基調講演 日本の経済・社会を持続可能にする社会保障制度
これからは高齢者も
経済社会の支え手になる

日本の高齢化はその水準とスピードの両面で、世界に類を見ないものです。65歳以上の人口割合を示す「高齢化率」は29%を超え(2024年10月時点)、世界一の水準となり、欧米諸国の2倍以上のスピードで上昇してきました。75歳以上の人口割合も増えており、まさに日本は「高齢化先進国」だと言っていいでしょう。
これは日本の「成功の証」としてポジティブに捉えるべきものです。栄養、衛生、住居、医療などの環境の劇的な改善により長寿社会を実現。それには、国民皆保険制度に代表される日本の社会保障制度の貢献もありました。
そして今、求められているのは、高齢者自身に高齢社会の支え手になってもらうことです。日本でこれから若年人口は減りますけれども、これを数の多い高齢者自身がカバーしていくことで、社会は持続可能になります。実際、日本の高齢者は教育水準が高く、健康状態も良好で、社会参加への意欲も強い。これは先進国随一の条件で、「人口ボーナス」とも言える貴重な人的資源です。
社会の支え手としての高齢者の役割は四つあります。一つ目は、「生産の支え手」として働くことです。このままでは2040年には労働力人口が大幅に減少すると予想されていますが、高齢者や女性の就労を進めることで、減少幅をかなり抑えられる可能性があります。すでに65歳以上の労働力人口は930万人を超え、労働力人口全体の7人に1人を占めています。15歳から64歳を「生産年齢人口」などと呼ぶのはもうやめるべきです。
二つ目は、「資金の支え手」という役割です。高齢者が働き続ければ、税や社会保険料を負担してくれるので、その分若い世代の負担軽減になります。日本の金融資産の6割以上は60歳以上が保有しています。この資金が活用されれば、国内投資が後押しされ、経済全体の好循環を生むことにつながります。
三つ目は、「消費の支え手」です。高齢者は旅行や趣味、スポーツ、文化芸術などのサービスを多く消費する世代であり、高齢者の増加によって、サービス消費が地域経済を含めた経済活性化の大きな原動力となります。
四つ目は、「地域の支え手」です。2040年には、自治体の職員だけでは地域の生活ニーズを十分に支えられなくなります。そこで必要なのが、地域の高齢者がより高齢の人の見守り、育児・教育支援、ボランティアなどに参加するといった“互助の力”です。高齢者には、こうした「一人複役社会」、つまり“一人が複数の役割を担う”地域社会の支え手になっていくことが期待されます。
国民は社会保障制度の
「客」であり「主人」でもある

こうした高齢者の社会参加の鍵を握るのは「健康寿命の延伸」です。健康でないと、働くことも、資産を生かすことも、消費や地域活動に参加することもできません。都道府県別データでも、高齢者の有業率は「健康寿命の長さ」と相関しています。健康寿命を延ばすことは、個人の幸せだけでなく、社会全体の存続と発展にも寄与するのです。
ここで大切なのは「投資としての医療」という視点です。健診や予防接種、生活習慣病予防、そのためのかかりつけ医による日常的な健康管理、そして必要な時に高度医療を受けられる体制――これらは全て、健康寿命を伸ばすための“社会的投資”です。医療への支出は、健康寿命を伸ばして高齢者の行動を活性化させ、社会保障制度の持続可能性も高める好循環を生むと期待されています。
全ての国民をカバーする「国民皆保険」と、自分で医療機関を選択できる「フリーアクセス」を両立する日本の医療保険制度は、世界でも類を見ないものです。社会保障制度改革は、こうした世界に冠たる仕組みを次世代に引き継ぐためのものです。福澤諭吉は「国民は国の客であり、また主人でもある」と言っています。国民は社会保障制度の「客」であり「主人」でもあるといえます。私たちは社会保障制度のオーナーとして、未来に向けた賢明な選択をしていかなければなりません。そのための建設的な議論が進むことに期待したいと思います。
せいけ・あつし/日本赤十字社社長、慶應義塾学事顧問、慶應義塾大学名誉教授。博士(商学)。慶應義塾大学経済学部卒業後、同商学部教授を経て、2009~17年に慶應義塾長、18〜22年に日本私立学校振興・共済事業団理事長を務める。