認知症の相続人がいるときの問題点
推定相続人が認知症になっている場合、生前の相続対策に支障をきたします。相続人になると予測される人を推定相続人といいますが、認知症は回復する確率が低いため、相続発生後も認知症の状態が続くでしょう。
認知症になると法律行為が制限されるので、相続発生前・発生後には以下のような問題が発生します。
生前の相続対策ができない
推定相続人が認知症になっていると生前贈与ができないため、相続税対策に影響します。生前贈与をすると相続財産が減少するので、やり方次第では非課税相続も可能ですが、贈与を受ける人の合意がなければ成立しません。
本人の預金口座に送金する、あるいは現金を手渡しても、贈与契約が成立していなければ相続財産にカウントされるため、相続税の節税には繋がらないでしょう。場合によっては意図的な財産隠しとみなされ、税務調査の対象になる可能性もあるので注意してください。
預金の引き出しができない
相続人が重度の認知症になっている場合、ATMを使った預金の引き出しはできない可能性が高くなります。金融機関の窓口で預金を引き出す際も、認知症が疑われるときは手続きに応じてもらえない可能性があり、家族による代理手続きも原則的には認められていません。
遺産相続の場面では、配偶者が葬儀費用を負担する予定だったところ、本人が認知症を発症したため、誰が支払うかでもめてしまうケースなどが想定されます。認知症の相続人は自分の預金を引き出せないので、今後の生活費に困ってしまう恐れもあります。
不動産が共有名義になる
認知症の相続人がいると遺産分割協議ができないため、不動産が共有名義になります。遺産分割協議は法律行為となり、全員の同意によって成立しますが、認知症の人は法律行為が制限されるため、遺産分割協議に参加しても意思表示が無効になります。
また、遺産分割協議が成立するまでの間、相続財産は全員の共有状態になるので、不動産も法定相続分に応じた持分で共有されます。不動産が共有名義になると、共有者全員の同意がなければ売却や賃貸はもちろん、建替えや解体もできません。
将来的には共有名義のまま次の相続が発生し、権利関係者がさらに増えてしまうことが予測されます。
特例・控除が使えないため相続税が高額になる
認知症の相続人がいる場合、相続税を軽減できる特例や控除が使えないため、高額な相続税になる可能性があります。配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は代表的な税額軽減措置ですが、どのように適用させるかを遺産分割協議で決めなければなりません。
また、特例・控除の多くは相続税申告が要件になっており、申告書には遺産分割協議書を添付します。前述のとおり、認知症の相続人がいると遺産分割協議が成立しないため、ほとんどの特例・控除を使えなくなるでしょう。
配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は節税効果がかなり大きいので、適用できなかったときは相続税が数百万円、または1,000万円以上高くなるケースもあります。
認知症の相続人がいるときの相続手続き
遺言書がない相続の場合、まず遺産分割協議で財産の分け方を決定し、次に預金解約などの相続手続きを行いますが、認知症の相続人がいるときは状況が異なります。
すでに述べたとおり、認知症の相続人が遺産分割協議に参加しても意思表示は無効になるため、代理人を設定しなければなりません。
認知症の相続人が高齢になっている場合、本人の死亡後に遺産分割しようとするケースもありますが、相続手続きの期限も考慮しておくべきといえます。
認知症の相続人がいる場合、以下のポイントを押さえて相続手続きを行うことをおすすめします。
認知症の相続人には成年後見人が必要
判断力が低下した人は法律行為が制限されるため、認知症の相続人には成年後見人が必要です。成年後見人は被後見人の代理として遺産分割協議に参加し、預金解約や相続登記などの相続手続きも代行してくれます。
成年後見人を設定するときは家庭裁判所に申し立てますが、手続きには1~3カ月程度かかる場合が多いので、相続発生前に申し立てておくとよいでしょう。成年後見制度の利用方法など、詳しい内容は後半の解説を参考にしてください。
代筆された遺産分割協議書は無効
認知症の相続人に成年後見人を設定しておらず、他の相続人が遺産分割協議書を代筆すると、文書偽造の犯罪になる可能性があります。
遺産分割協議書はパソコン作成が認められており、手書きの作成は減少していますが、本人の意思表示を明確にするため、署名だけは自書するケースが一般的です。他の相続人が無断で代筆や署名捺印すると、遺産分割協議書が無効になるばかりか、有印私文書偽造罪に問われる可能性もあります。
成年後見人と利益相反になるときは特別代理人が必要
成年後見人は家族を選任できる場合もありますが、認知症の相続人と利害が相反するときは、遺産分割協議に特別代理人も必要です。
たとえば父親が亡くなり、認知症の母親と長男が相続人になる場合、長男が母親の後見人になっていると、同じ相続財産を分け合うために利益相反関係が生じます。このようなケースでは家庭裁判所に申し立てて特別代理人を選任し、認知症の相続人の法定相続分を確保します。
特別代理人の選任も1~3カ月程度かかるので、できるだけ早めに家庭裁判所に申し立てておきましょう。
認知症の相続人は相続放棄できない
認知症の相続人は法律行為が制限されるため、相続放棄もできません。成年後見人がいれば手続きを代行してくれますが、相続発生後に成年後見人の選任を申し立てると、相続放棄の期限に間に合わない可能性があります。
相続放棄の期限は相続続開始日から3カ月以内になっており、家庭裁判所への申述が必要です。しかし、相続開始直後は葬儀や法要、行政関係の手続きなどが連続するため、1カ月程度は時間の確保が難しいでしょう。
さらに、成年後見人を家庭裁判所に申し立てる場合、書類準備などの期間も含めると、後見人の選任までに最短でも1カ月半近くはかかります。認知症の家族がいるときは、相続発生前に成年後見人を選任することをおすすめします。
