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日本医師会シンポジウム採録 受け継がれる北里柴三郎の志 〜新千円札発行を記念して〜 日本医師会シンポジウム採録 受け継がれる北里柴三郎の志 〜新千円札発行を記念して〜

提供:学校法人北里研究所北里柴三郎記念博物館

講演1 感染症と日本人の戦い 東京大学史料編纂所教授(歴史学者) 本郷和人さん 講演1 感染症と日本人の戦い 東京大学史料編纂所教授(歴史学者) 本郷和人さん

歴史上の日本三大疾病とは


日本列島には過去、どれだけの人が住んでいたかご存じでしょうか。推古天皇が活躍していた飛鳥時代、西暦600年頃の人口は600万人でした。関ヶ原の戦いが起こった1600年、人口はようやく1000年前の倍の1,200万人になりました。

では、なぜ古代から中世にかけて人口が増えなかったのか。その要因は、疫病、飢餓、そして戦争です。ただ、島国である日本は、陸づたいに外国に攻められることがなかったため、あまり戦死者が出ませんでした。そうなると、病気と飢餓。この二つが大きな要因ということになります。

日本におけるかつての三大疾病の第一は、まさに北里柴三郎先生がドイツで取り組んだ「結核」でした。それから「脚気(かっけ)」「糖尿病」です。食べ物が豊富ではない時代に、どうして糖尿病になるのかというと、甘酒に近いにごり酒を浴びるように飲んでいたからのようです。

「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思えば」という歌で有名な藤原道長ですが、ある貴族の日記には、すれ違っても全然自分に気づいてくれなかったというような文章が出てきます。道長は糖尿病のため、視力をほとんど失っていたようです。

感染症と日本人の衛生観念


致死率の高さという点で歴史的に最悪ともいえる感染症は、何といっても「ペスト」です。特に中世ヨーロッパ人口の4分の1から3分の1が死亡したとも言われています。一方、日本人が一番苦しんだ感染症は「天然痘(てんねんとう)」、そして「麻疹(はしか)」だったと考えられます。

天然痘は、奈良時代に猛威を振るったことがあります。当時の奈良の都で政治を司っていたのは藤原四家でした。ところが、南家、北家、式家、京家の各家初代にあたる藤原四兄弟全員が、わずか1年のうちに天然痘で亡くなってしまう。遣唐使や遣新羅使が中国から持ち込んだとされ、死者は当時の日本の人口の4分の1に及んだと言われています。

当時の日本には、残念ながら感染症を予防する手立てはありませんでした。しかし、ここでおそらく効果を発揮したと考えられるのが、「神道」です。神道の教えでは、人々に「清潔であれ」と説くわけです。心の中も体も清らかでなくてはなりません。神前に進み出るときには、うがいをして、手を洗います。家に帰ってきたら手を洗い、うがいをする日本人の習慣は、もしかするとここから来ているのかもしれません。

日本では、新型コロナによる死亡者数がG7諸国の中でカナダに次いで少なく抑えられましたが、こうした事実は、医療関係者の大変な努力の賜物であると同時に、日本古来の習慣も寄与しているのではないかとも考えています。

地域の共同体で才能を育む伝統


江戸時代に入ると、1700年までの100年間で人口が1,200万人から2,500万人に倍増します。その理由の一つがいわゆる医師の増加です。これには地方のコミュニティが重要な役割を果たしました。

それぞれの共同体で優秀な若者がいれば、地元の有力者がお金を出して教育を施し、長崎や大阪、京都といった当時、先進的な医療を提供する地域に送り込みました。若者は、そこで故郷の期待を背負って一生懸命勉強し、先輩、後輩、先生方という人脈も作って故郷に帰り、自分が習得した技術で人々の命を救いました。

医師となった若者は、ある程度の年齢に達すると、その多くが地域の有力者になり、今度は彼らがお金を出して地域の若者を育てます。日本にはこうした伝統があったからこそ、北里柴三郎先生のような方が生まれたのだと思います。

江戸・明治期に天然痘が流行した際も、全国の医師たちは人脈をフルに使って情報交換をしていました。1798年、ジェンナーが牛痘ウイルス接種による種痘という予防法を発表し、それが瞬く間にヨーロッパに広まりました。1849年頃、佐賀藩がこれを取り入れたのを機に日本全国に普及していきました。これも、地域のコミュニティと医師のネットワークという素地があったからだと言えます。

歴史学を追究する人間としては、今後、北里柴三郎先生のような「医師家系に生まれたわけではないけれども偉大な功績を残した人」と、松本良順や森鴎外といったいわゆる「エリート医師」たちにどのような交流があったのかについて調べ、使命を忘れることなく病気と闘ってきた医師たちの功績についても明らかにしていきたいと思っています。

ほんごう・かずと/東京都生まれ。1983年東京大学文学部卒業。2012年より東京大学史料編纂所教授。専門は日本中世史。『日本史のツボ』『疫病の日本史』(共著)など著書多数。

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