コウケンテツの“名作ごはん劇場”
苦しみと笑いの関係性
映画『SALSA』から
コウさんが、こころを動かされた映画や舞台、アート、文学を、 "食"の視点で描く随筆です。
「独断、妄想的タラレバ視点です。ご一読を!」(コウさん)
「フリホーレス・ネグロス」を、レッドキドニービーンズと豚肉を加えてアレンジ。豆の甘みとちょいスパイシーな風味が絶妙です!
何気ないたったひとつの台詞(せりふ)。それが今後の自分の生き方に重要な影響を及ぼす。そんな経験はないだろうか。そのような台詞は、言語という枠を超えて命を宿す。
「いいかレミ。キューバ人になりたいのなら、苦しみは笑いで隠せ」
2000年公開の映画『SALSA』での台詞だ。個人的なお話しをさせていただくと、当時26歳だった僕は、訳あって仕事・アルバイトの掛け持ちで毎日20時間ほど働いていた。今、思い起こしても20代は労働の記憶しかない。ただ生きるために働く。これが、いろんな方にいただいた助言に一切耳を貸さず、何をやるにも失敗続きだった自分が招いた代償なのだと考え、ひたすら悶々(もんもん)とした日々を送っていた。
そんな時、偶然出会った映画のこの台詞に、興奮のあまり全身に一気に血がかけ巡ったのを覚えている。
爆発する想(おも)い、ほとばしる情熱、権威への反発、偽り の自分、そしてもうこれ以上隠しきれない本来の自分……。
パリの国立音楽院を首席で卒業したレミは、将来を嘱望されていた。オープニングは、彼の今後の人生を決定づけるであろう、権威あるピアノコンクールのシーンからはじまる。レミはあのショパンの「革命のエチュード」の演奏を自ら強制終了し、なんとサルサを弾き始めるという前代未聞の暴挙に出る。怒号と歓声が飛び交い、荒れに荒れる会場を尻目に、感情の赴くまま、何かに取り憑かれたように鍵盤を激しく叩き続けるレミ。
ショパンとの訣別(けつべつ)、15年もの間ひた隠しに隠し続けたキューバ音楽への憧憬(しょうけい)。その感情を解き放ち、そして最大限に自己表現を成し得たこの瞬間、彼はまさに神だった。
だが、現実はそう甘くはない。約束された成功を自ら放棄したレミは、厳しい生活のため、淡い恋のために肌の色、服装を変えてキューバ人になりきり(※このブラックフェイスでの演技は当時は許されても今ではあり得ない)、偽りの自分を演じる。ようやく本来の自分の居場所を見つけ、夢に邁進(まいしん)できるはずが、またもや偽りの自分を演じなければならないというのは、なんと皮肉な……。
思い悩むレミが、パリに住むキューバ人ダンサー、フェリペに相談したのが冒頭の会話だ。この台詞にラテン音楽全般の、「突き抜けた楽観性」の原点を垣間見た気がした。キューバ人として生きる苦悩、哀愁、諦念(ていねん)、心にうごめく様々な言葉にできない感情…。その苦しみが故に生み出された、突き抜けた「笑い」。優れた音楽性はもちろん、世界中の人々を虜にする彼らの音楽の真髄(しんずい)はそこにあるのかもしれない。
日本では早くから村上龍氏がキューバ音楽のレーベルを立ち上げたり、1997年にブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブがグラミー賞を取ったりと(のちにヴィム・ベンダースが映画化)、世界規模での空前のキューバ音楽ブームという空気感の中、僕はこの『SALSA!』に出会った。
と、同時に真剣に生き方を変えるべきだと僕自身が悟 った瞬間でもあった。自分の境遇に臆することなく前へ進めと、新たな一歩を踏み出す勇気をもらった気がしたのだ。そこから幸運にも料理家としてお仕事をさせていただけるまで、さらに5年の歳月を費やすことになるのだが、苦しくもなんと充実した日々だっただろう。
その後、仕事で世界中を旅させてもらいながら、僕の心にずっと流れていたのは、セプテート・ナシォナール・デ・イグナシオ・ピニェイロの“心にソンを”や、シエラ・マエストラの"ラム酒を一杯"だった。
そしてフェリペの教え通り、僕はいつも笑っていたし、今もずっと笑っている。
今回紹介するのは、もし僕がどこかの島で小さなお店を開いたら……という妄想レシピ。キューバといえば!の豆料理。きっとみんな笑顔になれる「フリホーレス・ネグロス」です。本来はブラックビーンズを使いますが、手に入りやすいキドニーピーンズ&豚肉を加えてアレンジしております。豆の甘みにちょいスパイシーな味付けが絶妙。これ本当やみつきです。
是非ソンやサルサを聴きながら作ってみてね。
キューバ風豆の煮込み
「フリホーレス・ネグロスのアレンジレシピ」
材料
- レッドキドニー(乾燥)…150g
- ほかほかのごはん…2人分
- 豚バラ薄切り肉…100g
- ニンニク(みじん切り)…1片
- 玉ねぎ(みじん切り)…1/2個
- ピーマン(みじん切り)…1個
- クミンシード(カレー粉でもO K)…大さじ1
- あればドライオレガノ(なくてもOK)…大さじ1/2
- ローリエ…1枚
- 塩、粗挽き黒こしょう、サラダ油…各適宜
作り方
- レッドキドニーはさっと洗ってたっぷりの水に6〜7時間ほどつけておく。そのまま火にかけていったんゆでこぼす。再度たっぷりの水を加え、煮たったらアクを取って弱火で柔らかくなるまで1時間〜1時間半ほどゆでる(ゆで汁が少なくなったら適宜足す)。ゆであがったらざるにあげておく(ゆで汁3カップを取っておく)。
- フライパンにサラダ油を熱し、ニンニク、玉ねぎをしんなりとするまで炒める。
- 食べやすく切った豚バラ薄切り肉、ピーマン、クミンシード、ドライオレガノ、ローリエ、塩小さじ1/2を加えてさっと炒め、1のレッドキドニー、ゆで汁を加えて20分ほど煮る。塩、粗挽き黒こしょうで味を調える。
- 器にほかほかのごはんを盛り、3をかけていただく。
(料理・文:コウケンテツ)
コウケンテツ さん

コウ・ケンテツ 1974年、大阪生まれ。料理研究家。世界30カ国以上を旅して料理を学んだ経験を持つ。3児の父として親子の食育活動に奮闘中。『アジアの台所に立つとすべてがゆるされる気がした』他著書多数。料理家ユーチューバーとしても活躍中。
