齋藤薫の美しい歳の重ね方
身近な人間関係で一番難しいのは、相談!
実は"相談したりされたり"の意外なすれ違い?
人にとって最大のストレスの原因は、やっぱり"人"。それも身近な人間関係であったりする。昔からある電車の中での"密"状態も、今は更なるストレスになったように、人ときちんと会う、通常の生活が戻りつつある今は、しばらく忘れていた人間関係のストレスともう一度向き合わなければいけないタイミングなのかもしれない。
そこで見直したいのが、相談。"相談したりされたり"は、紛れもなく親しさの証しだけれど、じつは意外に厄介。人と人との関係を一気に縮めたかと思うと、展開次第では距離を一気に遠ざける。なぜなら相談する人の多くはほとんど心のうちで答えを決めているから。心を許した人に確認のために相談の形で吐露するのに、逆の意見を言われればもうそこで関係は危うくなる。ちなみに、常に辛口の簡潔な答えが人気の「人生相談」に相談するような場合は、叱ってもらいたかったり、思い切り否定してもらいたかったり、「そんな男とはさっさと別れなさい」的にズバリ言い切ってほしいという目的があるわけで、人は人に心の後押しのためだけに相談をするのだと考えていた方が無難。一方で、相談があると言われて耳を傾けてみたものの、実は愚痴だったり人の悪口だったりすれば、やっぱり関係を遠ざける。結局のところ、する側もされる側も相手の心のうちをちゃんと読んで対処しようという意識がなければ、相談は心のすれ違いを生むだけなのだ。
逆に言うなら、相談したりされたり、あるいはお互い全く相談の類いをしなかったり、どちらにせよ相談事の相性が良い人と、最も清々しい友人関係を続けることになるのだろう。
そこでお互いストレスを生まない模範解答の提案。相談を持ちかけられたら、「で、あなたはどうしたいの?」と聞いてみる。また相談と称した愚痴なら「がんばったね」。悪口なら「つらかったね」あるいは「そうなんだー」 。どちらにしても丁寧に聞いてあげればそれで良いのである。そしてこんな言葉がある。「相談して決めようと思うとき、私は鏡を見る。」これは、米国の投資家で慈善活動家でもある人の言葉。結局どんなに相談しても、最後は自分で決めるしかないことの教えである。
ちなみに今は、子育て相談や介護の相談などまでAIが受け止め答えを出してくれる時代だが、そこに血を通わせるのが今後の課題と言われるなか、京都大学がブッダの教えをもとに相談に答えてくれるシステムを開発したとのニュースを見た。何でも、どうしたら幸せになれる?と質問すると「怠けずに努力し、よく考えること」と答えてくれるのだとか。そういう言葉に心が動くかどうかは本人次第。感受性や知性を問われ、やっぱり最後は"自分"なのだと思い知らされるはずである。
齋藤 薫 さん
美容ジャーナリスト/エッセイスト

さいとう・かおる 女性誌編集者を経て美容ジャーナリスト/エッセイスト。多数の連載エッセーを持つ他、美容記事の企画、化粧品開発・アドバイザーなど幅広く活躍中。最新刊『“一生美人”力セカンドステージ──63の気づき』(朝日新聞出版)ほか著書多数。
