Life Style
2019.09.15

私たちが「料理本」を愛するわけ

「料理本」には、日々の食生活をより豊かにするヒントが詰まっています。「料理はいつも誰かとつながっている」とは、あるイタリア人シェフの言葉ですが、誰かを思いながら、時には必要に迫られて、「料理本」を開く時間……愛しい時間です。今年6回目となる「料理レシピ本大賞」の受賞作もご紹介。

(撮影:川上輝明/スタイリスト:茂木雅代/取材・文:藤田優)

“きょうも料理”の心理負担が減った

後藤 繁榮 さん(フリーアナウンサー)

20年ほど前、私がNHK「きょうの料理」を担当して間もないころに知人の大学教授が教えてくれました。幼児を抱える大学院生の母親の論文に、“きょうも料理”というテーマがあり、それは社会やメディアによる「料理は女性がつくるもの」という押し付けを問う内容だったと。以来、私にとってはおいしい!楽しい!料理を負担に感じる人がいる、ということがいつも頭の片隅にありました。『一汁一菜でよいという提案』(土井善晴著)は、料理に追われる人を解放した救世の書。ごはんと具だくさんの味噌汁に漬物があればいいという大胆な提案です。「おかず、どうしよう?の悩みを全部なくしたかった」という土井さんの言葉は暮らしを担う人々への優しさがあり、私の心も自由にしてくれました。

ごとう・しげよし
番組誕生から62年を迎えたNHK「きょうの料理」では「土井善晴のお料理自由帖」(季節ごとの放送)と、自らも包丁を握って参加する高齢男性向け番組「父さんのきょうからキッチン」(月1放送)に出演中。

研ぎ澄まされた料理に身が引き締まる

ほし よりこ さん(漫画家)

『百味菜々』(横山夫紀子・秋元茂著)はかつて東京・青山にあった日本料理店「百味存」店主・横山夫紀子さんのこしらえた料理を秋元茂さんが撮影した本。一番惹かれるのは「煮びたし」。貝割れ菜の写真はまるで湖畔のような美しさで、この極限まで研ぎ澄まされた料理に科学的視点と探求心を感じます。実際に横山さんの料理をいただくと、旨みが自分のなかに起こすじわりとした喜びの反応や細胞の奥に届くような繊細な感覚が呼び覚まされました。私は料理があまり得意ではないので、自分のやりやすい方法を探してしまいますが、横山さんはすべての食材や調味料の声を聴いているよう。自分と食の関係について気づかされることが多く、本をときどき開いては気を引き締めます。

ほし・よりこ
『きょうの猫村さん 1〜9』が発売中。『逢沢りく 上・下』で第19回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。エド・シーランのアルバム『÷(ディバイド)』の収録曲「スーパーマーケット・フラワーズ」で日本版のアニメーションを手がけた。

想像してつくる料理の自由さ、面白み

林 綾野 さん(キュレーター、アートライター)

美術作品に描かれる「食べ物」を本にまとめたり、展覧会の企画に仕立てたりするきっかけは、食べ物に惹かれてアートに興味を示してくれる人が多いことがわかったから。日本人は食の好奇心が強いのですね。江戸時代に書かれた豆腐レシピ100を集めた『豆腐百珍』も、仕事の中で手に取った本です。読み物としても面白く、料理をつくっても楽しい。お気に入りは「霰豆腐」。豆腐を賽の目に切り、ざるに入れて水に浸しながらゆすって角を丸くしたものをゴマ油で揚げただけですが、塩をふればお酒のおつまみに最高。文字だけで書かれた昔のレシピを再現するには想像力や根気が必要ですが、自分の気持ち次第でおいしくなる。少ない材料でも気の利いたものがつくれることもこの本で再発見しました。

はやし・あやの
美術館での展覧会企画、美術書の企画を手がける。企画を手がけた展覧会「かこさとしの世界」が10月30日より京都大丸ミュージアムにて開催。著作に『フェルメールの食卓』『ゴッホ 旅とレシピ』などがある。

2019年「料理レシピ本大賞」発表!!

今年6回目となる賞。ますます充実のラインアップは必読です。

料理部門 大賞

『世界一美味しい手抜きごはん 最速!やる気のいらない100レシピ』
はらぺこグリズリー著 KADOKAWA/1,300円+税

レンチンなのに濃厚、材料入れたら混ぜるだけ明太クリームうどん。鍋に入れてほったらかすだけ手羽元さっぱり煮。レンチン10分でできる角煮。スーパーやコンビニで手に入る食材や調味料だけで出来る、徹底的に手間を省いたレシピ全100品。そのすべてのレシピに、余った食材をアレンジして作れる〝ついでレシピ〟付き!最大4工程までで誰でも失敗なしのレシピ本。

料理部門 入賞

『土井善晴の素材のレシピ』
土井 善晴 著 テレビ朝日/1,400円+税

テレビ朝日「おかずのクッキング」放送45周年記念の書。著者の人気連載「素材のレシピ」約10年分を1冊に。定番からアイデアレシピまで、野菜・肉・魚・加工品など75素材全300レシピを収録!素材を生かしたシンプルレシピ集。「後にも先にもこのような本は出ない」(土井さん)。

