DV被害女性の声に教えられた

2023年度朝日賞を受賞した法学者戒能民江さんの写真

法学者 戒能民江
女性の人権を守る法整備への長年にわたる貢献

受賞者の業績
 今春施行の「困難な問題を抱える女性支援法」や、パートナーからの暴力(DV)を防ぐためのDV防止法の制定・改正を理論面で支えるなど、女性の人権を守るための法整備に力を注いできた。
 大学で法社会学を学んだ後の1970年代、滞在中の英国で「DV法」制定を目の当たりにした。帰国後の92年、弁護士や活動家の女性とともに日本初のDV被害の全国調査を実施。その実態を社会に示した。
 返送された約800通には被害内容がびっしり。相談機関が必要だと電話窓口を開設した。「DVの重大な点は、被害者の人間の尊厳を奪うことだと知った。一つ一つの声に教わった」
 立法の重要性を認識したのは95年。DVに耐えかねた妻が夫を殺した事件の裁判で被告側の弁護団に協力した。法廷のDVへの無理解に苦労しながら有罪だが刑免除の判決を得た。「法という社会の支柱により、被害者は被害者と認められる。法は公正であるべきで、少数者を軽視していないかという視点が必要。基軸にあるのは人権です」
 今年80歳。「疲れてきた」と言いながら、「皆さんとやっていかなきゃいけないことがたくさん」。女性支援法の施行に向け、駆け回る日々が続く。

経歴
 かいのう・たみえ 1944年、旧満州生まれ。お茶の水女子大学教授などを経て、同名誉教授。日本女性学会代表幹事、ジェンダー法学会理事長などを歴任。現在、性暴力禁止法をつくろうネットワーク共同代表などを務める。

 

宗教から現代文明・社会体制問う

2023年度朝日賞を受賞した宗教学者島薗進さんの写真

宗教学者 島薗進
新宗教、国家と宗教、グリーフケア研究への貢献

受賞者の業績
 新宗教、国家神道、スピリチュアリティー、死生学。幅広い研究で大切にしてきたのは、文献に書かれた宗教ではなく、生活に根づいた宗教だ。
 「日本の精神文化や一人ひとりの心のあり方を考えながら、現代文明や社会体制を問い続ける。それが広い意味での哲学、公共哲学だ」
 祖父も父も医師で大学教授。東大理科三類に入ったが、科学では解決できない問題があると、宗教学へ。天理教や大本など新宗教の教祖を調べ、創価学会やオウム真理教も研究した。国家神道をはじめとする国家と宗教の関係を追究してきた。
 クローン技術の問題にも携わり、生命倫理や死生学にも領域を広げた。日本人の持つ死生観を考え、大切な人を失った悲しみに寄り添うグリーフケア研究を深めた。
 世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の問題では、日米韓の関係、政治と宗教のあり方など幅広い視点で解説する。
 ロシアのウクライナ侵攻やパレスチナ問題にも目を向け、「近代文明がもたらす分断の背後に宗教がある」と指摘する。
 「宗教が、平和へ、どう働くべきか。祈りや弔い、医療や福祉で地域社会とどう関わるべきか。今後も宗教研究の役割は大きい」

経歴
 しまぞの・すすむ 1948年、東京生まれ。77年、東大大学院博士課程単位取得退学。日本宗教学会会長、上智大グリーフケア研究所所長、日本臨床宗教師会会長などを歴任。東大名誉教授。日本スピリチュアルケア学会理事長を務める。

 

新たな形獲得 進化プロセス迫る

2023年度朝日賞を受賞した理化学研究所主任研究員倉谷滋さんの写真

理化学研究所主任研究員 倉谷滋 
脊椎動物の体の形づくりと進化プロセスの研究

受賞者の業績
 ヒトの顔、カメの甲羅……。多様な動物の形は、卵から始まる発生の過程で形づくられる。遺伝情報のプログラムに従って器官のひな型が現れ、できかけの体(胚はい)が成長する仕組みをつぶさに探り、新しい形を獲得する進化のプロセスに迫ってきた。
 たとえば、脊椎せきつい動物の頭。祖先の鼻の穴は一つで丸い口、ヤツメウナギの仲間に似た顔だった。胚の中で鼻になる部分が二つに分かれると、その間の細胞から軟骨ができ、口の位置がずれ、あごを獲得し顔つきが変化してきたという。
 トリの胚との比較で、カメの甲羅は肋骨ろっこつからできたと突き止めた。
 伝統的な形態学に没頭していた学生時代、体の形づくりに決定的な役割を果たす遺伝子の発見を知る。見つかるまで2世紀かかると思っていたが、時代の変化を衝撃とともに受け止めた。
 遺伝子や細胞の技術を身につけ、進化、発生、形態を結びつける「進化発生学」という新分野に飛びこんだ。
 形の進化は、科学の歴史に名を残す人たちの長年の問いだ。
 実験の傍ら、古い文献を何度も読みこみ時代背景や考え方を分析してきた。「科学の発見と同じようにぞくぞくする」

経歴
 くらたに・しげる 1958年大阪府生まれ。81年京都大学理学部卒。琉球大学医学部解剖学助手、米ジョージア医科大学研究員、ベイラー医科大学助教授、岡山大学理学部教授などを経て、2001年理化学研究所チームリーダー、14年から主任研究員。05年日本動物学会賞、07年日本進化学会賞など。

 

高効率 曲げられる太陽電池発明

2023年度朝日賞を受賞した桐蔭横浜大学特任教授宮坂力さんの写真

桐蔭横浜大学特任教授 宮坂力
ペロブスカイト太陽電池の開発

受賞者の業績
 「曲げられる太陽電池」で、高効率で発電できるペロブスカイト太陽電池を発明した。
 ペロブスカイトと呼ばれる結晶構造を、基板に塗るため薄くて軽いのが特徴。従来型では設置が難しかった重さが制限される場所や曲面の壁などでも使える▽曇天でも発電できる▽「印刷」して簡単に作れる、といった利点が多く、地球温暖化対策の切り札として期待されている。
 富士フイルムから桐蔭横浜大学に移った際、色素増感太陽電池という色素が光を吸収し、電子を出す性質を応用した電池を研究テーマに選んだ。2006年に研究室に迎えた当時大学院生の小島陽広さんが「色素の代わりに、ペロブスカイト型の結晶構造を持つ化合物を使いたい」と提案し、研究がスタート。変換効率が3.8%に達し、09年に世界で初めて論文発表した。
 12年に英国の研究者らが、電解質を固体化して変換効率が10%を超えたという論文を発表し、世界的に一気に注目された。この研究者にペロブスカイト太陽電池を紹介したのは、宮坂研から留学した博士研究員だった。「誰か一人でもいなければ、今の状況は無かった。人と人とのつながりのおかげです」
 世界各国がしのぎを削り、実用化は目前だ。「いつかはテレビや冷蔵庫のような『一家に一台』の存在になってほしい」と期待する。

経歴
 みやさか・つとむ 1953年神奈川県生まれ。81年東京大学大学院工学系研究科修了、富士写真フイルム(現富士フイルム)に入社。足柄研究所主任研究員を経て2001年に桐蔭横浜大学教授になり、17年から特任教授および東大先端科学技術研究センター・フェローに。17年クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞、22年英国ランク賞。