Beauty
2020.07.15

齋藤薫の美しい歳の重ね方
マスク時代のマニュアルのないマナーが始まる。だから今あえて声を出す

“マスクをせずに自由に呼吸する権利”を訴えて抗議をする人も多い国があると聞いた。マスクで表情が見えないことによるストレスを訴える人たちもいる。とりわけ、エレベーター等で乗り合わせた他人同士がにっこりと挨拶を交わす国では、それが“私たちはお互い安全な人間”と確かめ合うためのマナーでもあり、マスクで相手の表情が見えないことにはかなりの不安を感じるらしいのだ。はるかに慣れている私たち日本人だって、マスク姿同士のコミュニケーションは難しいのだから。

衝撃だったのは、よく知っている人のはずが、マスク姿では誰だか全く気付かなかったこと。人は普段お互い目をよく見ているようで見ていないのかもしれない。だから顔の下半分を隠すと、個性も存在感も消えるのだ。特に表情は見えないだけでなく、表情そのものが乏しくなり、だから言葉に気持ちが込もらない。声も聞こえにくいだけでなく、口の開きが小さくなり、声自体も小さくなっている。だからその分、明るくクリアな声を遠くまで届ける心がけが必要なのだ。これまで軽い会釈で済ませてきたような挨拶も、マスクがあると不機嫌に見えがちだから、ちゃんと声に出して挨拶をする。挨拶だけでなくひとこと加える。それくらい意識して言葉で寄り添っていくことが必要なのだ。

じゃあ何を加えるのかと言うなら、やはり天気の話? 日本人がまず挨拶に天気の話をするのは、外国人には不可解であるらしいし、そこは日本でも賛否両論ある。でも改めて考えると、日本人は手紙の前文でも時候の挨拶を加えてきた。暑くなりましたが、寒くなりましたが、お変わりありませんか? という季節の変化にまつわる相手への気遣い……。

とっさの天気の話も、出会い頭のこんにちは、の後にお元気ですか? を季節の話に言い換える日本的な気配りと考えてもいい。また私たち人間は、いつも自然の脅威と隣り合わせにあることを意識し、豪雨災害などの被災者をたとえ遠い地からでも気遣う言葉をお互いに交わし、分かち合うことで静かに心を通わせる、それも日本的な挨拶の形に他ならないと思うのだ。まさに今こそ立ち戻らなければいけない大切なことが、この“天気の挨拶”に含まれている気がする。マスク時代のマニュアルのないマナーが始まる。

齋藤 薫 さん

さいとう・かおる 女性誌編集者を経て美容ジャーナリスト/エッセイスト。多数の連載エッセーを持つ他、美容記事の企画、化粧品開発・アドバイザーなど幅広く活躍中。『“一生美人”力』ほか著書多数。Yahoo!ニュース「個人」でコラム執筆中。