料理部門 入賞

『一肉一菜おかず』
𠮷田 麻子 著 秀和システム/1,300円+税

〝予約のとれない料理教室〟を主宰する著者は、『ちゃんとおぼえたい和食』で2018年度「料理レシピ本大賞」入賞に続いて、2年連続入賞!副題は「買い物がラク、調理もカンタン」。メインの材料はたった2つ。パパッと作れて、肉と野菜がしっかり食べられるレシピ本です。

料理部門 入賞

『作りおき&帰って10分おかず336』
倉橋 利江 著 新星出版社/1,200円+税

「週末に何品もの作りおきは疲れるし、時間がない」「でも、平日が大変なのはもっと嫌」。そんな悩みを抱えていた著者が〝本当に効率的で、ラクで、おいしいごはん〟を追求した、ありそうでなかった画期的なレシピ本。著者の実体験や友人の声から生まれた強力レシピ。

料理部門 入賞

『どこにでもある素材でだれでもできるレシピを一冊にまとめた「作る気になる」本』
山本 ゆり 著 扶桑社/1,000円+税

ブログアクセス数月間650万、Twitterフォロワー50万人以上を誇る人気ブロガーの山本ゆりさん。6年にわたる雑誌連載から厳選したレシピを一冊に。どこにでもある材料で作れるレシピ142点は、工程がほぼ3ステップ以内で、難しいこと無し!レンチン料理も多数紹介。

料理部門 入賞

『その調理、9割の栄養捨ててます!』
東京慈恵会医科大学 附属病院栄養部監修 世界文化社/1,400円+税

毎日、きちんと食事をしているはずなのにどうも調子が出ない。その原因は〝栄養ロス調理〟かも?体に届ける栄養素を増やすコツ、食べ方の新常識を伝授してくれる、目からうろこの書。病院食レシピの先駆け、慈恵会医科大学附属病院の監修のもとで最新エビデンスを多数紹介。

料理部門 エッセイ賞

『料理が苦痛だ』
本多 理恵子 著 自由国民社/1,200円+税

「家族の健康を」「毎日違う献立を」―。簡単レシピでも片づけ術でも解決できない「作り続けなければならない」という料理の苦痛。「お気軽料理サロン」を主宰する著者が実体験から考案した、「毎日直面する料理の呪縛」からあなたを解放する方法を簡単に3ステップで解説。

料理部門 コミック賞

『おひとりさまのあったか1ケ月食費2万円生活』
おづまりこ 著 KADOKAWA/1,100円+税

著者はlivedoorブログ公式トップブロガー。ブログ「おひとりさまのあったか1ヶ月食費2万円生活」が人気を博し、オールカラー描き下ろし100p超で刊行。「炊飯器で海南チキンライス(35円)」、「ガッツリ味の豚コマステーキ丼(80円)」、「電子レンジでプリン(30円)」など節約レシピ満載!

紀伊國屋書店新宿本店など、全国の書店でも「料理レシピ本大賞」フェアを実施中です。ぜひ書店へ!

「料理本」は時代を映す鏡です

はやりの食べ物を切り口に日本の食文化史を俯瞰した『ファッションフード、あります。』の著者・畑中三応子さんとともに、料理書と私たちの生活スタイルの関係を考察。

1950年代~60年代

  • 全国に料理学校が次々と開校。プロの料理講師が誕生。戦争の影響などで親から子へ料理の継承が希薄に。
  • 飯田深雪(48年開校)、江上トミ(49年開校)、土井勝(50年開校)などが活躍し、テレビの料理番組にも登場。家庭料理の基本を取り上げた料理書が続々出版。飯田深雪『洋風家庭料理』/江上トミ『私たちのおかず』/土井勝『おふくろの味―家庭料理のこころ』/辰巳浜子『娘につたえる私の味』/澤崎梅子『家庭料理基礎編』
  • カレーや即席めんなど、インスタント食品が流行。半面、料理家・志の島忠や阿部なおなどの本物の味が人気に。

――「日本の食の立て直しをしていた時代。料理書が啓蒙的な役割を担っていたともいえます。この時代の料理本の写真はモノクロ。おいしそうに見せる工夫がどの本にも随所に見られます」(畑中さん)

1970年代~2000年

  • カレーや即席めんなど、インスタント食品の人気は継続しつつ、半面、本格的な料理が一般家庭にも浸透。

――「カレーなど加工食品が増えた反動で、ほっとできる本物の味が求められるようになるのが面白い。お茶漬けブームもこの時代にありました」(畑中さん)

  • 本格的プロの味を家庭に広める料理本に支持が集まる。村上信夫『村上信夫のおそうざいフランス料理』/陳建民『陳建民・洋子夫妻のおそうざい中國料理』など。

――「たとえば、陳さんは、当時の日本で入手できない甜麵醬の代わりに赤味噌を使って、麻婆豆腐を日本風にアレンジ。家庭で本当につくれるようにレシピを改変してくれたシェフたちの功績は大きいです」(畑中さん)

