
好奇心と情熱で
周囲がしないチャレンジを
スポーツの価値って何だろう
サニブラウン・アブデル・ハキームの拠点は、アメリカ南東部のフロリダにある。コロナ禍によって大学や公共の施設が次々に封鎖され、2カ月近く自宅でトレーニングに励んだ。この間、スポーツマネジメントを学ぶ9秒台スプリンターは「スポーツの価値」について、時間をかけて考えたという。活動を再開して試合に出場した日、自分なりの答えが見つかった。
「ガランとしたスタンドを目の当たりにして、観客がいてこそのスポーツだと実感しました。選手・観客・サポートスタッフが一つになると、競技が体を動かすこと以上の意味を持つんです。スポーツの価値はその部分にあると思いました」
1人でスタートラインに立ち、1人で試合をする。自らの世界に集中することに慣れている陸上選手にとっても、声援や注がれる視線、人が集うことで生まれるエネルギーは力を発揮する大きな要因だった。
気づきを得ると、母国開催の大舞台で活躍したいという思いが日ごとに強くなった。競技に打ち込むために大学を休学し、プロに転向。現在は、名だたるスプリンターが集うクラブチームで、練習を続けている。
「ものは試し」おみくじは引かない
環境をガラリと変えるのは、初めてではない。アメリカの大学への進学も含め、周囲がしないチャレンジにこだわってきた。
「ものは試しだなと思うんです。そういう選択をしてきてよかったとも感じます。仮に失敗しようと、後悔を残さないことが選手としても、人としてもベスト。人生何が起こるかわからないし、そのほうが楽しいんじゃないかと思っていて。だから、目標はあるけれど、今は最終ゴールを設定していません。好奇心と情熱で突っ走っている感覚です」

自分自身に期待を込め、どこまで行けるかを楽しみにしている。正月の初詣でも、おみくじを引かないという徹底ぶりだ。しかし単に楽しんでいるのではなく、日々細かな課題と向き合い、鍛錬を続けている。優勝した試合でも練習の成果が出せたかにこだわり、結果オーライで片付けることはありえないと断言する。
「自分が納得できるかどうかが何より大事です。年にいくつかは悔しい試合があるので、きちんと力を出し切って、一つずつ乗り越えていきたいですね」
人と社会のために小さなことから
自分のことに集中しながらも、大学進学後は本格的に社会貢献を意識し始めた。観客を含め、自分の競技人生には想像以上に多くの人が関わっていることを実感したからだという。感謝をどのように示すべきか考えるようになったのは、自然な流れだった。まずは自分の言葉で語りかけることから始めた。その一つが、昨年7月に九州の豪雨被害への支援を呼びかけたクラウドファンディングだ。
「誰もが無理のない範囲で参加できるので注目しました。ネットで手軽に思いを表現する方法は反応が早いし、みんなも状況がわかるところがいいなと思いました」
「UDN FOUNDATION」の活動では、中高生とのオンライン対話が印象に残っているという。「状況を聞いて直接アドバイスできました。今後、次世代の育成に取り組む上でも、リアルな声を聞くことは欠かせません。アメリカにいて、何ができるかは常に考えています」

アスリートと一般市民が手を携えるプロジェクトであるだけに、大人はもちろん、子どもたちにも社会の状況に関心を持ってほしいと願っている。そして自分で選び取る意思の大切さを伝えていくつもりだ。
「僕は子どもの頃に街の清掃・リサイクル活動に参加して、自分の街がキレイになるのは気持ちがいいなと思った記憶があります。実感すると、積極的になれると思います。みんなにも小さなことでいいので、何か始めてみてほしいです」
さにぶらうん・あぶでる・はきーむ/1999年生まれ。高校在学時から世界大会で研鑽を積む。アメリカ・フロリダ大学に進学(休学中)し、現在はプロとして活動。男子4×100mリレー37秒43のアジア記録樹立メンバーの一人。100m9秒97の日本記録も保持する。






