11月14日は
「World Diabetes Day」
正しい理解を広げて
ダイアベティス(糖尿病)の
ある人が
生きやすい社会に
毎年11月14日は、ダイアベティス(糖尿病)の理解を深めるために世界中で様々な取り組みが展開されます。日本では「糖尿病」として知られるこの病気は、呼称と症状の実態が合っていないことから、2023年9月にJADEC(公益社団法人 日本糖尿病協会、※以下JADEC)と日本糖尿病学会によって英語名から基づく「ダイアベティス」という名称が提起されています。広く知られる病気でありながらも、患者さんへの偏見や誤解が少なくないというダイアベティス。その症状や治療法、誰もが正しく理解するためのポイントはどのようなことなのでしょうか。JADEC 理事長の清野裕先生に、フリーアナウンサーの政井マヤさんがお話を伺いました。
2024年8月 朝日新聞本社にて取材
Profile
JADEC(公益社団法人 日本糖尿病協会) 理事長
関西電力病院 総長 京都大学名誉教授
清野 裕先生
せいの・ゆたか/1967年京都大学 医学部卒業。京都大学大学院 医学研究科 糖尿病・栄養内科学 教授、京都大学医学部附属病院 副病院長、関西電力病院 病院長などを経て現職。インスリン分泌を促進するホルモン「インクレチン」の研究で世界的に高い評価を得ている、糖尿病研究の第一人者。アジア人として初の米国糖尿病学会賞を受賞している。
現在はJADEC(公益社団法人 日本糖尿病協会)理事長として、ダイアベティス(糖尿病)の正確な知識の普及・啓発活動に尽力している。
Profile
フリーアナウンサー
政井 マヤさん
まさい・まや/1976年メキシコ生まれ。2歳から兵庫県で育つ。上智大学卒業後、2000年にフジテレビ入社。退社後はラジオパーソナリティーやコメンテーター、キャスターなど幅広く活躍。日本メキシコ交流年親善大使なども務める。「NHK高校講座 世界史」にMCとしてレギュラー出演中。三児の母。
ダイアベティスは体のあちこちに
障害が発生する恐れがある
ダイアベティスとはどのような病気?
政井さん:まず、ダイアベティスとはどのような病気なのでしょうか。
清野先生:私たちの体は食べた物に含まれるブドウ糖を、膵臓(すいぞう)から分泌されるインスリンの働きによってエネルギーとして吸収します。しかし、その作用が弱いと慢性的に血糖値が高い状態になります。この慢性的にというのがポイントで、長期間にわたって続くことで血管や臓器などに障害をもたらします。
政井さん:影響の出やすい主な部位はあるのでしょうか。
清野先生:目と腎臓、そして神経です。目は網膜の血管に異常が生じて出血したり、新しい血管が作られて視界が悪くなったりします。腎臓の血管で障害が起これば初期には無症状である場合が多いのですが、悪化してしまうと人工透析に至る可能性もありますし、神経に出る場合はしびれや疼痛などを引き起こすこともあります。これらはダイアベティスの合併症(*1)です。心筋梗塞(こうそく)や脳梗塞のリスクも高まりますが、これは併存疾患(*2)と呼ばれます。
*1:ダイアベティス(糖尿病)がある人が発症する可能性のある別の病気
*2:ダイアベティス(糖尿病)がない人でも発症する可能性のある病気
政井さん:血管を傷めてしまうことが問題なのですね。1型、2型と種類もあると聞きますが、日本国内ではどのぐらいの人に症状があるのですか。
清野先生:体質などでインスリンがほとんど分泌されず日々インスリンを投与する必要があるのが1型、インスリンが出にくくなったり働きにくくなったりするのが2型です。進行度によっては2型でもインスリンを投与することが必要になるので、一部例外もあります。国内の最新の統計では、治療している人がおよそ1150万人、予備軍が1000万人超えですね(※1)。私は糖の代謝異常が認められる人は2500万人ほどだと考えています。また、ダイアベティスによって人工透析の必要があるという診断がつく人は年間1万人ほどで、常に数十万人がそういった生活を送っています(※2)。
政井さん:そんなにたくさんの人がこの病気に関係しているのですね。とはいえ、特に治療をしないまま過ごしてしまう人も大勢いそうです。
清野先生:本当に注意が必要です。私の経験上、いわゆる2型と診断されてから何もしなければ、6〜7年経った頃にかなりの割合で網膜に出血斑が出ます。加えて、本人が気づかないうちに日々色々な臓器がダメージを受けて少しずつ病状が進行します。それがあらわれるのが7〜10年目という段階ですね。心臓に栄養を供給するような大きい血管のダメージが続けば、血管がだんだん狭まって心筋梗塞のリスクが高まります。腎臓で不要なものを濾過(ろか)する糸球体の血管が傷つけば、これもだんだん硬くなって働かなくなります。こうした病状に連関が認められていることも、気にかけたいところです。血管は全身に張りめぐらされているものですから。
初期症状がないために
治療につながりにくいことも
ダイアベティスに早く気づくには?