相続手続きを放置したときの影響
認知症の相続人がいると遺産分割協議を開始できないため、本人が亡くなるまで相続手続きを放置するケースもあるようです。相続手続きを放置した場合、前述のとおり相続税申告に間に合わなくなり、一次相続と二次相続の同時対応が必要になるので、相続の考え方が複雑化します。
たとえば、認知症の相続人が相続放棄の検討中に亡くなると、再転相続という複雑な状況になるため、相続の承認・放棄の考え方もわかりにくくなります。また、相続登記は2024年4月1日から義務化されるので、手続きを怠ると10万円以下の過料になる可能性もあります。
相続手続きの放置はデメリットが大きいので、必ず当事者が生きているうちに完了させるようにしましょう。
相続人が認知症になりそうなときの対処法・対策
高齢な相続人がいるときは、相続対策よりも認知症対策が優先されるので、以下の対処法を検討してみましょう。
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成年後見制度を利用する
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遺言書を作成する
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家族信託を活用する
それぞれ以下のような特徴があり、選択制ではないので併用も可能です。
成年後見制度を利用する
判断力の低下がみられる相続人がいるときは、成年後見制度の利用を検討しましょう。成年後見制度には以下の2種類があり、どちらも被後見人の法律行為や財産保全が可能になります。
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任意後見制度:後見人を被後見人が選べる制度
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法定後見制度:後見人を家庭裁判所に選任してもらう制度
任意後見制度は判断力があるうちに自分で後見人を選び、認知症になった時点で後見業務がスタートする仕組みです。すでに認知症になっているときは法定後見制度しか利用できませんが、弁護士や司法書士が選任されるケースが多いので、法律行為は安心して任せられるでしょう。
成年後見制度のメリット・デメリット
成年後見制度は被後見人の身上監護を目的としており、本人にとって必要な契約を後見人に代行してもらえるメリットがあります。被後見人の財産は後見人によって管理されるため、家族が無断で預金を引き出すなど、財産の流出も防止できます。
ただし、成年後見人の報酬が発生するので、後見期間によっては高額な出費になるデメリットもあるといえます。また、被後見人の財産が保全されていることから、生前贈与による相続税対策はできなくなります。
遺言書を作成する
財産の所有者が遺言書を作成しておけば、遺産分割協議をしなくても認知症の相続人に財産を渡せます。遺言書には法的効力があるので、財産の承継者を明確に指定することで、不動産の共有状態も回避できます。
また、長男に自宅と預金を相続させる代わりに、認知症の母親の面倒をみてもらうなど、負担付きの遺言書を作成してもよいでしょう。
ただし、配偶者の税額軽減は使えなくなるので、相続税がいくらかかるか、小規模宅地等の特例のみで十分な節税になるかどうか、慎重に検討する必要もあります。
遺言書のメリット・デメリット
遺言執行者を指定した公正証書遺言を作成すると、遺言書の法的効力が確実になり、遺言者が意図した相続を実現できるメリットがあります。公正証書遺言は公証役場に原本が保管されるので、改ざんされるリスクもありません。
ただし、公証人に支払う費用がかかるため、コスト面のデメリットがあります。遺言書の内容にもよりますが、一般的には4万~10万円程度の費用になるでしょう。
家族信託を活用する
家族信託は以下の三者で成り立つ仕組みになっており、財産の所有者が認知症になっても、家族が財産管理を継続してくれます。
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委託者:財産の所有者
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受託者:委託者から財産の管理・運用権限を託された人
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受益者:信託財産から発生する利益を受け取る人
家族信託は賃貸経営と相性がよく、親が委託者兼受益者となり、子供を受託者にして賃貸物件の管理・運用を託し、親が家賃を受け取る形態がよく採用されています。認知症の相続人を受益者にすると、相続発生後も安定収入を確保できるので、生活費の心配もなくなるでしょう。
家族信託のメリット・デメリット
家族信託は二次相続の指定も可能になっており、認知症の相続人が亡くなった後は孫を受益者にするなど、自由に信託プランを設計できるメリットがあります。信託財産の所有権は委託者側にあるので、受託者が無断で不動産を売却するなど、財産の流出も防止できます。
ただし、家族信託には身上監護の機能がなく、財産管理しかできないデメリットがあります。
受託者には代理権がないため、介護施設への入居や入院など、認知症になった人の身上に関わる手続きは基本的に代行できません。信託していない財産は遺産分割協議が必要なので、遺言書や成年後見制度との組み合わせも検討しておくべきでしょう。
まとめ
認知症の相続人がいると遺産分割協議が成立しないため、期限付きの相続手続きに間に合わなくなり、税負担の軽減措置も使えなくなります。不動産は共有名義になるので、相続財産の活用面でも大きなデメリットが生じるでしょう。
しかし、相続に関する権利は平等に保障されているため、本人を除外して遺産分割協議を進めることや、遺産分割協議書を代筆する行為は認められません。
認知症の相続人がいるときは相続の専門家に相談し、遺言書や成年後見制度、家族信託などの対策をコーディネートしてもらうとよいでしょう。



