コウケンテツの“名作ごはん劇場”
もしもゴッホが安吾のオジヤを食べたなら
坂口安吾「わが工夫せるオジヤ」(『坂口安吾全集11』筑摩書房刊)から
コウさんが、こころを動かされた映画や舞台、アート、文学を、 "食"の視点で描く随筆です。
「独断、妄想的タラレバ視点です。ご一読を!」(コウさん)
安吾こだわりのスープストックベースの飲めるオジヤ。あぁ〜、なんとやさしい味わい。僕の好みで超半熟に仕上げた卵の黄身は「ひまわり」のイメージ。
唐突ですが僕は水炊きが好きだ。素材の素朴な旨(うま)みがじんわりと出たお出汁(だし)はまさに究極の味わい。さらに、そのお出汁を卵で優しくとじた〆のオジヤをレンゲで持ち上げ、厳かに口に運んだ瞬間、それだけで救われたような気持ちになる。
もしも世界中の人々とこんな瞬間を共有できたなら、争いなんてこの世からなくなるよな、なんて本気で思えたりするのだ。
オジヤといえば、なんとあの坂口安吾が、ストレートのウイスキーの飲み過ぎで何度目かの吐血をした後、自分の弱い胃を守るために自ら考案したこだわりの、「わが工夫せるオジヤ」を食していたことを知った時の僕の驚きたるや!
終戦直後から文壇の寵児となっていた安吾。多忙と過労から逃れるため、○ロポン&睡眠薬漬けの日々を送っていたらしい(実際この頃はドラッグに関する記述も多い)。深酒からの嘔吐(おうと)、吐血。泥酔からの殴り合い。そして留置場もしくは心療医院へ。が日常の無頼の文豪。
そんな安吾ですら、自らを労(いたわ)るために野菜たっぷり栄養満点のオジヤを食していたのだ。そこには胃を守る以外の、自身と社会を繋(つな)ぐ何かがあったに違いない。
時は遡(さかのぼ)り、1888年のパリ。浮世絵の魅力に心酔していたゴッホは、南仏アルルに理想郷としていた日本を見出し、弟テオの援助のもと移住することになる。
その数カ月後、共同生活をはじめるゴーギャンのためにあの「ひまわり」を描き、さらにはそのゴーギャンとの決してお互い相容れない確執により、例の悲劇を生むのだ。
「私は絵の中で、音楽のように何か心慰めるものを表現したい」テオへの手紙にそう記したゴッホ。しかし、結局は自分自身を癒やす術(すべ)は、最後まで見つけることができなかった。
あぁ〜、妄想せずにはいられない……。
もしも!もしも彼が恋こがれた日本行きを叶(かな)えてあげることができたなら。彼が夢に描いた「芸術家村」を日本で作ることができたなら。アブサン漬けの日々ではなく、おいしい日本酒に新鮮な魚介、そして安吾風の優しいオジヤを食し、心身ともに癒やされていたならば。
きっと違った未来が待っていたに違いない。
ひょっとするとあの「ひまわり」は「さくら」になっていたのかもしれない。同世代の小泉八雲や、若きの日の横山大観などと交流を深め、浮世絵をさらに昇華し、新しい絵画を創出したのかもしれない。
悲しみと孤独感に満ちた遺作といわれている「カラスのいる麦畑」ではなく、独特のうねるような筆致はさらに力強い生命力に溢(あふ)れ、同時に儚(はかな)げな死を想起させるような色使いで、美しい信州の棚田を描いていたのかもしれない。
いや、何よりゴッホ、テオの兄弟がもっと幸せに暮らせていたはずなのだ……。とにかく彼らはもっと幸せになってほしかったのです。と、勝手な妄想ばかりでごめんなさい。
安吾風オジヤは、とろっとろの飲めるオジヤです。お鍋の〆ではなく、素材を3日間煮てスープストックを作るという、ベースはフレンチ風のかなりこだわりの強いレシピ。なので簡単アレンジをご紹介。
卵は僕の好みで超半熟に仕上げております。なんとなくひまわりの黄色のイメージ(笑)。胃腸がさぞかし荒れていたであろうゴッホにもピッタリかと。
無頼の文豪を癒やしたオジヤ。時空を超え、ゴッホとテオが幸せそうに食す姿を想像しながら作ってみてね。
癒やしのオジヤ
材料
<A>
- 鶏もも肉…1/2枚
- 玉ねぎ…1/2個
- にんじん…1本
- キャベツ…1/8個
- しめじ…1/2パック
- じゃがいも(皮をむく)…2個
- 好みでニンニクの薄切り…1かけ
- ごはん…茶碗1杯分
- 溶き卵…1〜2個
- 塩、しょうゆ…各適宜
作り方
- <A>の材料を1cm角ほどに切り、鍋に入れる。ひたひたの水を加えてひと煮たちさせる。
- 蓋をして、20〜30分ほど煮て、塩で調味する。
- ごはんを加えて好みの加減になるまで煮る(水が少なければ足す)。
- 溶き卵を加えて火を止め、蓋をして蒸らす。好みで塩かしょうゆをかけて食べる。
(料理・文:コウケンテツ)
コウケンテツ さん

コウ・ケンテツ 1974年、大阪生まれ。料理研究家。世界30カ国以上を旅して料理を学んだ経験を持つ。3児の父として親子の食育活動に奮闘中。『アジアの台所に立つとすべてがゆるされる気がした』他著書多数。料理家ユーチューバーとしても活躍中。
