Vol.3ではアフターコロナに向けた投資と資産活用について考察した。今回は、ファミリー企業の理念や資産を次世代にスムーズに受け継ぎ、さらに発展させていくうえで何が大事なのかを考えたい。
まず話を聞いたのが、アウトドア総合メーカーである
株式会社スノーピークの山井太会長。同社では2020年3月に
3代目の山井梨沙氏が新社長に就任されたが、後継者選びや事業承継はどのように行われたのか。

自然のなかでの家族体験で受け継がれてきた価値観
――スノーピークの企業としての独自性は、山井家がもつ理念や価値観と大きく結びついているように思います。山井家の理念や価値観は創業者のお父様から会長、
そして梨沙社長へどのように承継されてきたのでしょうか。
スノーピークの理念は、「人間と自然が豊かにふれあえる人生価値の創造」です。創業者の父は登山グッズ、僕はキャンプ用品、3代目の梨沙はアパレルと、取り組む事業は世代によって異なりますが、根底にある理念は変わりません。ただその理念は、事業を通してというより、子供の頃の家族体験によって受け継がれてきたように思います。
子供の頃、大自然のなか家族で楽しく過ごした時間。それは山井家の人間にとっての原風景です。僕の父は岩登りが大好きで、山や川にしょっちゅう連れていってくれました。その結果、僕は自然やキャンプが大好きになり、父の会社を継いでからは独自にキャンプ事業を立ち上げました。
僕は仕事人間だったので、子供のことは妻にまかせきりでした。ただその罪滅ぼしに、休みには子供たちをよくキャンプに連れて行きました。梨沙もそんな体験を通し、自然への畏敬の念や、「自然と触れ合うことによる人間性の回復」といったスノーピークの理念に通じる価値観をもつようになったのだと思います。またデザイナーとして大切な感性や審美眼も、自然体験を通して磨かれたのだと思います。
好きな道を歩んだ子供が、最終的にスノーピークに入社
――山井家には教育方針のようなものはありますか。
父も僕もほとんど家にいなかったので、山井家の教育はほぼ母親の仕事でした。小学生の時、お金を落としたら「見つけるまで帰ってくるな」と母に厳しく叱られたことをよく覚えています。お金の大切さを教えたかったのでしょうね。うちの両親は子供の前でも平気で商売の話をしていて、「得意先が倒産して資金繰りが難しい」なんて話を4、5歳のころから聞かされていました。
僕には子供が4人いるのですが、妻とは一人ひとりの個性を大切に伸ばしていこうとの話はしました。なかでも一番、感受性や自己主張が強かったのが長女の梨沙です。4人のうち誰かに会社を継いでもらいたいとの思いはありましたが、子供の人生は子供のものです。だから好きなことを見つけて、自由に生きていってくれればいいと思っていました。
梨沙は、大好きなファッションの道に進みましたが、次第に日本のアパレル業界が廃棄物を大量に生み出していることに疑問を感じるようになったようです。そこでスノーピークに入り、サステナブルなファッション事業を立ち上げました。次男は油絵の道を志して大学院に進みましたが、ある時、僕の本を読んでとても感銘を受けたそうで、自らスノーピークに応募し、今は店舗デザインやエクスペリエンス開発の仕事をしています。それぞれ自由に好きな道を歩んだ二人が、最終的にスノーピークの理念に共感し、自らうちで働くことを選択してくれたことは嬉しいですね。

後継者の条件は40代までであること、世の中にないもの"ゼロイチ"を生み出せること
――山井家の理念や価値観が、ご家族にもスノーピークにも着実に受け継がれているということですね。会長は次の後継者について、どのような考えをお持ちでしたか。
僕は何事も長期的に考える人間で、社長になった瞬間から後継者のことを考えはじめました。そして「60歳になったら社長を辞める」と公言していたんです。後継者の条件は、まずは40代までであること。僕は自分が30代で社長になり、とてもよかったと思っているからです。30代で社長になれば、50代や60代までに20年、30年の社長としてのキャリアが積めます。50代、60代で社長になった人より、経験値という点において多少のアドバンテージがあると思っています。
また、人間には「やりなさい」と言ってもやらない人間と「やるな」と言ってもやる人間がいます。スノーピークは世の中にないものを生み出すゼロイチの会社ですから、後継者にするなら当然後者です。この二つの条件を満たし、タフで信頼できる人間が現れれば、身内であるなしに関わらず、会社を託そうと考えていました。
