【前編】 一度は諦めた、夢のつづき。

三機工業株式会社
空調衛生技術5部
技師
第60次南極地域観測隊
越冬隊
機械設備全般担当

倉島浩章

ふなどファミリー
クリニック
医師
第60次南極地域観測隊
越冬隊
医療担当

廣田大輔

——お二人とも、昔から南極に行きたいという思いは強かったのですか。

倉島 私は子どもの頃に植村直己さんの本を読み、南極や北極に憧れた時期があったので、二十数年前に就職したときからチャンスがあれば挑戦してみたいという気持ちは持っていました。

ただ当時、三機工業から国立極地研究所に出向し南極に派遣される可能性があったのは、水処理や廃棄物処理の知識がある環境システム部門の社員。私の専門は産業空調と言われる、物品や機械のための環境をつくる分野で、半導体工場のクリーンルームや、自動車の環境試験室、食品の冷凍・冷蔵庫といった設備をつくっていましたので、望み薄であることはわかっていました。多少後ろ髪ひかれる思いはあったものの、目の前の仕事にやりがいと面白みを感じていたこともあり、日々の業務に没頭しているうちに年月が経ってしまったという印象です。

その後、昭和基地に基本観測棟という新しい建物をつくることになり、私たち建築設備事業の人間にも南極行きの門戸が開かれました。社内で第60次隊の募集が始まったものの、すぐに応募したわけではありません。その前の5年ほど、中国や韓国の建築現場にほぼ行ったきりの状況で妻に負担をかけていたからです。子どもも大きくなってきて、これ以上迷惑をかけるわけには……と悶々としていたところ、妻のほうから「どうして応募しないの? 1年半ならこれまでの海外出張より短いぐらいでしょ」と言ってくれたんです。その言葉で迷いが吹っ切れました。

廣田 僕が当時勤務していた大学病院では、昔は医局に「南極観測隊の医師募集」という紙が貼ってあったこともあるようです。ただ南極という特殊な場所では、どちらかといえば外科医のほうが求められているのだと思っていましたし、僕は内科ですので実際に応募しようとまで考えたことはありませんでした。

内科で臨床と研究を続けていた頃、病院に救急科が新設されることになり、僕もそちらの配属となりました。その後しばらくして妻と車に乗っていたとき、ふいに聞かれたんです。「何か夢はあるの?」と。実は南極に行きたいんだと答えると、それは素晴らしい夢だと言ってくれました。救急を経験したことで多少は医師としての対応力が上がったという手応えもありましたし、南極は途方もない夢じゃないかもしれない、自分にも手が届くかもしれないと思い始めたのはそれからです。

その後は極地研のウェブサイトなどで募集内容を具体的に調べ始めました。最初に応募した59次隊には選考で落ちてしまいましたが、2度目の挑戦で60次隊への参加が決まりました。

——基地では主にどのような仕事をしていたのですか。

倉島 私の主な任務は、ひとつが基本観測棟の空調設備や水まわりを仕上げて建物を完成させること。すでに足掛け3年にわたり建設が続いていたので、運用開始できる状態まで私たちの代で仕上げて欲しいというのが極地研の要望でした。

もうひとつが昭和基地内の空調や給排水設備の保守管理と今後の観測継続を見据えた設備機器の調査。当然ながら暖房は一日たりとも止めるわけにいきませんし、水は隊員たちの生命線です。誰もが動いて当たり前だと思っているもの、それがあるから観測事業が成り立つものを支えるのが自分の仕事。

しかし、いつまでも新品のように動くわけではないため、今後の更新も考えながら保守、運用を日々しなければならず、そう考えると責任の重さに毎日身が引き締まる思いでした。

廣田 僕は医師としてみなさんの健康管理と病気やけがの治療にあたりましたが、60次隊にはもう一人、南極は2度目だという年長の医師がいたので、様々な面で助けてもらいました。もちろん南極は一歩間違えば危険な環境ですが、あらゆる作業が安全に行えるようオペレーションがしっかり確立されているので、大きなけがや病気をする人はそれほど多くありません。かなり昔には虫垂炎の手術をした人がいるという話も聞いたことがありますが、私の滞在中には凍傷の一歩手前の症状や、やけど、軽い骨折などがあったぐらいです。

——昭和基地でも手術はできるのですか。

廣田 手術室はありますし、歯科治療用の設備もそろっています。手術室の環境をクリーンに保つ空調のメンテナンスも倉島さんの担当でしたので、その点でもお世話になりましたね。

倉島 その分、廣田先生には私の仕事をずいぶん手伝ってもらいましたから。ちょっとこのパイプを押さえてもらえますか、脚立に乗ってボルトを閉めてくれませんか、といったお願いはほぼ毎日でしたよね。昼食のテーブルでつかまえては「先生、午後は空いてませんか?」、夕食時には「今日の作業、明日もお願いしていいですか?」と、ずいぶん図々しくて失礼しました(笑)。

廣田 いえいえ(笑)。日本では足場に乗って金具を取り付けてくれなんて頼まれたことは一度もないので、うまくできたのだろうかといつも少し不安でしたが、もともと南極では専門外のことでもみんなで協力しあうものだと思っていましたし。むしろ新鮮な体験をさせてもらって感謝しています。

(後編へ続く)