Beauty
2019.09.15

齋藤薫の美しい歳の重ね方
どんな人に対しても寛大に、穏やかになれる方法……
「魂年齢」を通して他者と関わる癖をつける?

歳をとるほど、人間の顔の美しさは“美形かどうか”ではない、“穏やかであるかどうか”で決まってくる。おおらかで寛大であるほど顔だちまで美しく見え、何事にも否定的で不満そうな顔は、決して美しく見えない、というふうに。とは言えそれは精神論ではない。印象の話でもない。実際にそう見えてしまうという、人間の仕組みの問題。ところが人間逆に、年齢とともに「人」に対して許容範囲が狭くなる。他者の間違った言動を許せなくなる。そこで改めて考えた、どんな人に対しても寛大になれる方法。それが最近よく囁(ささや)かれる「魂の“年齢計算”」なのである。非常識な人、身勝手な人、横柄な人、幼稚な人……そういう人たちにどうしても腹が立つのは、彼らの魂がまだ新しいから。ほんの数回しか人間をやっていないから。いや、幾つになっても全くオトナになれない人は、初めて人間をやるのかもしれないと。そして自分は逆に、幾度となく人間をやってきた、古く成熟した魂の持ち主だから、そうした“人間の初心者”をおおらかに見つめることができると考えてはどうだろう。

魂に年齢があることは、例えば親よりも子どもの方がずっと大人びた老成した精神の持ち主だったりする実の親子が少なくないことで明らかだ。さらに、生まれ変わるたびに魂が成熟していく様は、例えば犬が主役の映画『僕のワンダフル・ライフ』で見て欲しい。最初の飼い主に会いたいがために、何度も生まれ変わるうち、どんどん人の心が読める賢い犬になっていくという作品で、それだけでも“涙腺崩壊”必須。しかし、ただ泣かせるための物語ではなく、輪廻をよく描いていて「魂の年齢計算」の意味がよくわかってくる。犬ですら生まれ変わるたびに、この世において新しい役割を果たし、さらに人間のためになろうとしていることも描かれる。「魂年齢」で人を見るようになれば、若い魂の愚かな振る舞いを許せるばかりか、古い魂として新しい魂を正しく導こうとの使命感さえ持つようになるのかもしれない。話を元に戻せば、魂が古くなるほど“穏やかな故の美しさ”を宿すようになる訳で、この人間の仕組み、悪くないと思うがどうだろう。

さいとう・かおる
女性誌編集者を経て美容ジャーナリスト/エッセイスト。多数の連載エッセーを持つ他、美容記事の企画、化粧品開発・アドバイザーなど幅広く活躍中。『“一生美人”力』ほか著書多数。Yahoo!ニュース「個人」でコラム執筆中。