政井さん:生活習慣が大きくかかわっていると認識されていますが、どういう原因で発症するのでしょうか。
清野先生:ダイアベティスは、生活習慣が悪かったから発症するのではなく、様々な要因が関係しています。体質と環境という条件のかけ合わせで発症する病気ですし、甲状腺の病気などで併発するものもあり、原因は本当に様々ですね。よく「遺伝が原因なのでは」と気にする声がありますが、体質を引き継いでいるだけなので発症は個人差だと考えてください。同じ生活をしていても、ダイアベティスになる人・ならない人がいます。
政井さん:ダイアベティスではないか、と気づくポイントや初期症状として挙げられるものはありますか。
清野先生:困ったことに、特にないのです。ずいぶん進行した段階でのどの渇きや疲労感などを訴える人がいます。詳しく聞けば尿量が増えたり体重が減少したりもしていますが、この時にはダイアベティスがない人と比較して血糖値が2倍ほどの高さになってしまっています。
政井さん:なるほど、それは早く見つける必要がありますね。やはり健康診断が大切ですか。
清野先生:ええ。今は血液を調べればわかります。ただ受診率が高いとは言えませんし、結果が出ても認めたくないと感じる人が少なくないようです。日本の健診制度は非常に優れたシステムですから、積極的に受けて状態を把握していただきたいです。
知っておきたい治療方針は
万病予防にも通じる
治療に大切なことは?
政井さん:治療方針は皆さんある程度同じなのでしょうか。
清野先生:栄養バランスのよい食事、適度な運動、そして薬の使用という三本柱です。薬の話をしますと、私が医師になりたての50数年前には注意深く使用しないと低血糖を起こしてしまう可能性のある薬しかなかったために、血糖管理はなかなか難しい状況でした。この20年ほどで低血糖を起こしづらい薬や週1回の投与でよいという薬などが登場し、ずいぶん治療支援をしやすくなりました。
政井さん:薬にも色々な種類があるのですか。
清野先生:症状の重さに応じて段階的に増えていきます。理想の生活が確立されている人は1種類の薬でもずっと効果がありますが、それができていない人は4〜5年ごとに薬が増えていく傾向ですね。上手にコントロールされている人は80代や90代であっても、大きな影響もなく元気に生活されています。2000年以降は余命が延びており、ダイアベティスのない人とほとんど変わらないほどなのです(※3)。適切に医療機関を受診して日常的に健やかなライフスタイルを維持していただければ、必要以上に恐れることはないのです。
政井さん:まずは食事や運動などのライフスタイルの見直しが必要だと。病気の有無というよりも、誰もが心がけるべきことですね。
清野先生:その通りです。全ての疾患予防につながることですから、国民全員に推奨したいですね。ダイアベティスの治療に健やかなライフスタイルは不可欠で「なぜ自分にこういった対処が必要なのか」を深く理解する必要があります。さらに高齢者では糖の代謝に不具合が生じていることも少なくありません。これは自分ごととして捉えてほしいと思います。
政井さん:健康診断の話もありましたが、医療機関への受診頻度などでお感じになっていることはありますか。
清野先生:この病気であることを知られたくないのか面倒なのか、30〜50代の就労者世代の受診率や治療の継続率が極端に低いと感じます。ただ、定年退職を迎える年代になると改善します。人生の大事な時期として、ようやく向き合うのかもしれません。しかし、発症が早ければ色々なリスクは高まってしまいます。進行をなるべく遅らせるために、早くから対策すべきなのです。まず専門医の診察を受け、かかりつけ医と連携するなどして薬を服用しながら血糖管理に取り組みましょう。少なくとも年に2〜3回はきちんとチェックしていただきたいと思います。
呼称変更で偏見をなくし
イメージ払拭(ふっしょく)を目指す
「ダイアベティス」の呼び名のわけは?
