齋藤薫の美しい歳の重ね方
女性が「女性」でなくなる日など、誰にも来ない。
むしろこれからの時代、主役は、オーバー50!
女性と言うにはあまりにもオトシ……この発言も含めて、自らとどめを刺すような発言を縷々(るる)残して表舞台から去っていった人物にとって、その「女性」はご自分より年上で、秘書の時代からいろいろ教えを請うた政界の大先輩だったという。とすれば、いかに親しみからとはいえ、その女性を「大変なオバちゃんがいまして」と語ったのは、やはり敬意がなさすぎる。
今更蒸し返すのもどうかと思いながらも、改めて不思議に思ったのは、「男性というにはあまりにもオトシ」という言い方はまずしない。女性だけが年齢を重ねると「女性」ではなくなるという見方は、そもそもどこから来るのかということだった。
一つだけ確かなのは、〝閉経を迎えると、女性が女性でなくなる”ような見方があったこと。女性でなくなるなら、一体何になると言うのだろう? 女性は生涯、女性たる一人の人間。もともとがナンセンスな考え方だが、人生100年時代にあっては全くの時代錯誤となるはずだ。実際に今、更年期を過ぎて身も心も安定し、それまで以上に人生を謳歌(おうか)しようとしている人も増えていると思う。もちろん、更年期の体の不安を抱える人も、女性として閉経に一抹の寂しさを感じる人も少なくないし、私もその痛みを共有する年齢ではあるけれど、一方で、その日から、女性であり一人の人間としての自覚がモノをいうのだという考え方もできるはずなのだ。
例えば、面と向かってではなく、陰でもオバさんと呼ばれない人は、一生オバさんとは呼ばれないと思う。「女性」と「オバさん」は対義語ではないけれど、どこかでずっと女性かつ一個人であろうとすれば、オバさんと呼ばせなくするある種のオーラが生まれるのは確かなのだ。それどころか、80歳過ぎても90歳を過ぎても、おばあさんとさえ言わせない、そこはかとなく成熟した雰囲気を持った人が本当に増えている。
いずれにせよ今やもう、日本女性の過半数は50歳以上が占める時代。これからの時代、女性の主役は紛れもなく50歳以上に移っていくのだろう。健康寿命ならぬ、美の寿命もみるみる延びていくに違いないのだ。
齋藤 薫 さん
美容ジャーナリスト/エッセイスト

さいとう・かおる 女性誌編集者を経て美容ジャーナリスト/エッセイスト。多数の連載エッセーを持つ他、美容記事の企画、化粧品開発・アドバイザーなど幅広く活躍中。『“一生美人”力』ほか著書多数。Yahoo!ニュース「個人」でコラム執筆中。
