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2023.04.26

コウケンテツの“名作ごはん劇場”
ファイト? いやこれは愛の物語です
チャック・パラニューク著『ファイト・クラブ』から

コウさんが、こころを動かされた映画や舞台、アート、文学を、“食”の視点で描く随筆。
「独断、妄想的タラレバ視点。ご一読を!」(コウさん)

“すべてを失ったとき初めて……自由が手に入る“

眠りに就(つ)こうとベッドに入り、いざ目を閉じるとすぐさまタイラー・ダーデンの台詞が聞こえてくる。最初の1ページ目を読んだが最後、タイラーに取り憑かれたかのような日々を過ごすはめに陥ってしまう。それが全世界でカルト的人気を誇るチャック・パラニューク最大の出世作であるこの『ファイト・クラブ』だ。

高給取りだが、人生にくたびれ、飽き飽きしている上、毎夜眠ることができない不眠症に悩む“僕”。あることをきっかけに「殴り合う」ことに生きる意義を見出し……。

もし、この衝撃の問題作に何らかの社会的意義を求めるとしたら、タイラー・ダーデンのこの言葉に尽きるのかもしれない。

“あんたが踏みつけようとしてる人間は、我々は、おまえが依存するまさにその相手なんだ。我々は、おまえの汚れ物を洗い、食事を作り、給仕をする……我々はコックでタクシー運転手で、おまえのことなら何でも承知している……おまえの生活を隅から隅まで支配している……だからおれたちを挑発するな”

「虐げられた人びと」に光をあてるタイラー・ダーデンという存在。これが、本作がアナキズムや、テロリズムを呼び起こす危険な思想だと断罪された反面、21世紀のプロレタリア文学だと高く評価された一因だ。

その一方、恐らくは、ルソーの『人間不平等起源論』や、セオドア・カジンスキーの『産業社会とその未来』の影響が色濃く見て取れる(すみません、完全に僕個人の勝手な解釈です)タイラーの言動、その後に続くさらに過激さを増す作品群からも理解できるように、パラニューク自身の思想も相当危なっかしい。

ただ、パラニュークは自身の思想を作品で表現するのと、それらをテロなどによる社会革命として実際に実現しようとすることに、あまりに大きな隔たりがあることを理解していないような浅薄な作家であるはずがない。

パラニュークは破壊を愛しているのではなく、愛する人、愛する世界のための破壊を描く。
そう。『ファイト・クラブ』は暴力やテロ活動の話なのではなく、パラニュークのごくごく個人的な心的体験であり、愛の物語なのだ。

もしあなたが、“僕”と同じように、仕事に社会に人間関係に、窮屈な自分の役割に心底くたびれ、飽き飽きし、自分自身の生活に何の価値も見出せず、出口を探しているのだとすれば、パラニュークワールドに足を踏み入れてみてはいかが? ひょっとすると、あなたの価値観を根底から破壊しつくされ、明日から見る世界の景色が変わるかもしれません。

料理研究家がこの問題作を紹介してもいいものか、悩みに悩みつつ、結局書くことになってしまいました……。
今回は、本作を読まれた方には分かる、“ちゃんとコーヒーの匂いがする”、“クリーンな”コーヒーと共に楽しんでいただければ。

(文・写真・料理=コウケンテツ)

コウケンテツ さん

コウ・ケンテツ 1974年、大阪生まれ。料理研究家。世界30カ国以上を旅して料理を学んだ経験を持つ。3児の父として親子の食育活動に奮闘中。『アジアの台所に立つとすべてがゆるされる気がした』他著書多数。料理家ユーチューバーとしても活躍中。