政井さん:これだけ広まった呼称を変えようという取り組みの背景には、どのようなことがあったのでしょうか。
清野先生:ダイアベティスは紀元2世紀にトルコで名づけられました。語源をたどると、ものがスーッと通り過ぎていくことを指していて、尿や糖という意味は含まれていません。西洋ではそれをずっと使ってきました。日本では10世紀頃の平安時代には「消渇(しょうかち)」と呼ばれていました。書物に残る最初の患者は関白・藤原道長です。その後、1907年に「糖尿病」に統一されました。この当時の検査で判明した「尿に糖が含まれていること」を指し示す名称だったわけです。しかし、色々と明らかになると実態を表していないということにもなりました。
政井さん:紀元2世紀ですか!現代病ではないのですね。今日の課題としてスティグマと呼ばれる偏見も少なからず存在しているそうですが、先生はどのような印象をお持ちですか。
清野先生:JADECの調査で「糖尿病」だと診断を受けて誰にでも公表している人は大体3割です。4割は人を選んで告げていて、残り3割は身内にも隠していて、誰にも明かしていない(※4)ようです。
一般市民を対象にした病気のイメージ調査では、「食べ過ぎ」「怠け者が罹(かか)る」という回答があり、「がんや認知症になりやすい」なども挙げられていました。ですから、当事者は思わぬ影響が生じるのではと感じて他者に明かさなくなるのだと思います。ダイアベティスのある人は、保険加入やローンを組む時に制約があるのですが「糖尿病は短命である」といった昭和40年代に広まってしまった誤解から生じているのでしょう。残念なことだと思います。
政井さん:昔の「糖尿病」のイメージと、現在の実態とのミスマッチが多いのですね。だからこそ呼称変更が必要だと。
清野先生:はい。どうしても暗いイメージがつきまとっています。それを払拭するためには、新しい言葉にすべきだと思います。そもそも、東アジアを除くほとんどの国はダイアベティスと呼んでいるので。
正しい知識を備えて
当事者に寄り添える社会へ
周囲の人はどうサポートしたらよい?
政井さん:治療に取り組む人に対する周囲のサポートはどうあるべきだとお考えですか。
清野先生:特別視しすぎればスティグマにつながります。心配のあまり「あれもこれもやめなさい」だと、本人のストレスになるでしょう。適切な治療支援を受けているのなら「今日は楽しんだら」と言えるぐらい、柔軟性を持って接してあげられたらよいと思います。例えば私は旅行すると聞けば「思い切り食べていらっしゃい」と伝え、過度な制限はしていません。毎日の生活をきちんと管理していたら、そんなメリハリがあってもよいと思います。
政井さん:知人の高校生になるお子さんが1型で日々血糖管理に取り組んでいますが、外出中に倒れてしまったことがあるそうです。そんな危険もあるからこそ、もっと私たち一人ひとりが理解を深めて「誰にも言えない」という状況を変えていく必要がありますね。
清野先生:私たちは学校などに出向いて養護教諭の皆さんにこの病気はそんなに珍しいものではないことを啓発した上で、適切な応急処置ができるよう働きかけています。こうした取り組みはもちろん、今後も幅広い世代や立場の人に理解を得るために活動したいと考えています。
政井さん:当事者も明るく話せる社会にしていきたいですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。
※1 厚生労働省 国民健康・栄養調査(令和4年)
※2 日本透析医学会 わが国の慢性透析療法の現況(2022年12月31日現在)
※3 日本糖尿病学会 アンケート調査による日本人糖尿病の死因
厚生労働省 令和4年簡易生命表
※4 JADEC(日本糖尿病協会)アンケート調査