齋藤薫の美しい歳の重ね方
女性は競争心が強いから…… これもまた本当なのか?
男性社会の古い決めつけではないのか?
「女性は競争心が強いから……」確かにそういう見方は昔からあった。様々なコミュニティーで、とりわけ職場などで、女性はみな何らかを張り合っていると。だから一見仲が良さそうに見えて、本当は仲が悪いのだと……。でも本当だろうか。そういう見方をしてきたのは、言うまでもなく男性たち。女性をひとまとめにしてそう決めつけてきただけではないのか? もちろんそれは、明らかに間違いだ。
いや、こんな決めつけも存在した。女同士には本物の友情が成立しない……。やっぱりそれも「競争心が強いから」ということになるのだろうが、そう決めつけられることに、女性たちはみな強い違和感を感じてきた。そして社会に出てみて女性たちは気づくのだ。女性を競わせているのは、男性たちではないのかと。
いわゆる美人コンテスト的なものだって、もともとはこの地域で1番の美人は誰だと順位付けするような男性目線から始まったはずで、これも差別の一環ではないかという議論が幾度となく交わされてきた。とはいえ所詮(しょせん)は競いたい人が競う美の競技会。今はミスターコンテストの方が目立ってきているほどであり、女性だけが競いたいわけじゃない。
さらにいえば、女性同士が競い合い、友情を続かせない方が男性たちにとって都合が良かったのではないかという言い方もある。つまり「男性社会」の事情なのではないかという穿(うが)った見方さえあるのだ。かつて女性が“家にいるもの”だった時代は、女性同士で人生を楽しんでもらっては困るから。また女性たちに結託されると、逆に自分たちが比較されて困るから。そんな理論も成り立つからである。確かに女性は、幸せであることを追求する面もある。だからどちらが幸せかという比較をしてしまう傾向にはある。でも幸せの比較が男たちに跳ね返ってきてしまうのは困るから、それを女性の競争心に置き換えたのではないか。
本来、競い合うのは男の性分。だからこそ、男たちは自ら男性社会が混乱しないよう上手に縦社会を作ってきた。そして友情は男のものと言い張った。でも実際の社会では、男も十分嫉妬深く、利害関係でつながる傾向にあるから、友情が続きにくいが、全てひっくるめて古い男性社会の歪(ひず)み。それを女性同士に投影してみただけではないか。ただどちらにせよ、もうそういう時代ではないと言いきりたい。男も女もないのだと。どんなことであれ一人ひとりの個性なのだと。
齋藤 薫 さん

さいとう・かおる 女性誌編集者を経て美容ジャーナリスト/エッセイスト。多数の連載エッセーを持つ他、美容記事の企画、化粧品開発・アドバイザーなど幅広く活躍中。『“一生美人”力』ほか著書多数。Yahoo!ニュース「個人」でコラム執筆中。
