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巨大な罠(わな)を見抜き、
自分の人生の「羅針盤」を守り抜く
医療法人社団新町クリニック 産業保健統括部長

たばこのない社会を目指すグローバルキャンペーン「世界禁煙デー」が始まったのは今から38年前の1988年です。その頃は、公共のバスや電車、映画館や病院でもたばこを吸うことが許され、日本の男性の56.1%が喫煙者でした*1。当時に比べると、2024年の喫煙率は男性が24.5%、女性が6.5%とだいぶ減りましたが*2、最近では20代、30代を中心に新型たばこと呼ばれる「加熱式たばこ」を吸う人が目立ちます。「紙巻きたばこと違って安全」「煙が出ないから迷惑をかけない」と誤解している人が多いのだと思います。
加熱式たばこにもニコチンは含まれていますし、量が少なくてもスピーディーに、効率よく肺に入る仕組みになっています。また、有害な化学物質や発がん性物質を含む「エアロゾル(空気中を漂う微細な固体や粒子)」は肺の奥まで入ってしまうので、さまざまな疾患の原因になることが懸念されています。日本禁煙学会の調査では、加熱式たばこが原因と思われるいくつかの疾患も報告されています。
新型たばこは、特に若い人の好奇心に訴える戦略で売られています。例えば、大通りに構えたおしゃれなショップ、キラキラしたイメージの広告、デジタルデバイスのような洗練されたデザイン、甘いフレーバーなど。コンビニなど身近なところにも陳列し、音楽フェスとのコラボレーションなども実施されています。このように「かっこよく見せる」「安全に見せる」「日常に入り込む」のは、大人が若い人を“ハックする”手法です。
2026年のWHOの世界禁煙デーのテーマは「Unmasking the appeal – countering nicotine and tobacco addiction(魅力の正体を暴く-ニコチンとたばこ依存症への対策)」。若い人をニコチン依存のサイクルに誘う“罠”に警鐘を鳴らしています。
*1)独立行政法人国立健康・栄養研究所『「国民栄養の現状」レポート 昭和63年(1988年)』
*2)厚生労働省『令和6年 国民健康・栄養調査結果の概要』

「長時間スマホを見るのをやめられない」「ソーシャルゲームで課金を繰り返してしまう」——。皆さんのなかにも、このような経験がある方は多いのではないでしょうか。それは、意志が弱いからではなく、繰り返したくなるように設計されているためです。たばこも同じで、ニコチンを吸ったことで脳の快感スイッチが押され、その効果がなくなると禁断症状でイライラしてきます。また吸うと回復し、ストレスが解消されたかのように錯覚します。
ニコチンは、たばこを吸う人が最も求める依存性物質で、麻薬と同じくらい依存性が高いとされています。やがてニコチンなしでは快感を得られない状態になり、自分の意志だけでは行動をコントロールしにくくなることもあります。それが“罠”の本質なのです。
また、吸わない人でも吸う人のそばにいるだけで有害物質を吸い込んでしまうことを「受動喫煙」といいます。これは加熱式たばこでも同様です。さらに、床や壁、カーペットなどに付着した有害物質を吸い込んでしまう「三次喫煙」も懸念されています。例えば、犬や猫が毛づくろいの際に有害物質を体内に取り込む恐れもあります。知らないうちに家族やペットの健康を損ねている可能性があることを忘れてはなりません。
日本では「たばこ事業法」でたばこ産業が保護されていますが、海外では加熱式たばこを全面禁止している国もあります。害が完全に解明される前に対策を講じる——。それが「予防原則」の考え方であり、公衆衛生にとって重要なルールです。
近年、新しい健康の概念として、「病気でない状態」ではなく、「自由な脳」と「自らをコントロールする力」が大切だと言われています。これからの時代を生きる皆さんには、その二つを身につけ、さまざまな錯覚や誘惑に惑わされていないかを自分で判断しながら、人生の羅針盤として役立ててほしいと思います。


