青森は日本一の「短命県」だ。男性は1985年から、女性は2000年から平均寿命全国最下位が続いている。
「短命県を返上する!」
その旗印を大きく掲げたのは、弘前大学だった。中心となった同大学院社会医学講座・中路重之特任教授はこう話す。
「青森県は単に高齢者の寿命が短いだけではなく、40代50代の死亡率も高いのです。背景には喫煙率、飲酒率、肥満率の高さがあり、生活面での問題が山積していた。 “産官学民”が一体となって闘わなくては勝てないほど、敵は巨大です」
二千項目の健康ビッグデータに世界が注目
骨密度検査は、医学部保健学科の学生が担当
そこで始まったのが「岩木健康増進プロジェクト」だ。12年前に岩木町(現・弘前市岩木地区)で始まった健康診断だ。だが、単なる健診とはわけが違う。20歳以上の岩木地区の住民約千人を対象に、生活習慣から遺伝子情報まで、とことん調べつくすのだ。調査項目は二千項目(17年度)にも及ぶ。
受診者は事前に15ページの生活調査アンケートを記入し、健診当日は血液、尿、だ液、嗅覚(きゅうかく)、聴覚、記憶力、運動機能など40を超える検査ブースを回る。所要時間は、1人平均5~7時間。大変な健診だが、参加者の多くはリピーターとなっている。
ここまで詳細で大規模な健康調査は世界に類を見ない。小中学生の健康診断を含めると、現在までに延べ2万人に及ぶ「健康ビッグデータ」が蓄積され、その解析によって「動脈硬化とアルコールや喫煙の関係」「軽度認知障害への関連因子」など、多数の研究発表が生まれた。
13年には、文部科学省の「革新的イノベーション創出プログラム(COI)」にも採択され、16年の科学技術振興機構の中間評価では医療・健康分野で唯一の「最高評価S」を獲得した。
いつしか医療の分野では、「岩木に行けば、健康に関する宝の山がある」と知られるようになった。ヘルスケアに力を入れる大手企業も続々と参画し、健診当日は全国から駆け付けてスタッフとして働く。健診を受ける側だった地域の人々も、中路特任教授らの熱意を受け止め、「健康増進リーダー」などの形で加わっている。また弘前大学は、医学部のみならず、ほぼ全学部から、教職員と学生が集まり汗を流す。
「岩木健診は授業の一環ではあるのですが、学生には単位を取る以上の学びがあります」
と、中路特任教授は言う。何を学ぶかはそれぞれだ。ある学生は最新の医療機器に触れる。ある学生は、子どもへの健康教育の重要性を実感する。ある学生は、同じブースで働く大手企業の社員から社会人としての姿勢を学ぶ。なかでも、医学部の学生には必須の「学びの場」だと中路特任教授は力説する。
「医師になってしまうと、彼らは日々『患者』としか向き合いません。でも、ここには『病気になる前の人』がいます。なぜ体に悪いと知っていてもお酒やたばこをやめないのか。運動すべきなのにしないのか。その理由がここでならわかる。人の心をわかろうとしなければ、信頼される医師にはなれません」
この研究は、「弘前大学でなければできなかった」と話すのは、弘前大学COI研究推進機構の村下公一教授だ。
「ビッグデータの中身は、極めてデリケートな個人情報です。それを地域の人から提供してもらえたのは、強い信頼関係があったからです。古くから地域に根を張ってきた弘前大学だからこそ、可能になったことだと思います」
社会が変わる姿を弘前で目にしよう
岩木健診を担う中路重之特任教授(右)と村下公一教授
そして国立大学ならではの「理想に向かう姿勢」もまた、人々を動かしたと村下教授は考える。
「ビッグデータを解析して病気の予兆を見つけ、予防につなげる。これはまさしく最先端の研究です。しかし、『研究のための研究』では意味がない。研究によって地域の人の生活を変え、幸福にするから価値があるのです。最先端の研究と地道な活動、この二つがともにあるからこそ、企業も行政も地域も賛同してくれたのです」
時間はまだかかる。岩木健診で得たものを県内に広げていく、その道のりは遠い。
「けれど、青森は必ず変わります。本質的な健康を手に入れます。そんな社会の変革を目の当たりにしたいと願う学生に、弘前に来てほしい」(中路特任教授)

