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昔の新聞点検隊

紙がない!辞書も共用を――出版・言論を支えた「紙」

桑田 真

1943昭和18年5月9日付 朝日新聞東京本社版夕刊2面拡大1943昭和18年5月9日付 朝日新聞東京本社版夕刊2面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています

【当時の記事】

辞典は共同で使はう 来月あたりから少しは出ます

新学年を迎へて教科書が間に合はぬといふ嘆きは、どうやら片がついたが、辞典類の不足がいま学生を困らせてゐる、独、仏、英、支那等の語学辞典はそれほどでもないが、最も困ってゐるのは中等初年級向きの国語漢文辞典で、日本出版配給会社のいふところによると――その原因としては用紙が需要を充すに足るほどは供給されてゐないことと、その他の資材や人手の関係で能率が上らぬことなどが挙げられてゐる

日本出版協会、出版配給会社および業者はいままで教科書を間に合はせることで手一杯だったが、遅くも六月あたりからは辞典の事情も可成り好転しよう――と見てをり『若しその兆があらはれぬやうだったら出版会で重点配給、あるひは命令生産等の処置に出ることにならうから今しばらくの辛抱を学生諸君にお願ひしたい』とは出版配給会社の言だ

なほ陸海軍の学校その他の大口注文に対しては応じ切れないので、一人一冊とせず数人共同で利用する方法を講ずるやう―依頼状を発してゐる

(1943〈昭和18〉年5月9日付 朝日新聞東京本社版夕刊2面)

 
【解説】

 出版社や新聞社にとって、最も困ることは何か。現在のようにインターネット上で発信できるようになるまでは、「紙がなくなること」だったかもしれません。どんなにいい記事や作品を書いても、印刷されて読者のもとに届かなければ、読まれることはありませんでした。

 今回取り上げるのは、戦時中の紙不足にまつわる記事です。第2次世界大戦中の1943年、旧制中学校向けの国語、漢和辞典が足りないことを伝えています。記事を詳しくみていきましょう。まず、「独、仏、英、支那等の語学辞典」という部分。「支那」は当時は一般的な呼び方でしたが、今では「中国」とします。

 中ほどに出てくる「日本出版協会」は37年に設立された出版社の業界団体ですが、40年に日本出版文化協会、43年3月には日本出版会へと組織改編が行われています。この時期は日本出版会とするのが適当です。

 続く一文で「日本出版協会、出版配給会社および業者は……遅くも六月あたりからは辞典の事情も可成り好転しよう――と見てをり」とあり、ここから「来月あたりから少しは出ます」と見出しを立てています。目を引く見出しではありますが、現代なら関係者の見解であることを表すために、カギカッコでくくるなどします。

冒頭の記事の1カ月前、「教科書は大丈夫」と報じる記事拡大冒頭の記事の1カ月前、「教科書は大丈夫」と報じる記事=1943年4月1日付東京本社版夕刊2面
 記事の冒頭「新学年を迎へて教科書が間に合はぬといふ嘆きは、どうやら片がついた」とあるのは、43年4月1日付「教科書は大丈夫 あすヨイコらの新学期」という記事を受けたものです。紙不足で教科書づくりが遅れていたものの、関係者の努力で何とか新学期に間に合わせたことが報じられています。しかし、辞書には用紙が回らず、他の資材や人手も足りずに5月の時点で「中等初年級向きの国語漢文辞典」の不足が深刻になっていました。大口注文には応じられないので、1冊の辞書を数人で共同で使うよう勧めるなど現代では考えられない状況です。

 「6月あたりからは事情が好転するだろう」という見通しが示されていますが、6月13日付「新入生へ漢和辞典 九月中には各中等校へ」によれば、43、44年度で確保できそうなのは需要の5分の1程度とされ、十分ではなかったようです。

 朝日新聞には42年7月にも「国語辞典出でよ」という投書が掲載されており、「外国語辞書は一通り揃(そろ)ってゐるのに、中等生用の国語辞典、漢和辞典に至っては四月以来殆(ほとん)ど姿を見ない」と、辞書不足は慢性化していたようです。

 このころ編集された国語辞典に明解国語辞典(三省堂)があります。小型国語辞典の代表格「三省堂国語辞典」と「新明解国語辞典」の源流になった辞典です。中心になって編集した見坊豪紀によれば、「明解」の原稿は41年の早い時期に完成していましたが、三省堂の印刷所に軍部の強制的な仕事が入るなどしてゲラ刷りができず、刊行が43年5月までずれ込みました。44年に用紙の「特配」を受けたり、旧制中学校の指定辞書とされたりしたため「教育界の辞書飢饉(ききん)の中で」(社史「三省堂の百年」)売り上げは好調だったといいます。

