東京写真記者協会(新聞・通信・放送の33社加盟)は11月25日、優れた報道写真に贈る2025年の東京写真記者協会賞と各部門賞、奨励賞を発表しました。協会賞には朝日新聞社の「シリア 絶望の収容所」が選ばれました。

 24年12月、父子2代にわたって圧政をしいてきた中東シリアのアサド政権が崩壊。内田光記者は国際報道部の記者とともに、混乱する現地に入り、政権の恐怖による統治を支えてきた秘密収容所の姿を明らかにしました。(24年12月20日付朝刊などに掲載)

東京写真記者協会賞
【上】総合情報部の「251支部」(通称・ハティブ支部)。拷問が行われたとされ、地下の独房の壁には日付を数えた線など、様々な書き込みが残されていた【中央左】軍事情報部の秘密収容所「235支部」(通称・パレスチナ支部)。収容されていたというサレハ・ヤヒヤさんは、むちで打たれるなどの拷問を受けたという【中央右】アサド政権下で処刑や拷問があったとされるセドナヤ刑務所。床には大量のロープが残されていた【下左】セドナヤ刑務所で、行方がわからなくなっている家族の手がかりなどを探す人たち【下右】セドナヤ刑務所を取り囲む壁。鉄条網も設置されていた=2024年12月13~15日、ダマスカスとダマスカス郊外、内田光撮影

映像報道部・内田光記者 受賞にあたって

映像報道部・内田光記者
映像報道部の内田光記者

 シリアのアサド政権が倒れた――。そんな衝撃的なニュースが紙面で報じられたのが24年の12月9日。この時はまだ読者目線で新聞を読んでいました。

 翌10日、デスクからシリア出張の打診があり、大急ぎで準備を始めました。11日夜に羽田を出発し、現地時間の12日昼にレバノン・ベイルートに到着。13日早朝には、セキュリティ会社の車でシリア・ダマスカスをめざしました。

 長年、秘密裏に行われてきたとされる強制収容や拷問などの実態、内戦での化学兵器使用疑惑や資金源とされてきた麻薬の密造工場など、政権崩壊で初めて明らかになったシリアの「闇」。そして、その恐怖政治から解放された市民の「喜び」を中心に取材しました。


 朝日新聞社ではこのほか、東京写真記者協会の一般ニュース部門(海外)の奨励賞に、ウクライナ北部チェルニヒウの自宅の跡地で、亡くなった家族の写真に口づけするウクライナ人女性を撮影した「家族も家も失った ウクライナ侵攻3年」(現東京本社映像報道部・藤原伸雄記者)が選ばれました。また、スポーツ部門(国内)の奨励賞に、ゴールを見据える村竹ラシッド選手の姿を撮影した「見つめる先に 村竹ラシッド」(東京本社映像報道部・友永翔大記者)が選ばれました。

 また、関西写真記者協会では、能登半島地震から1年を迎えた現地の姿を撮影した「能登地震1年 復興願う日」(現東京本社映像報道部・金居達朗記者、大阪本社映像報道部・田辺拓也記者、有元愛美子記者)が協会賞に選ばれました。ニュース部門銀賞には、地下鉄が不通となり大阪・関西万博の来場者が取り残された様子を取材した「混乱の中のぬくもり」(有元愛美子記者)、スポーツ組み部門銀賞には、史上初の夕方の開会式があった夏の甲子園の様子をとらえた「変化する夏の甲子園」(大阪本社映像報道部・伊藤進之介記者、田辺拓也記者)、企画部門銀賞には、被爆者の体に残る傷を撮影した「被爆の傷痕 語る平和」(大阪本社映像報道部広島駐在・上田潤記者)が選ばれました。

 中部写真記者協会では、新聞・通信部会グランプリに、名古屋市西区の女性殺害事件を取材した「26年間借り続けた部屋」(名古屋本社映像報道部・小玉重隆記者、溝脇正記者) が選ばれました。一般ニュース部門奨励賞に、能登半島地震で被災した高齢者が名古屋の施設で暮らす現状を伝えた「99歳、能登に『帰りたい、帰りたい』」(小玉重隆記者)、企画部門奨励賞に、戦後80年の節目に月明かりで全国各地の戦跡を撮影した「月夜の戦跡」(小玉重隆記者、溝脇正記者)が選ばれました。