
江戸時代から300年以上続く「広島針」の伝統と技術を受け継ぎ、品質と利便性を高めた手縫い針を用途に合わせて90種類以上も研究開発。それぞれを用途別に透明なシリンダー状ケースに入れ、色とりどりの日本の伝統色をまとった直方体のパッケージに収めたチューリップ株式会社(本社・広島市西区)の「針ものがたり」が2021年グッドデザイン賞を受賞した。

日本の伝統色をパッケージデザインに採用した「針ものがたり」
絵画を描く時に好きな色の絵の具を選ぶように、縫いたい時に、縫いたいものの生地や素材、デザインに合わせて、自分好みの手縫い針を選ぶ。そんな新しい価値と楽しさを手芸の世界にもたらした「針ものがたり」の開発は、同社の原田耕太郎・代表取締役社長が2003年に展示会で聞いた顧客の声がきっかけだった。「市販のキルト針は針穴が小さく、柔らかくてすぐ曲がってしまいます」。生地に薄い綿をはさみ、重ねた状態で縫うキルト。針が曲がるとまっすぐ縫えず、手も疲れ、精緻な作品づくりができない。そこで針の品質を全面的に見直し、試作を何度も繰り返して、曲がりにくく、よくしなる布通りの良い高級キルト針を翌年に発売した。キルト針以外に、フランス刺繍針、アップリケ針、メリケン針、もめん針など、布地の特徴や用途に合わせた手縫い針の研究開発も推進。2013年には新仕様になった手縫い針30種類のパッケージデザインを刷新。翌年には新製品を72種類まで増やし、名前も「針ものがたり」シリーズとして、本格的に販売を開始した。

インタビューに答えるチューリップ株式会社の原田耕太郎社長
原田社長は「手縫い針は10~20本入りの安価なものが主流の時代に『針ものがたり』は6~8本入りで高価格帯に設定。展示会では当初反応は低調でしたが、使えば納得してもらえると自信がありました。従来は折れたり曲がったりして何本も必要だった針が、これなら1本で済み、何より縫いやすい。使い心地に感動する方々が日を追うごとに増え、大きな手応えを感じました」と振り返る。
「針ものがたり」の製品化では品質とともに、ブランディングも重視した。それは安価な中国製品が台頭し業界の環境が厳しくなる中、価格競争に巻き込まれず、会社が発展を続けるためには他社との明確な差別化が必要と判断。JIS表示認証工場の品質第一主義をモットーに安心安全かつ安定的な生産体制を確立した。さらに、2011年、広島市産業振興センターの仲介により、当時広島市立大学の教授だった及川久男さんをアドバイザーに迎え、ブランディング・プロジェクト「チューリップNEXT」を立ち上げた。原田社長を座長にした組織には各部署からメンバーを選び、外部デザイン会社も参加。及川さんを講師とするセミナーを1年にわたって毎月開き、色彩やブランドに関する認識を社内に浸透させた。この時期に開発を進めていた新しい手縫い針のシリーズは、「針仕事には、愛情がこもった一人ひとりの『物語』が宿っている」との思いから「針ものがたり」と命名。パッケージには日本の四季をイメージした伝統色を使い、針の種類別に色分けして選びやすくするとともに、持っていて楽しい気分になることを目指した。針の容器には試験管のような形を採用。針を出し入れしやすくし、コルク栓を付けて針の散逸を防ぐ構造にした。

針穴、長さ、しなり、針先の鋭さなどを検証・開発した「針ものがたり」
また常に斬新なアイデアを尊重し「これは何?と感じてもらえるデザインを追求しました。いいものを作って付加価値を付け、針を通して、針仕事の楽しさや感動を提供することをコンセプトとしました。ブランディングで魅力を高めて売る仕組みを整えるのが私の仕事。顧客と直接つながっていることで、アイデアが生まれるし、革新的な挑戦もできます」と原田社長は話す。
同社が主力の2工場を置く広島県安芸太田町の加計(かけ)地区は、広島湾に注ぐ太田川の上流約50キロの中国山地の山あいにある。江戸時代には出雲と並ぶ「たたら製鉄」の中心地で、「広島針」は藩主浅野家が下級武士の手内職として普及を図ったのが始まりだ。大正時代になると市内で200以上の針業者が営業したが、原爆投下で多くが焼失。産業復興をめざし、1948(昭和23)年に原田社長の父、原田穆さんが創業したのが同社の前身となる原田製針所だった。1970(昭和45)年に現社名に改称。今では日本の小学生が教材として使う手縫い針の約70%を同社が生産し、レース針は50カ国以上に輸出されるなど業界大手となった。

主力の加計工場は江戸時代に「たたら製鉄」が発展した山あいにある
現在は全国の手縫い針の9割を生産する広島にあって、同社は抜きん出た技術力を誇る。「針ものがたり」の特長の一つである「糸通りの良さ」は、針穴の大きさと内面のなめらかさ、生地へのひっかかりが少ない形状が鍵となる。同社ではこれらを左右する針穴の型打ち、穴開け、抜きの工程で使う3種類の金型を内製化。従業員自身が金型に精通することで、用途別の細かな針穴形成にも対応できている。

針穴の型打ち、穴開け、抜きを行う機械は大正時代に造られたもので今も現役
また、「針ものがたり」が強みとする「丈夫さ」には同社が長年培った温度管理が生かされている。手縫い針の硬さは、高温の炉で熱した後に急冷する「焼入れ」とその後の「焼戻し」の具合によって決まる。従来は職人の勘で行われることが多かった一つひとつの工程について、同社は温度や調整具合を厳密に管理。細かいデータの管理と分析が用途別の針の開発を可能にし、例えば、針を刺すように強く縫う刺繍針では「硬さ」を、布をすくうように優しく縫うキルト針では独特の「しなり」が生まれる。

針が砥石に磨かれて火花が上がる。火花を見極めるのも熟練の技
さらに、「高級研磨仕上げ」と呼ぶ同社独自の高度な研磨技術が、鋭い針先と滑らかな布通りを実現した。針の表面を筋状に総研磨し、ギザギザ状の山と谷を作ることで布の接する面を最小化。「針ものがたり」ではステッチで模様を描くキルティング針や、まつり縫いすることで柄や模様を描くアップリケ針などに活用され、巧みな表現と美しさを求める手芸ファンの心を捉えている。
「針ものがたり」は初心者からプロまで、幅広い顧客ニーズに応えて製品の細分化がさらに進展。例えばキルト針は手の大きさや作品作りに合わせて選んでもらえるように5種類の長さを用意するなどして、現在、その数は90種類を超えた。新型コロナ禍のステイホーム志向により自宅で手芸を楽しむ人が増え、売れ行きも堅調だ。広島では新幹線の駅や高速道路のサービスエリアにも並び、お土産やプレゼントに買い求める姿も目立つようになった。

工程の心臓部「針穴形成」を前に原田社長と従業員の皆さん
原田社長は「これからも直接マーケットの声に耳を傾けて製品づくりを進めていきたい。郷土が誇る広島針の技と文化を世界に発信し、将来は加計の地に人を呼び込めるミニミュージアムを開けたらうれしいですね」と意欲を燃やす。
チューリップ株式会社
公式サイト:www.tulip-japan.co.jp
お問い合わせ
0120-21-1420
もしくはHPまで
「針ものがたり」94種類は、2021年11月現在