そこにしかない何かを探して。
第53次越冬隊
門田展明
南極に魅せられたきっかけは、学生時代に出会った、『世界最悪の旅』という1冊の本です。ノルウェーのアムンゼン隊と南極点初到達を競い合って敗れ、帰路途中に全滅したイギリスのスコット隊の全容を描いたノンフィクションです。変ですか?(笑)。もちろん極限世界の怖さも感じましたが、本に描かれたブリザードの猛威やオーロラの美しさを自分の目で見たい、体感したいと思ったんです。ただ怖い、ただ寒いというだけではない「何か」がきっとそこにはあるんだろうと。

就職するなら環境保全に貢献する仕事がしたい。でも南極への思いも捨てがたい。そう悩んでいた時、三機工業について教えてくれたのが大学の研究室の2年先輩だった大嶋さん、当社から第48次越冬隊に派遣された大嶋淳です。調べると、三機工業では環境システム事業の中で南極の環境保全に貢献できるチャンスがある。ここしかない!と思いました(笑)。
入社後、候補者となるまでは長かったですね。当時は社内公募ではなく、とにかく南極への熱意ある者が選ばれていました。私も南極への想いを周囲へ猛アピールし、南極観測や基地の環境保全についての情報収集にも努めました。入社10年目でついに決まった時は家族も周囲の皆も一緒になって喜んでくれました。


環境保全隊員として、私の第53次隊での最大のミッションは古くなった汚水処理設備の更新に伴う、新汚水処理設備の設置です。しかし私たちが乗った砕氷艦「しらせ」は、4mの厚い氷とその上の1.5m程の積雪に進路を阻まれ、昭和基地に接岸できませんでした。物資輸送は、ヘリでの空輸と大型物資は約30㎞の氷上ルートを雪上車で片道3、4時間をかけてピストン輸送するしかありません。限られた時間の中、輸送できたのは全物資の約6割でした。幸いにも当社が設計・製作し、国立極地研究所に納入した新汚水処理設備は全て輸送してもらえました。一方で新汚水処理設備に接続する屋外配管は日本へ持ち帰ることに。
私の任務期間中には、新汚水処理設備の設置工事は完了しましたが、屋外配管をつなぎ通水するには至りませんでした。さらに翌年、第54次隊が到着したときも「しらせ」はまたも接岸できず、結局、新汚水処理設備が本格稼働したのは第57次隊の時です。実に足掛け5年かかりました。厳しい自然が相手なので計画通り進まないことも多く、直面した状況をまず受入れ、その時点のベストを尽くす、この繰り返しです。また、年に1度の「しらせ」による物資補給が南極観測の生命線であることを痛感しました。
越冬生活をおくる中で感じていたのは、昭和基地での生活というのは「社会の縮図」だということです。隊員はそれぞれの分野の専門家ですが、一人ひとり得意なこと・できることが違います。しかし観測隊全体として任務を全うしようと思えば、専門の壁を超えてみんなが協力し合うことが不可欠です。先ほど話した新汚水処理設備も、私ひとりで運んで設置することなど決してできませんでした。自分の役割はここまでと線引きをせず何でもやってみる、周りをうまく巻き込むという意識は、現在の仕事のなかでも生きていると思っています。


滞在中の思い出はどれも楽しいことばかりです。なかでも強く印象に残っているのは、南極の星空の美しさ。あれほどの星は見たことがありません。マイナス30度の夜中に写真を撮っているときは、「この瞬間は二度とない」と自分に言い聞かせて、足踏みしながら空を見上げて2時間ぐらい粘りました。あれから7年が経った今、もう一度行きたいか?と問われれば、やっぱり行きたいですね。南極にはそう思わせてくれる何かがあるんです(笑)。 (談)


