Beauty
2020.09.24

齋藤薫の美しい歳の重ね方
料理は、すぐそばで直接人を幸せにする魔法……

「良い料理人は、幸せを分配する魔女のようなものだ」。そんな名言がある。全くその通りと思う。あり得ないほどおいしい料理を作る人は、特別な力を持つ“選ばれた人”なのだと思うから。

そういう意味では、芸術家と一緒。画家は絵を描き、音楽家は音楽を奏でるが、料理人は料理をする芸術家といえるのではないかと。人を幸せにする意味では全く同じ、しかも絵画や音楽は一方的に表現され、私たちは感じ取るだけだが、料理はもっとはるかに近いところで、ダイレクトに人間の欲望に応え、そして直接幸せにしてくれる。味覚に嗅覚(きゅうかく)、視覚も触覚も、時には聴覚まで、五感の全てに訴えかけ、季節感や受け手の好み、起承転結のあるドラマのように、時間の経過までおいしさの一部として表現される、こんなに濃厚で緻密(ちみつ)な芸術はないと思う。料理人はもっと高い評価を得てもいいのではないかと。

とはいえ、もし本当に素晴らしい料理が芸術という領域に入ってしまったら、私たちは今のようには感動できないのかもしれない。料理はあくまでもすぐそばにいる人一人ひとりを、目の前で幸せにしようとする、文字通り温もりが伝わる作品。その距離感だからこそ、生きてて良かったと思うほどの生き生きとした感動を与えてくれるのだろう。極端な話、私たちが知る素材だけでどうしてこんなおいしいものができるのかと不思議に思う時、料理は本当に魔法だと信じたくなる時がある。料理人は魔女、それはとても正しいのかもしれない。

コロナ禍以降、会食の数は激減したけれど、その分だけ一回一回心が動かされるような食事がしたいと改めて思うようになった。家できちんと作る機会も増えたからこそ、逆に食のプロフェッショナルのずば抜けた才能に改めて触れたくなった。その才能を自分たちも細やかながら、支えたくなった。いずれにしても今だからこそ、食べる感動は、人生において全くかけがえのない時間であると改めて気づかされた。命が煌(きら)めくような時間であると。

ちなみに冒頭の名言は、20世紀初頭、時代を超えたモードな表現で一世を風靡(ふうび)したファッションデザイナー、スキャパレリの言葉である。オートクチュールデザイナーもまた、一人ひとりに直接的に感動をもたらす芸術家。だからわかるのだろう。幸せを平等に与え、一人ひとりを喜ばせて、人生でその人を輝かせる魔女なのだと。食べる、着る、その当たり前の行為を、今こそもっと大切にしたい。

齋藤 薫 さん

さいとう・かおる 女性誌編集者を経て美容ジャーナリスト/エッセイスト。多数の連載エッセーを持つ他、美容記事の企画、化粧品開発・アドバイザーなど幅広く活躍中。『“一生美人”力』ほか著書多数。Yahoo!ニュース「個人」でコラム執筆中。