「感じる力を刺激してくれるのは、やはり自然と触れる時間です」
小川 糸 さん(小説家)
(撮影:宮本直孝/文:宮本恵理子)
「ボンマルシェ(5月号)に掲載されていたホットサンド、作りましたよ」とうれしいことをおっしゃってくださる小川糸さん。ご自分と共鳴できるモノたちと暮らす空間に招き入れていただいてのインタビューは、ひととき心が浄化される思いでした。
Q1 3年間のベルリン生活を経て昨年帰国。日本での暮らしはいかがですか?
帰国したタイミングは、コロナの影響で「非日常」が日常として定着し始めた頃。私はもともと在宅で過ごす時間が長いほうですが、それでも外出を制限される日々を窮屈に感じていました。
気分転換のために心がけているのは「水」を身近に感じること。ベルリンは都市でありながら自然との距離が近くて、休日にはよく愛犬ゆりねと一緒に湖まで遊びに行っていたんです。東京にすぐに行ける湖がないのは残念ですが、代わりに通っているのは近所の銭湯。毎日夕方に自転車で行って、サッパリと。心身を解放させるリズムをつくっています。
Q2 今、どんなテーマに興味がありますか?
『ライオンのおやつ』では「死」がテーマでしたが、その先にある世界、さらにその先にある「生」との循環について興味があります。生も死も、誰にとっても身近だけれど深く知らないまま曖昧(あいまい)にしがちですよね。私はそんなテーマに向き合いたくなることが多いのかもしれません。
最近は一層、「五感を使って書きたい」という気持ちが強くなってきました。頭で言葉を考えるのではなく、体と心で感じたままを表現するように小説も書きたい。
Q3 最近買った愛用品は?
2年前に韓国の文化交流イベントに呼ばれた時に一目ぼれしたコーヒーケトル。繊細かつ丈夫で、取っ手の小鳥のモチーフも可愛くて。ちょっと奮発しましたが、コーヒータイムを豊かにするものなので満足できる買い物でした。これからさらに時を重ねて味わいを増す銅の色の移ろいも、楽しみです。

Q4 作中に登場する食べ物も魅力的。お気に入りの献立は?
自分で作るとなんでもおいしいと思っちゃうんですけれど(笑)、最近うまくいったのは「かぼちゃプリン」。北海道から送られてきた大きなかぼちゃから作りました。雑誌や新聞で紹介されているレシピをあれこれ試すのも大好きです。
Q5 心を整えるための習慣は?
4年前に母が亡くなったのを機に、棚の上に小さな仏像やアートオブジェを飾って私なりの仏壇に。毎朝、手を合わせてお祈りした後、ヨガの「太陽礼拝」のポーズをとって、心と体を清める習慣を続けています。
Q6 自分の性格を一言で表すと?
高校生の頃に同級生の男子が見事に言い当ててくれたんです。「マシュマロナイフ」って(笑)。一見ふんわりしているようで、中身は鋭い。確かに私は、相反する対極のものを同時に持つことで、バランスが取れるタイプかもしれません。
Q7 小説以外でチャレンジしたいことは?
山の中での暮らし。実は昨年、八ヶ岳に土地を見つけ、小さな小屋をつくる準備をしています。便利なものに頼り過ぎず、できるだけ自分で生きる力を蓄えたくて。東京との行き来のために、人生初の運転免許も取得しました。
Q8 目指したい理想の人物像は?
生き方に憧れるのは、野球のイチローさん、俳優の故・樹木希林さん、美術家の故・篠田桃紅さん。自分が追求する道がブレない人はカッコいいですね。
Q9 20歳の頃の自分にアドバイスをするとしたら?
これから先、生きるか死ぬかのような出来事が起きたとしても、時間が経てばすべて人生の栄養になるから大丈夫だよと伝えたいです。どうしようもないときは、何もしなくていい。受け止めて流して、時が過ぎるのを待つだけで解決することは多いから。
コロナ禍の生活で心が少し疲れていた私に、「“時薬”を使えばいいんだよ」と、石垣島に住む友人が教えてくれたんです。
Q10 10年後の自分に約束を。
人生には何が起きるか分からない。いつ終えても後悔しない人生を送りたいと思っています。もし10年後も生きているとしたら、白髪がきれいに生えそろっているといいな。そして、その頃も小説を書けていたら幸せです。
小川 糸 さん
小説家

おがわ・いと 1973年山形県生まれ。2008年、『食堂かたつむり』でデビュー。同作は映画化され、イタリアやフランスの文学賞も受賞する。代表作に『つるかめ助産院』『ツバキ文具店』『ライオンのおやつ』など。日常を繊細につづるエッセーも人気。17年春よりドイツ・ベルリンで暮らし、20年春に帰国。最新作『とわの庭』は第34回山本周五郎賞候補作としてノミネートされた。
