コウケンテツの“名作ごはん劇場”
「なぜ?」と言えることの尊さ
ジェームズ・クラベル著『23分間の奇跡』より(日本語版は、集英社文庫刊ほか)
コウさんが、こころを動かされた映画や舞台、アート、文学を、“食”の視点で描く随筆。
「独断、妄想的タラレバ視点。ご一読を!」(コウさん)
今回はレシピなしの、キャンディの写真です。みんな大好きキャンディ。でも甘〜い話にはだいたい罠が仕掛けられているもので…
読み終えると同時に、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
その「はじめての授業」は、穏やかで温かく、名前当てゲームをしたり、歌を歌ったり、ユーモアを交えながらも、実は巧妙に考え尽くされ、まるで機械のような精密さで、完璧に行われた。
たった23分間で、子どもたちの価値観を根底から変えてしまうことができる「奇跡の授業」とは――。
本作は、作者ジェームズ・クラベルが本人の娘さんとの対話から生まれたという。1963年に執筆、ということはキューバ危機の翌年。当時の時代背景や緊張感が、色濃く反映されているのを随所に感じる。
"……みんなは声をそろえて「ここにこっきにたいしてちゅうせいをちかいま……」
「ちょっと待って」と新しい先生がいった。「ちかう……ってなんのこと?」
子どもたちはぽかんと口をあけて立っていた。"
"わかくてきれいな"女性の新任の先生は、子どもたちのことを決して否定しない。命令もしない。常に笑顔でやさしく問いかけ、みんなで一緒に考え、正しい方向へ導いていく。
一見、素晴らしい教育のように思えるのだが……。
戦勝国の、いわば侵略者な存在であったはずの自分に対して、最初は恐怖と疑心暗鬼の感情でいっぱいだったはずの子どもたち。しかし、次第に、彼らの信頼を巧みに勝ち取っていく。
その結果、誰もが感じる「なぜ?」を穏やかに排除し、ある一方向にだけ目を向けさせる。そして確実に自由意志を奪っていく。一番恐怖を感じるのは、子どもたちに「全てみんなで考え、自分で選択した」結果だと思わせてしまう、この悪魔的手法なのだ。
執筆から60年。この作品は全く色褪(あ)せない。それどころか今、同じ手法が、世界中の至る所で意図的に使われているのを目の当たりにする。
自分の意思で「なぜ?」と疑問を抱き、それを口に出して言える意味の尊さを実感せずにいられない。今一度、じっくりじっくり何度でも読み返したい名作です。
(文・写真・料理=コウケンテツ)
コウケンテツ さん

コウ・ケンテツ 1974年、大阪生まれ。料理研究家。世界30カ国以上を旅して料理を学んだ経験を持つ。3児の父として親子の食育活動に奮闘中。『アジアの台所に立つとすべてがゆるされる気がした』他著書多数。料理家ユーチューバーとしても活躍中。
