもたちがウェルビーイングに生きるための心のスキル、行動のスキルを学ぶことになるわけですが、それはある種の資本だと思っています。自分がウェルビーイングに生きるための「資本」を心にも、環境にもたくさん持つことが重要なことになります。
環境の資本は、オフィスや家だけでなく、自然かもしれないし、人間関係も含まれます。いろいろあると思うんですけど、今回の展示では、そういうものをひとまとめにして扱いたい。そう思ったんですね。
かなりチャレンジングなことを依頼されたなと思った一方で、それってポストSDGsを考えるときに必要なことだとあらためて思います。ウェルビーイングとサステナビリティをどう接続するかということを考えるときに、統一的な議論ができるといいなという、まさにここが第一歩なのかなと思ったんですね。
――今回のイベントが「ウェルビーイング」と銘打っている以上は、テクノロジーが人々にとって良い方向に進んでいくことを描く必要があると思います。その点はどう考えていますか。
これはウェルビーイングの本質のひとつでもあるわけですが、何がよくて何がわるいかというのは人によって千差万別で、「よく生きるあり方」に正解はないわけです。ですから、「これが理想です、みんなでそれに向かって生きましょう」というような、ゴールありきのやり方はしないほうがいいと思っています。
こっちの方向性がいいかもしれないと思えば、まずやってみる。そうしたら「みんなどう思う?」と問いかける。そういうアジャイルなやり方でやっていくというマインドや価値観をつくっていくのがいいのではないかと。逆にそうしないと、KPIを作って、それに対して大量に生産・消費して、失敗したら廃棄して、という今までの経済優先のやり方と変わらなくなってしまう。
これは、ある種のウェルビーイングの文化だと思うのです。誰もがよく生きるあり方が実現できているかを、自分たちで関与しながら確認しつつ、つくり続けていく。そういう態度ですよね。
そして、そのためには、自分だけでなく、周囲の人、さらにその向こうのステークホルダーの人たちを想像する力が必要です。自分のやったこと、つくった素材が、実はその先の誰かのウェルビーイングになんらかのかたちで関わっている。そういうことを知ることが大事だと思うし、そういうふうに考えられる世の中になっていったらいいなと思います。
ただ、それをウェットに語ると、「それはビジネスとして成立するのか? 今すぐにやるべきことなのか?」という話になってしまいます。さきほど「資本」という言葉を使ったのは、できるだけ価値が循環・流通していくことを意識できるような説明をしたいと思ったからなんです。
それぞれの人がウェルビーイングをつくり出しやすいマインドを持つ、もしくは環境を持つことが、最終的には空間的にも時間的にも多くの人にウェルビーイングが流通する、というようなイメージを持てるとよいなと思います。
そのような視点から、テクノロジーについての話になるべきですし、そういう文脈で捉えれば、スマホのアプリもオフィスの設計も同じ軸で語ることができるようになります。それをさらに自然環境まで広げた方が選択肢は広がる、そういう話かなと思っています。
結局、サステナビリティとウェルビーイングは表裏一体な部分があって、人がそこで生きることで環境が豊かになるのであれば、それはサステナブルな暮らしになりますし、人の心が豊かになるのなら、ウェルビーイングな環境だと言えます。もちろん、人がウェルビーイングでも、環境が持続可能でなくなるのはダメだし、環境の持続可能性のために人の心が犠牲にされるのもよくないと思っています。
――ウェルテックの中で、特に注目してほしいと考えている点はどこでしょうか。
出展者には、素材を開発されている企業の方もいらっしゃいますし、ロボットの開発をされている方もいらっしゃいます。「これは、同じジャンルの展示なのか?」という状況ではあるのですが、そんな多様な人達が集まってウェルビーイングについて話せる場は貴重ですし、面白いと思っています。
トークセッションについても、自分のことから人との関係、さらに環境まで並べて議論ができる、とても珍しい場だと思うんですよね。そういう雑多なところがある一方で、それらを統一的に見る新しい考え方が生まれてくる、そういう場になるといいんじゃないかと思っています。
WELL-BEING TECHNOLOGY 2024
- 【会期】
- 2024年1月31日(水)~ 2月2日(金)10:00-17:00
- 【会場】
- 東京ビッグサイト 東ホール
- 【主催】
- 加工技術研究会、JTBコミュニケーションデザイン