――その条件にたまたま合致したのが、
梨沙社長だったと。
そうですね。彼女は同業他社がやりそうにないユニークなコンセプトのアパレル事業をゼロから立ち上げ、売り上げ20億円にまで成長させました。社内を見渡してもそんなことを実現したのは彼女だけです。スノーピークの代々の社長はみんなゼロイチをやっています。父はもともと金物問屋を経営していましたが、自分が使いたい登山道具が世の中にないからと、自分でオリジナル商品の製造・販売を始めました。
僕も自分が大好きだったキャンプに関わる新規事業を始めました。社長時代はほとんど会社におらず、新規事業や地方創生、海外展開など、既存の本業以外の仕事をしていました。新社長の梨沙にも、長期的な視点から、スノーピークの未来をつくる仕事をしてもらいたいと考えています。その代わり、既存の本業で事業計画に基づく目標を達成するミッションは、副社長の高井や役員のみんなに託します。
社長として適任者か、外部の目で厳しくチェック
――既存事業と新しい挑戦とで、役割分担をしているわけですね。 スノーピークは東証一部上場会社なので、私の一存で社長を決めるわけにはいきません。 ――梨沙社長はスノーピークに入社した時から、いずれ会社を継ぐ意思をお持ちだったのでしょうか。 そのような考えはまったくなかったと思います。僕も期待していませんでした。彼女はもともとデザイナーで、自分の仕事に大きなやりがいを感じていました。トップマネジメントを務めるとなると、デザイナーはやめなくてはなりません。ですから次期社長の打診をしたときは、そうとう悩んだようです。ただデザイナーもトップマネジメントも、最終的に「人間と自然が豊かにふれあえる人生価値の創造」を目指す意味では同じです。そういった意味で彼女は、当社の理念を実現するために、より大きな影響力をもつ立場から、自分のクリエイティビティーを発揮しようと考えたのだと思います。 ――会長自身は今後、どのようなことをされる予定ですか。 近年、僕はポートランドを拠点に、アメリカでの事業に携わってきました。ここにスノーピークの最大の売り上げが眠っていると思っています。ですからそれを顕在化させ、スノーピークをグローバルなトップブランドにし、第3世代への贈り物にしたいと考えています。そのうえで65歳でリタイアしたい。その後は、釣りをしながら世界中を旅したいですね。また、近いうちに財団をつくり、自然保護や若い起業家の支援などの社会貢献活動にも、今まで以上に力を入れていきたいと考えています。 ――楽しみですね。そのような会長の夢を実現するためにも、株式を含めた資産の承継や運用もスムーズに、適切に行う必要があります。そのうえで金融機関に期待することなどありますか。 山井家が所有するスノーピークの株式は、すでに子供たちの財産権的な公平性は担保されていて、後は議決権をどの段階で誰に相続するかの問題だけです。いずれにしろ資産の継承や運用に関しては、専門的なノウハウや知見をもつ金融機関に相談しながら進めることが大事だと思います。海外のファミリー企業の事業承継に関するノウハウを豊富にもつ、外資系プライベートバンクの助言も有益でしょう。そのような金融機関は、世界のファミリー企業のお子様同士のコミュニティー作りをサポートしていたりもします。スノーピークの第4世代もそのような場に参加させていただき、グローバルな知見を深めることも、これからの時代には必要なことかもしれません。 ――最後に改めて、ファミリー企業の事業承継において最も大切なことは何か、また山井家としての今後の抱負をお聞かせください。 やはりファミリーの価値観、創業の精神を、企業のなかでどう位置付け、受け継いでいくかが一番大事だと思います。僕は、2代目は創業者のストーリーを企業理念の中核に据えることが仕事だと考えてきましたが、スノーピークにおける山井家の役目は、その理念を受け継いだうえで、時代に即したかたちで新たに発展させ、ゼロイチをつくっていくことだと思います。スノーピークが理念として掲げる自然との触れ合いを通じた人間性の回復、人生価値といったものの意義は、年々高まっています。これからもその価値を新たなかたちで展開し、社会に貢献していきたいと考えています。 