日本医師会シンポジウム【採録】関東大震災発災から100年~未来に生かされるべき教訓~

動 画 パネルディスカッション

パネルディスカッション 国民のみなさんに知っておいてもらいたいこと パネルディスカッション 国民のみなさんに知っておいてもらいたいこと

パネルディスカッション

人が集中する都市部が
抱える地震への課題

田村  関東大震災は、東京都で起きた地震だと思われがちですが、実は神奈川県西部を震源とする地震でした。神奈川県医師会としては、この時どのような取り組みをされたのでしょうか。

司会進行:フリーアナウンサー 田村 あゆち さん

田村 あゆち フリーアナウンサー

久保田  臨時震災事務局神奈川支部救護病院が設置され、県の医師会が診療にあたりました。また、関西地区から多くの医師が支援に来てくださり、1923年の12月までに22万9287人を救護。うち6241人は入院治療に至ったと記録されています。

パネルディスカッション

久保田 毅 神奈川県医師会理事
くぼた・たけし/三重大学医学部卒業、横浜市立大学等県内の脳神経外科、救命救急センターに従事した後、神奈川県平塚市にて内科久保田医院を開業した。地域のかかりつけ医として脳卒中の発病予防や在宅医療に力を注いでいる。

田村  関東大震災以降、神奈川県では積極的に対策をされてきていますね。

久保田  1965年には神奈川県医師会救護隊が編成され、翌年に神奈川県と横浜市主催の総合防災訓練に参加しています。以降、地域行政とともに地域医師会が連携した防災訓練が継続されています。

また、東日本大震災や熊本地震の教訓を受けてより広域な連携を目指し、2019年に神奈川県医師会災害時医療救護本部を設置しました。日本医師会と県医師会の連絡網に加え、県医師会と郡市医師会との情報共有や連絡が円滑にできるよう取り組んでいます。

そして毎年実施しているのが、自衛隊や在日米軍も参加して行っている「ビッグレスキューかながわ」という大規模災害医療支援訓練です。2023年10月に行われる関東ブロックDMAT訓練では、富士山の噴火を想定した訓練を計画しています。

田村  関東大震災もそうですが、人口が集中する都市部での地震といえば、2018年大阪府北部地震が思い起こされます。ここからはどのような教訓が得られたのでしょうか。

福和先生

福和  多くの人がエレベーターに閉じ込められたことにより、エレベーター対策が深刻な課題として浮き彫りになりました。特に直下地震の時には最初にくる波と次にくる波の時間差がないため避難が間に合わず、閉じ込められる可能性が高いです。また、東京都の場合、千葉県や神奈川県の発電所が被災すると、電力が途絶え都市の機能を維持できません。そういった意味でも、都民の方々は何か起きた時には自分の力で生きていけるよう事前の準備が必要です。

田村  東京都には拠点病院もたくさんあります。医療への影響はいかがでしょうか。

福和  拠点病院の多くは高層のため、揺れによる医療機器への影響が心配されます。また、エレベーターが止まったら上下移動も難しくなり、医療ベッドを手術室へ運ぶこともままなりません。加えて、医療従事者が病院の近くに住んでいないケースも考えられます。本当に病院へ来ることができるのかなど、二重三重の可能性を考えて対策をしなければなりません。

要配慮者の
避難を支えるために

田村  別の課題として、阪神・淡路大震災の時には防災・災害対策に女性や高齢者、障がい者など要配慮者の避難をどう支えるかという視点が足りないという問題がありました。30年が経ち、どう改善されているのでしょうか。

石井  高齢者や障がい者、妊産婦、乳幼児、病弱者など通常の避難所での生活が困難な方を受け入れる「福祉避難所」が初めて開設されたのは、2004年中越地震の時です。2007年に起きた能登半島地震、中越沖地震の際にも開設されましたが、十分に機能したとは言い難い状態でした。その教訓を受け、2008年に厚生労働省はガイドラインを策定しましたが、福祉避難所の指定や準備には自治体間で格差ができてしまったのが実態です。東日本大震災では、福祉避難所に指定していた場所が津波被害を受け、結局使えなかったという経験もありました。そういったことを踏まえて、指定福祉避難所の指定の促進や公示制度が定められ、個別避難計画の策定が自治体の努力義務と位置づけられました。

