2度目の移転、3軒目の店舗。創業の地である目白から立川、そして江戸川へ。店主の橋本宣之さんにとっては、故郷への帰還を意味する。
移転オープンに際し、実家の酒屋を改装。風が吹き抜ける開放感、三和土(たたき)のシンプルなうつくしさは、古民家で営業を行ってきた過去2軒のイメージを踏襲した。窓から覗(のぞ)く小川の土手の緑も目に鮮やかだ。
朗報がある。アイテムはほぼ食事パンに特化され、絞り込んだアイテムをストイックに焼いてきたかいじゅう屋が、菓子パンをはじめたのだ。
ひとつは「シナモンロール」。なんと、シーター(クロワッサン生地を折るための機械)を使わず、手で折り込む。
もうひとつは、「メロンぱん」。網目の模様も、ほんのりと染まった黄色みもクラシック。食べたいのはこれだった。メロン皮のかりかり、パン生地のもっちり、という食感のツートーン。卵の明るい甘さにアーモンドプードルのコク、バニラの後味。そこへ、パンから溶けだす小麦の旨味(うまみ)が加わって、快楽は翼を得たようにもうひと伸びする。

かいじゅう屋のパンは、情熱のパンだ。橋本さんは、自らが抱える生きづらさを、パンに打ち込むことで忘れようとしてきた。橋本さんは、熟成に長い時間をかける。ときには3日がかり。ドイツ・ウェルカー社のガスオーブンが発する巨大な熱量もあいまって、豊かな小麦の風味は、橋本さんが注ぎ込む情熱の味のように感じられるのだ。
故郷・江戸川に戻って、橋本さんに心境の変化が訪れた。
「はじめて普通でいられるようになりました。いままで背伸びしていたというか。でも、ここは故郷なので、いいかっこうする必要がない。普通でいい。そもそも、そういうことすら考えなくてもいい感じです」

肩の力が抜け、かいじゅう屋のパンは変わった。家族の存在もそれを後押しする。実は、メロンパンの皮のレシピは、小6になる娘のはなちゃんが見つけだしたものだ。
「はなが『これがいい』って、レシピを持ってきてくれました。もちろん、そこから僕がアレンジしていますが。はなはパンの成形もYouTubeを見て勉強しているので、めちゃめちゃ上手」
野菜をテーマとしていた立川時代に生まれたのが「かぼちゃぱん」。かぼちゃの、ターメリックに似た東洋的な香りと、ほのぼのした甘さ。ぷりんぷりんと跳ねて、ぱちんとちぎれる瞬間に訪れる快楽。

かいじゅう屋のパンからはなつかしさが感じられる。レーズンから起こした発酵種を、栃木の自然栽培生産者上野さんの小麦で継ぐ。なつかしい香りがするのは、木造家屋で嗅ぐあたたかな香りに似た栃木のテロワールと、種の風味によるものだろう。
もうひとつ、橋本さんはアンティーク雑貨のコレクターである。モノへの感受性が生みだすのだろう、パンの形は研ぎ澄まされ、古道具のようになつかしく、心に滲(し)みる。
「ぶどうコッペぱん」もそうだ。誰もが持つ給食のコッペパンという共通体験。それをずっとずっと上質にするとこれになる。ふさふさとしたあたたかい舌触り、ふにっとした歯応え。グリーンレーズンは弾け、ひやりとした酸味とともに、甘美なるジュースを、ほんのりとミルクの味がするコッペの口溶けにふりまく。

販売担当として、橋本さんを支える、妻の美香さん。実はとある名店で修行していたパン職人でもあり、焼き菓子を作っている。マフィンのぽろぽろとした食感もまた、蒸しパンを思わせるなつかしさ。けれども、ノスタルジックだけどもう昭和の清貧には後戻りはできないといわんばかりに、明るいバター風味が横溢(おういつ)。練りこまれた、甘酸っぱい自家製ルバーブジャムの風味ともたまらない相性だ。
橋本さんは、苦悩からの脱出口を家族に見いだしていた。はなちゃんが生まれたばかりの頃、ある本にこんな文章を寄せている。
「妻は光、娘は希望」
時は経ち、娘のはなちゃんはいまやメロンパンのレシピを考えるほどに成長した。
「生きづらさを家族が支えてくれている部分が大半ですが、自分自身の奥深いところを突き動かすものは孤独です」
家族の愛に囲まれながら、それでも癒されぬものを抱えて、今日もパンと向きあう。

かいじゅう屋
東京都江戸川区江戸川5-31-3
11:00~18:00
日・月・木曜休