後半ではスノーピーク・山井会長の話を受け、ファミリービジネスの事業承継において大切なこと、それに対する金融機関による支援について、UBS証券株式会社ウェルス・マネジメント本部 事業・財産承継チーム ヘッド ディレクターの阿部眞史氏に話を伺った。 ――スノーピークでは早い段階から後継者の条件を決め、第三者の厳しいチェックを経て、 スノーピークの事業承継は、非常に円滑に進んでいると思います。長期的なスパンで、ステークホルダーが納得できるかたちで後継者を決め、社長職をバトンタッチするという、上場ファミリービジネスの1つの成功パターンが示されたと思います。創業社長の場合、本業が大変忙しいため、後継者のことを早い段階から考える余裕はありません。後継者をうまく育てられず、また決められず、いつまでも社長を続けざるをえないケースが多いのが現実です。仮に社長を2代目に託しても、準備不足、古参社員との対立、経営環境の変化への対応等でつまずいて業績が悪化し、一度退いた創業者がまた現役に復帰する、ということもあります。 スノーピークの場合、山井会長が2代目であること、また山井ファミリーの方々が常に新たな事業を立ち上げている点も、うまくいっている理由ではないでしょうか。既存事業をファミリー以外の人にまかせて、次世代の方はファミリーの理念を受け継ぎながら新たな事業を起こす、というのは一つの王道です。 ――ファミリービジネスを円滑に次世代に継承するうえで、大切なのはどのようなことでしょうか。 事業承継では「誰に」「何を」「いつ」「どうやって」渡していくかを計画的に、順序立てて行うことが大事です。さらに「誰に」「何を」「いつ」「どうやって」の四つを、どうやって決めるかが明らかになっていないと、ファミリーのメンバーや次期社長を支える方々の理解が得られません。事業承継の方針や後継者の条件などをクリアにし、関係者にきちんと伝える必要があります。しかしこれが現実には難しく、うまくできていない企業が多いのです。 UBSでは、事業承継計画を作る前に、ファミリーガバナンス(ファミリーの理念や運営の枠組)が必要と考えています。具体的には、ファミリーの価値観やミッション、それをビジネスにどう位置付けるのか。各ファミリーのメンバーの役割、株式やオーナーシップをどう保有していくのか。ファミリーとしての意思決定はどうやって行うのか。次世代の方々をどう育てていくのか。そのようなことを関係者が納得するかたちで決め、共有することが大事です。 ――山井会長のお話にもあったように、事業に対して次世代のファミリーがどのように関わり、どのような役割を果たすかを決めることはとくに大事ですね。 次世代のファミリーメンバーが既存事業ではなく、新規事業に取り組むのは後継者教育の一つの方法です。社内での経験が少ない次世代のリーダー候補にとっては、しがらみのない組織の方が経営能力を発揮しやすく、結果として実績になるという考え方です。世の中の変化により、今までやってきたビジネスではファミリーの理念が実現できないと判断したときは、まったく違うビジネスに挑戦する選択肢もあります。所有と経営を分離し、経営はファミリー外の人に託すのも一つの方法ですし、M&Aで事業のすべて、または一部を売却した方がよいケースもあります。いずれの選択肢をとるにしろ10年、20年、あるいは100年後を見据えて、ファミリーとステークホルダー、そして社会全体に対して恥ずかしくない選択をする必要があります。 ファミリーメンバーの役割分担においては、争い事になるリスクを少しでも減らすことが大事です。子供たちの適性を見極め、事業会社を受け継ぐ者、資産管理会社の管理をする者、財団で社会貢献活動をする者などと役割を分けることもあるでしょう。事業を受け継いだ者の暴走を防ぐために、株式の財産権と経営権を分離したり、株を後継者に集中させないようにしたりすることも考えられるでしょう。 ――UBSと三井住友信託銀行のウェルス・マネジメント部門の事業提携で生まれた新ブランド「UBS SuMi TRUST」では、どのような支援をされているのでしょうか。 スイスのプライベートバンクの伝統を継承するUBSは、世界のファミリービジネスの事業承継をサポートしてきた豊富な経験とノウハウ、ネットワークを有しています。三井住友信託銀行は、日本で積み上げてきた事業会社や個人のお客様のネットワーク、専業信託銀行グループならではの豊富なノウハウを持っています。