石井先生

田村  支援が必要な人達の情報共有や個別の避難計画づくりに医師会はどのように関与するのでしょうか。

久保田  北海道胆振東部地震の際には発災直後、自治体でベンチレーターを使用している医療的ケア児の情報が把握できなかったということがありました。日本医師会では、そうした方々も含めた避難計画を立てるためにも医師会を計画策定の段階から関わらせるよう求めてきましたが、その主張が今回認められましたので、計画を話し合う段階から医師会が関与することになります。

田村  個別避難計画とはどういったものですか。

石井  避難行動要支援者である高齢者や障がい者を、誰がどのようにサポートし、どんなルートでどの指定福祉避難所へ避難させるかといった計画のことです。在宅医療、訪問看護も人手不足のなか負担が大きなことではありますが、ぜひ医師会の力を借りて良い仕組みができたらと思います。

田村  自力で避難が難しい方々の名簿づくりは進んでいるのでしょうか。

石井  個人情報の問題があったり、そもそも名簿に登録したくないという声もあったり、難航しています。特に、隣に住んでいる人との交流が少ない東京都では、要支援者名簿があったとしても誰がそれを支援するのかという課題もあります。

いざという時を想像して
防災を自分事に

田村  東日本大震災での避難行動を踏まえて、私たちは今後どのような避難行動をしていったらいいのでしょうか。

大木  都市圏で全ての避難所が稼働したとしても、収容できる人数は被災人数の数分の1です。あらゆる人が避難所に集中することで、別の問題が起こりかねません。日頃からハザードマップを確認し、被災の危険が少ない地域で耐震性がある自宅にお住まいの人は、十分な備蓄をして自宅で避難生活ができれば、不便やストレスを抑えることが可能です。最低限でも1週間、自宅で過ごせるだけの備えができているか、もう一度確かめていただきたいと思います。

大木 先生

田村  いつ大きな災害が起こるかはわかりません。普段から、頭の中でシミュレーションしておいた方がいいのでしょうか。

大木  そうですね。自分で具体的な状況をイメージすることは、自分事化に他なりません。たとえば、「電車に乗っている時に地震が起きたけれど、いつもモバイルバッテリーや懐中電灯を入れた防災ポーチを持っていたから外との連絡に役立った」というように、望ましい結果から逆算して今やるべきことを考えていくことが大切です。

医療ニーズに応えるために

田村  阪神・淡路大震災、東日本大震災を経て医療の対応面で変わったことはありますか。

久保田  阪神・淡路大震災時に得た教訓は、災害時医療の拠点となる医療機関の整備の重要性です。これに基づき、1996年に広域応援体制の設備、EMIS(広域災害救急医療情報システム)、「災害拠点病院」の整備が全国ではじまりました。また、2005年には厚生労働省により「日本DMAT」が発足。これにより発災直後でも支援が必要な被災地の災害拠点病院に医療的支援を送る仕組みが整備されました。東日本大震災では、医療情報の共有、そして震災後の中長期的な医療的支援の重要性が教訓として残りました。そこで、日本医師会により「JMAT」の活動が本格的に開始されました。

久保田 先生

田村  日本医師会災害医療チームであるJMATと、DMATはどういった違いがあるのでしょうか。

久保田  DMATは災害拠点病院で特別な訓練を積んだ、災害時の急性期医療のエキスパートです。発災から72時間経過時までの被災地で医療活動を行います。72時間でDMATが去った後、地域の医療体制が安定するまで派遣されるのが日本医師会のJMAT(支援JMAT)になります。

田村  これまでのお話で、様々な課題が改善されていることを伺いましたが、国はどのような対策をとっていくのか気になります。

福和  今年から、南海トラフ地震の問題が本格的に検討されています。南海トラフ地震の被害想定を再度行い、10年ぶりに基本計画等の見直しをしています。これまでの10年は東日本大震災を受けて津波問題に注力して進んだ一方で、民間の建物への対策がやや遅れてしまいました。今検討が進んでいる次の10年は、本当に地震が起きてしまうかもしれない10年です。高齢者の数は今後さらに増えるので、関連死についての検討も必要です。また、ライフラインが老朽化していることが課題としてあげられます。これまでの10年で十分な検討ができなかったこれらの課題を総ざらいし、検討を進めているところです。

