マンガ大賞 『花に染む』/くらもちふさこ(集英社)

『花に染む』(c)くらもちふさこ/集英社

受賞コメント

 和弓を題材に扱う際、弓を射る音を側で聞きたくて習ったのですが、技術的な事以外に体得することが多々ありました。日本語の語源から身体の仕組みまで、普段の生活で感じる不思議の答えを弓の中で見つけることもあり、意外なところにルーツはあるものです。
 これまでの執筆活動の中で最も難産だったこの作品。神事、和弓、刑事事件、分からないことばかりで、執筆時間の半分以上を調べ事に費やしました。がんじがらめだなと感じながら描いている時、ふと、『火の鳥』の我王の木彫シーンと重ね乗り切れたことがありました。
 少女漫画で活動してきた私ですが、幼年時代は手塚漫画で育ちました。この度の受賞で手塚漫画がルーツとは恐れ多くて申し上げられませんが、出発点ですと語れることを幸せに思います。有り難うございました。

『花に染む』(c)くらもちふさこ/集英社

◆くらもち・ふさこ◆ 東京都出身。1972年に『ガネちゃんのひとりごと』で「別冊マーガレット」にてデビュー。代表作に『おしゃべり階段』『いつもポケットにショパン』『東京のカサノバ』『天然コケッコー』など多数。現在、ココハナ(集英社)にてエッセー『とことこクエスト』を連載中。

 

新生賞 『昭和元禄落語心中』/雲田はるこ(講談社)

『昭和元禄落語心中』(講談社)で、落語を巡る愛憎劇に高座の巧みな描写を織り交ぜた清新な表現に対して

『昭和元禄落語心中』(c)雲田はるこ/講談社

受賞コメント

 この度は、敬愛する手塚先生のお名前を冠する賞を頂戴しまして、かけがえのない光栄を感じております。
 また、落語家さん方の絶え間ない研鑽の賜物である、古典落語の力におおいに頼らせて頂いた漫画ですので、其方へも感謝を申し上げます。
 落語と漫画は似ている、と手塚先生がおっしゃっていました。三題噺の形で作る限り永遠にアイデアは湧くとも、古典を存続させる為には、若い人が聞きたがる工夫をすべきだともおっしゃってました。
 遠い未来『落語心中』作中のようなあの世の寄席で、この賞をご縁に手塚先生にお会い出来る光栄があったら、そんな落語のお話を聞かせて頂きたいです。
 落語と漫画の末永い発展の一助になれていたら幸いです。それを誇りに今後も漫画に励んでゆきます。

『昭和元禄落語心中』(c)雲田はるこ/講談社

◆くもた・はるこ◆ 2008年、短編『窓辺の君』(東京漫画社)で雑誌デビューし、翌年初単行本化。10年に初の長期連載『昭和元禄落語心中』を「ITAN」(講談社)にて執筆開始。同作完結後は三浦しをん原作の『舟を編む』(光文社)を「ITAN」にてコミカライズ連載。

 

短編賞 『夜廻り猫』/深谷かほる(講談社)

『夜廻り猫』(c)深谷かほる/講談社

受賞コメント

 手塚治虫作品は、もちろん読んでアニメも観て育ちました。中でも『きりひと讃歌』『ブラックジャック』は大好きです。そして私にとって手塚作品は素晴らし過ぎ、太陽や月のように遥か彼方で輝くものなのです。
 漫画表現はほとんど全てが手塚先生の遺産であり、私も先生から言葉を与えていただいて、今、誰かに漫画という手紙を書くことが出来るのだと思っています。
 それにしてもその手紙はちっぽけな葉っぱの手紙のようなもので、太陽や月が見てくれているとは夢にも思いませんでした。
 『夜廻り猫』は依頼もなく、ただ描きたくて描いた漫画です。出版社に持ち込みする自信もないから、ツイッターにアップしていたのです。それが、手塚治虫文化賞。本当かなあ? 今も9割方、信じられてません。

『夜廻り猫』(c)深谷かほる/講談社

◆ふかや・かおる◆ 福島県出身。2015年10月、Twitterにて『夜廻り猫』の連載を開始。代表作は『エデンの東北』(竹書房)、『ハガネの女』『カンナさーん!』(ともに集英社)など。

 

特別賞 『こちら葛飾区亀有公園前派出所』/秋本治(集英社)

『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(集英社)40年の連載完結に対して

『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(c)秋本治/集英社

受賞コメント

 名誉ある手塚治虫文化賞特別賞と選んでいただき、嬉しいです。『こちら葛飾区亀有公園前派出所』は漫画家としてのデビュー作であり、試行錯誤しながら、毎週描いていました。
 思い通り描けず落ち込んだり、予想以上に描けてホッとしたりと、波瀾万丈の40年間でした。
 作品が完結してからも、評価されて、漫画家として大変有り難い事だと思います。

『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(c)秋本治/集英社

 撮影・和田篤志

◆あきもと・おさむ◆ 1952年、東京都葛飾区生まれ。76年、「週刊少年ジャンプ」にて『こちら葛飾区亀有公園前派出所』でデビュー。同年発行の42号から2016年42号まで、40年間一度も休載せず週刊連載を続けた。2016年12月より、青年誌4誌に4作品を同時連載。