  • 物語を題材にした料理本がブームに。『プーさんのお料理読本』/『赤毛のアンの手作り絵本』など
  • 料理や暮らしにまつわるエッセイが人気に。桐島洋子『聡明な女は料理がうまい』/高峰秀子『台所のオーケストラ』/沢村貞子『わたしの献立日記』/向田和子『向田邦子の手料理』など

――「特に向田さんのエッセーには、気の利いた酒のつまみのレシピがさらりと描かれていたりして、憧れて読んだ人は多い。それを妹の和子さんが料理をしてまとめた書は注目されました」(畑中さん)

  • “スターシェフ”が登場。石鍋裕、片岡護、落合務などスターシェフが、おしゃれで本格料理を提供するレストランブームの火付け役に。シェフたちの料理本も多数出版。
  • ライフスタイルを語る料理本が台頭。上野万梨子『シンプルフランス料理』/大原照子『私の英国菓子』/藤野真紀子『パリに行って、習ったお菓子』

――「料理だけでなく、著者の生き方やセンスを伝える料理本の先駆けです」(畑中さん)

  • 小林カツ代が大活躍。家庭料理に革命を起こす。女性たちに、缶詰や加工調味料を使うことも提案、「多少の手を抜いても愛情のこもった手作りが一番」と説く。『お弁当づくり ハッと驚く秘訣集』は40万部ものベストセラーに。/『小林カツ代のらくしておいしいものばかり―自分の時間もほしいから』など女性たちに支持される料理本を精力的に出版。
  • 栗原はるみ、有元葉子の登場。料理研究家が憧れの存在に。栗原はるみ『ごちそうさまが、ききたくて。』/有元葉子「娘に贈るわたしのレシピ」など

――「バブルが弾けた後、圧倒的な支持を得たのが小林さん。手抜きではなく、合理的に料理をとらえる発想は女性たちをラクにしました。栗原さん、有元さんは地に足のついたアイデア料理を提案。90年代は小林カツ代・栗原はるみの2大スターの時代」(畑中さん)

  • だしがブームに。和食の伝統回帰。野崎洋光『「分とく山」野崎洋光が説く 美味しい方程式』/幕内秀夫『粗食のすすめ レシピ集』

2000年以降

  • 養生としての手作りスープを再認識。きっかけとなったのは、辰巳芳子『あなたのために―いのちを支えるスープ』。自身の介護体験と和洋の料理研究から構築したスープのレシピは感動をよんだ。
  • カフェや雑貨店に料理本が置かれる。眺めて読んで楽しむ料理本が急増。料理研究家・高山なおみの日記とエッセイ、レシピを収録した『日々ごはん』は6年間計12冊シリーズに。
  • 映画『かもめ食堂』公開。フードスタイリスト飯島奈美の仕事が注目を集める。飯島奈美『LIFE なんでもない日、おめでとう! のごはん。』。LIFEシリーズは今も続く。
  • モテレシピ全盛。フードコーディネーターSHIORIのごはんブログ『作ってあげたい彼ごはん』書籍化。シリーズ累計340万部を超す。

――「クックパッド」に代表されるレシピサイトが定着した影響もあって、このあたりから今につながる料理本の細分化が始まります」(畑中さん)

  • 東日本大震災。食で身体を守る料理本の増加し、お弁当作りが復活。『放射能の毒出し!『玄米・味噌・海藻」レシピ』/たなかれいこ『生きるための料理』
  • 和食がユネスコ無形文化遺産登録。だしや旬の大切さを再認識。西健一郎『京味季節の和食』。
  • 時短・簡単・作り置きがレシピ本のパワーワードに。飛田和緒『常備菜』/瀬尾幸子『ラクうまごはんのコツ』/nozomi『つくおき 週末まとめて作り置きレシピ』/柳澤英子『全部レンチン! やせるごはん作りおき』
  • 料理は頑張らなくていい、と肯定する料理本への支持。土井善晴『一汁一菜でよいという提案』/有元葉子『レシピを見ないで作れるようになりましょう。』
  • 「薬膳」「養生」のキーワードが料理本に定着。日常食で身体を整える発想をベースにしたレシピ本がじわじわと人気。櫻井大典『食べる漢方』

――「 “料理男子”ブームは案外定着せず、いまだに料理のできる男性が少ないのが残念。男性が料理をつくりたくなる料理本が今後出てくるといいですね。料理は生きる力を育てるものですから」(畑中さん)

畑中 三応子(はたなか・みおこ)
食文化研究家。編集プロダクション代表。『シェフ・シリーズ』と『暮しの設計』編集長を経て、プロ向けの専門技術書から初心者向け家庭料理レシピブックまで幅広く料理書を手がけるかたわら、近現代の食文化の研究・執筆をする。著書多数。