肩肘張らない
防災対策からはじめよう

田村  ではここからのテーマは、いざという時のためにぜひ知っておきたい、防災そして災害医療についての知識です。私たちはどのような知識をもっていればいいのでしょうか。

福和  我が事として考えて行動するよう、国民全員が意識のスイッチを入れることが何よりも大事です。また、自分が住んでいる町を知るために、どこにどのような危険や防災施設があるのか、散策しながら探す「防災ピクニック」をしてみてはいかがでしょう。

福和 先生

田村  実際に災害が起きて避難しなければならなくなった時、心がけておくことはどんなことですか。

石井  自分が住んでいる場所にはどういうリスクがあるのか、それに対して自分はどういう行動を取ることが最善なのかをしっかり計画しておかなければ、人間はなかなか行動に移れません。東京都が出している「東京マイ・タイムライン」のようなものを参考に、災害に備え一人一人が時間軸に従って自らの行動をあらかじめ整理しておくことが大切だと思います。

田村  では、医療サービスを受ける側の国民のみなさんに、知っておいてほしいことはどのようなことでしょうか。

久保田  お薬手帳やストックのお薬をすぐに持ち出せるように準備したり、お薬手帳の写真をスマートフォンに保存したりしておくことが大切です。かかりつけ医に定期受診している方は、突然の災害に備えて1週間程度余分に内服薬を備えられないか相談してみてください。また、高齢者の独居が増えていますので、日頃から孤立しないように近所との関係性を築いておいていただきたいです。

田村  平時と同じような医療は提供できないことを、私たちも意識しておく必要がありますね。

大木  災害拠点病院の災害時の役割を、ぜひ知っていただきたいですね。大きな病院があるからけがをしても助けてもらえるだろうと、みんなが考えたら災害拠点病院は機能できなくなります。災害時、命にかかわるようなけがをしている重症者が、必要な医療を受けられるような社会でありたいと思います。

大木 先生

田村  感染症が拡大している時には、人が集まる避難所へ行くことをためらう人も出てきますよね。

大木  リスクを見誤らないことが重要だと思います。たとえば津波は、50cmで人を流します。そう考えると、マスクである程度予防できるものと比較して、リスクの大きさは歴然です。「あなたが避難した」という事実が、他の人にも避難を促す強いメッセージになります。感染症だけに限らず、たとえば火災の発生時にも、どのタイミングで逃げるべきなのかと考えてみていただきたいです。

いつか災害が来ることを
忘れないで

田村  先生方のお話を聞いて、災害への備えがまだまだ足りない部分があるなと感じました。最後に一言ずつお願いします。

福和  日本は昔から、安全な場所に集落をつくり、自然と上手に折り合いをつける独特の文化を培ってきました。災害文化といってもよいでしょう。しかし科学技術が発展し、人工環境の中に住むようになり、災害の恐ろしさを忘れてしまった。そのことに気づいてほしいと思います。

石井  人類史が始まって以来、ずっと自然災害は存在しています。それなのに私たちは、いまだにうまく対処できません。それは、地震をはじめとした地球のエネルギーのサイクルと人間のライフサイクルがあまりにも違うので、つい忘れてしまうからです。危機感をずっともち続けていられないからこそ具体的なリスクを知り、計画を立て、行動化できることがとても大事なのだと思います。

石井 先生

大木  私たちのような専門家がこういった場で語れば語るほど、専門家の話を聞かなければ、教えてもらわなければと身構えるかもしれません。しかし、そんな必要はありません。たとえば、子どもを持つ親の立場であれば、大切な子を守ることこそモチベーションです。みなさん、ありのままの立場でできることからスタートしてください。

久保田  自然災害は避けられませんが、災害によってもたらされるいろいろな出来事(被害)は、過密であることがかなり原因となっています。企業は危機感をもって、サーバーの分散や地震被害の少ない地域への工場の集積等をしています。私たちは今、便利な場所に一極集中して社会を営んでいますが、国土の均衡ある発展を達成していくことが、本当の防災になるのではないかとつくづく感じました。

登壇者のみなさん