「UBS SuMi TRUST」では両社の叡智を組みあわせて、お客様が抱えている事業承継に関する課題に対し、提携前に比べより多くの選択肢についての情報をご提供することができます。 ファミリーガバナンスの設定をする際には、海外のファミリービジネスや富裕層ファミリーの事業及び資産の承継におけるさまざまな事例を紹介し、注意すべきポイントをお伝えしながら、弁護士や税理士など専門家の力も借り、ファミリーにとって最善のかたちとなるようお手伝いをさせていただきます。もちろん金融機関として、事業成長のための投資と関係者への配当のバランス、資産管理や運用などについても、豊富な経験とノウハウに基づく専門的なアドバイスをさせていただきます。 ――「UBS SuMi TRUST」では、次世代の後継者を育成するためのプログラムにも力を入れていると聞きます。具体的にはどのようなことを行っているのですか。 国内では次世代の方々を対象にしたセミナーを開催しています。そこで講師と意見交換をし、その後の懇親会で他の参加者の方々とも交流する機会を設けています。日本の場合、意外とファミリービジネスの次世代の方々同士が出会う機会は少ないようで、同じような立場の方々が悩みや課題を共有し、ネットワークをつくる場としてご好評をいただいています。 セミナーの内容は、実際に事業承継をされた方々の考えや経験を話していただくほか、海外から講師を招き、海外で長くファミリービジネスを続けている方の考えや実践例を紹介していただいています。また国内外でファミリービジネスについて研究している学者や研究者、あるいは海外のNPOの代表を招いてお話を伺うこともあります。 海外では、大学生や大学院生を対象に金融、マクロ経済学、ファミリーおよびファミリービジネス経営等の幅広いテーマについて学ぶ1週間強の短期プログラムを開いたり、スイスや中国、ロシアなどの新興企業の視察ツアーなどを行ったりもしています。また、世代交代が近いごく少数の親子を対象にスイスのホテルに宿泊してのワークショップを開催したこともあります。 お客様ファミリーの世代交代が円滑に進むこと、そしてUBS SuMi TRUSTが世代を超えてファミリーの信頼できるアドバイザーであることを目標に、サービス内容を向上させていきたいと考えています。 ――最後に事業承継でお悩みのファミリー企業の方々へメッセージをお願いします。 ファミリービジネスの事業承継で当事者の方々が直面する課題はそれぞれ異なり、テーラーメードのソリューションが必要です。そのためには、「UBS SuMi TRUST」が国内外での金融機関としての業務のなかで培ってきた経験やノウハウ、ネットワークが貢献できる機会は多いと考えています。ファミリーが大切に育ててこられた事業を守り、その価値をさらに高め、発展させていく。またファミリーの理念や価値観を次世代にしっかり受け継ぎ、さらに大きく社会に貢献していく。そのために、私どもをぜひ有効にご活用いただければと思います。 ※本記事の記載内容は、記事作成時点(2021年1月29日)の情報に基づきます。詳しくは本ウェブサイト下部に記載の留意事項をご確認ください。
ただ梨沙社長は世襲で、若い女性ということもあり、社内外からの反発も予想されたのではないでしょうか。
取締役会や監査委員のみなさんに次期社長選考委員会をつくっていただき、僕が候補者として梨沙を推薦し、彼女が社長として適任者か外部の目で厳しくチェックしていただきました。大株主やユーザーにどう関与し、どのような対応をとるのか。例えば年間10数回あるユーザーとのイベントに全部参加するのか、などといった細かなことまで確認されました。最終的に承認いただきましたが、社長就任後も半期ごとにレビューを行い、評価をフィードバックしています。コミットしたことを達成できなければ、解任の可能性もあります。そう言った意味では、僕の時代の何十倍も厳しい経験をしています。
受け継いだ理念を、時代に合わせて新たに発展させていく
最大の課題は後継者を育て、決めること

次世代の後継者を梨沙社長に決めたとのことでしたが、どのようにご覧になっていますか。関係者が納得する事業承継の方針やルールづくりが大事

ファミリーの未来のために、金融機関の上手な活用を

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