チャンスは、きっと近くにある。
第48次越冬隊
大嶋 淳
私が南極地域観測隊に参加したのは2006年11月から08年3月まで。第48次越冬隊の環境保全隊員としてでした。そのころ南極では「クリーンアップ4カ年計画」が始まっていて、私が赴任したのはその3年次にあたります。環境保護議定書が発効する以前には、南極でも多くの廃棄物が戸外で焼却されるか、焼却できないものは基地内や周辺に置かれたままになっていました。当時はそれで良しとされていましたし、現実問題として処理や持ち帰りの方法がなかったからでもあります。そうした積年の廃棄物を集中的に日本に持ち帰ろうというのが「4カ年計画」でした。

とはいえ、初めはどこから手をつけていいかもわかりません。中には、これ建物じゃないの?というような大型の「廃棄物」もあるんです(笑)。オーロラ観測で使用されたロケットの発射台や、以前の隊が建設した倉庫などがそうでした。大きなものは重機のバックホー(アーム部分)で壊したり、鉄骨はガス溶断したり、丸ノコで切断したりして、積み荷可能なサイズまで細断したものを、クレーンで持ち上げラッシング(ロープやチェーンで固定)する。三機工業での私の仕事はプラントの設計ですので、重機なんてそれまで扱ったことはありません。慣れるまでは大変でしたが、滞在中は操作もけっこううまくなったと思います。


ただし、そうした大掛かりな解体作業ができるのは、おおよそ12〜2月の夏季に限られました。3月になると強烈なブリザードが吹きつけ、廃棄物の移動や重機を使う作業が困難になります。雪が比較的積もりにくい場所を選んで夏の間に集積しておいた廃棄物を少しずつ片付けていくのが冬季の仕事になりますが、戸外に置いてあるものは当然ながら日を追うごとに雪に埋もれていきます。それを見ているしかないのは精神的につらかったですね。ただ南極では、焦って無理をすることは危険に直結します。戸外で作業をする際も、凍傷にならないよう防寒装備や作業方法には十分気をつけ、一つ一つ片付けしていかなければなりません。

「来た時よりも基地をきれいに」をモットーに活動した結果、私たち48次隊が国内に持ち帰った廃棄物は過去最高の238トンに達しました。実際に梱包(こんぽう)保管した廃棄物はそれより80トンも多く、1回では「しらせ」に積みきれなかったほどです。それぞれの専門領域を超え、「隊全体の仕事」としてクリーンアップに全面協力してくれた48次隊の仲間たちには、感謝してもしきれません。「自分とは関係ない」ではなく、「誰かがやるだろう」でもなく、気づいた人、できる人から始める。環境を守るために大切なのは一人ひとりのそうした意識であることを、48次隊は行動で示してくれました。6月の「ミッドウィンター祭」では隊員で協力しながら良い思い出づくりもできました。最高に楽しく最高に頼りになる仲間たちと出会えたことは、私にとって一生の宝物です。


入社した当初、私の斜め前の席がしばらく空席でした。その空席は第41次隊の丸山さんの席で、ちょうどそのとき越冬中だったんです。当時は南極でどんな生活をしているのだろうと想像もできませんでしたが、チャンスというのは意外に身近にあるものだと知りました。三機工業では、みんなに様々なことにチャレンジするチャンスがあります。後輩たちにアドバイスを送るとしたら、月並みですが、少しでも興味・関心のあることにはどんどん挑戦してほしいですね。挑戦したって後悔することもあるのが人生です(笑)、やらないなんてもったいなさすぎます。 (談)


