齋藤薫の美しい歳の重ね方
輝いている人はなぜ輝くのか? 光の正体とは、何なのか?
「あの人は、輝いている」という言い方がある。人が輝くってどういうことなのか、何を持って、輝くと言うのか? その定義はどこかあいまいだけれど、不思議なことに“輝いている人”は、誰が見ても輝いて見える。光はやはり、人の目に映っているのだろうか?
そういう意味では、「こんなにも人は輝くのだ」という感慨を、ここまでみんなで共有できた瞬間はなかったかもしれない。他でもない、新天皇即位にまつわる一連の儀式で、新皇后となる雅子さまの笑顔を見た時。報道番組でも、MCやコメンテーターが一斉に同じコメントを発した。「まさに輝くよう」。もともと美しい方ではあるけれど、それこそ輝くばかりの美しさに息をのんだ人も多かったはず。それも、長い間体調を崩されていたことを、誰もが知っているからなおさら……。長いトンネルから抜け出した印象がまた、私たちを歓喜させたのだ。
だから改めて考えさせられた。人を見た目に輝かせるものとは何なのか? 一つ確かなのは、光の正体が生命感であること。生命感はまるで内なる光源のように、人を内側から発光させる。それは一つ一つの細胞が活性化することに他ならないが、その時、細胞はふるふる動きながら新陳代謝すると言われるから、輝いて見えるのも細胞がイルミネーションのようにちらちら光り揺らめくせいなのかもしれない。どちらにしても細胞は人から見えていて、光を作るのは細胞なのだ。
ストレスに見舞われ、心を閉ざす傾向にあると、どんな表情も曇ったガラスを通して見るような印象になるけれど、自らその曇りを取り払うようなエネルギーを得た時、細胞の煌(きら)めきは目に見えるのだ。
そして皇后雅子さまの場合、本来がファッションセンスにもたけた華のある方。なのに、自らそれを封印しているかに見えた時は、その苦悩を想像するたびに胸が痛んだが、持ち前の洗練と“華”がここで一度に戻ってきたかに見えるから、存在が眩(まぶ)しく煌めくのだろう。
人が輝くための三種の神器は、“華のある笑顔”と“生命感”そして“ファッションセンス”……それを教えてくれた人は、改めて私たち日本人の“誇り”となる。

さいとう・かおる
女性誌編集者を経て美容ジャーナリスト/エッセイスト。多数の連載エッセーを持つ他、美容記事の企画、化粧品開発・アドバイザーなど幅広く活躍中。『“一生美人”力』ほか著書多数。Yahoo!ニュース「個人」でコラム執筆中。