 日本は38年に国家総動員法を制定するなどして、あらゆる資源を戦争に投入していきました。物資、思想・言論の両面で日常生活への影響も濃くなっていきます。40年には出版統制のための業界団体、日本出版文化協会が設立され、出版社は協会から割り当てられた用紙しか入手できなくなりました。協会は43年3月に日本出版会へと組織改編が行われ、内容の規制と用紙配当が一層厳しくなりました。

 影響を受けたのは教科書と辞書だけではありません。雑誌はページ数削減や休刊を余儀なくされました。朝日新聞で39年12月に掲載された出版業界の年末回顧記事は、見出しが「紙飢饉に喘(あえ)ぐ」でした。41年8月の「紙を惜まぬ贅沢(ぜいたく)さ 芝居、映画の番組に厳重警告」では、映画や芝居といった興行がやり玉に挙げられています。映画のプログラムはページ数を大幅に減らすことになり、芝居のパンフレットはその7~8割が広告で貴重な紙を浪費しているとして、当局が厳重注意する方針を示しました。

 新聞も苦しい状況に置かれました。政府は30年代後半から段階的に新聞用紙を減らし、40年には新聞雑誌用紙統制委員会を設置。用紙の配給という物質的な制約だけでなく、報道統制も強めていきました。

 朝日新聞は44年3月に夕刊の発行を休止。朝刊は11月からは連日、2ページになりました。終戦直後には2ページさえ維持できず、タブロイド判で発行しました。少しでも多くの情報を載せるため、活字を小さくしていましたが、戦後もなかなか供給状況がよくならず、活字は49年に最小になっています。1ページ18段、1段15文字の紙面と、現在の12段、12文字の紙面を比べると、その差は歴然としています。

活字が小さい1949年の紙面。1ページが18段拡大活字が小さい1949年の紙面。1ページが18段=1949年3月1日付東京本社版朝刊1面
現代の紙面。1ページが12段拡大現代の紙面。1ページが12段=2014年3月1日付東京本社版朝刊1面

 46年12月の朝日新聞の社説によると、用紙の供給はそれまでで最も生産量が多かった37~41年度に20億~21億ポンド(約90万トン)ありました。戦況の悪化に伴って減り続け、43年度は14億ポンド(約63万トン)、46年度は3億5千万ポンド(約15万トン)だったといいます。製紙設備は戦前の半分しか残っておらず、石炭、木材、パルプの不足もありフル稼働しても生産能力は戦前の3分の1ほどとしています。ちなみに2013年の紙生産量は1500万トン、うち新聞用紙は320万トンです。

 現在ではたとえ紙がなくても、ホームページやツイッターなど、インターネット上で発信することができます。携帯電話やタブレット端末があれば、ニュースだけでなく、ベストセラー小説や人気漫画をいつでもどこでも読むことができます。

 一方で、紙の新聞や書籍に触れることの良さも失われてはいません。戦中、戦後とは状況が異なりますが、3年前の東日本大震災の際、宮城県の石巻日日(ひび)新聞は、地震の翌日の3月12日から手書きの号外を避難所に張り出しました。輪転機が水につかって印刷ができず、取材用の車も流されるなど厳しい状況の中、避難所で必要な情報を提供しました。6日間発行された手作りの「壁新聞」は被災者を勇気づけました。

 朝日新聞も新聞発行が危ぶまれる状況に陥りました。宮城県や福島県の製紙工場が被災し、新聞用紙が確保できない可能性があったためです。さらに輸送状況の悪化、インキ不足や計画停電などの悪条件も重なりましたが、朝刊のページ数を40ページから20ページに減らすなどして対応し、1日も休まず発行することができました。

 十分な用紙が確保でき、出版、言論の自由が保証されている現在。私たちは、新聞が発行できる日常をかみしめながら、これからも新聞製作に取り組んでいきたいと思います。

 
【現代風の記事にすると…】

辞典「共用」のすすめ
紙不足で供給足りず 「来月には状況改善」

 新学期に教科書が間に合わないという騒動は収束に向かっているが、今度は辞典類の不足が学生を困らせている。ドイツ語、フランス語、英語、中国語などの外国語辞典はそれほどでもないが、最も足りないのは中学1年生向けの国語辞典、漢和辞典だ。日本出版配給(日配)によると、原因は用紙が需要を満たすほど供給されていないことと、その他の資材や人手の関係で能率が上がらないことが挙げられるという。

 日本出版会、日配、出版業者は今まで教科書を新学期に間に合わせることで手いっぱいだったが、遅くとも6月あたりからは辞典についても状況が好転するだろう、と見ている。日配は「もしその兆しがあらわれないようであれば、出版会で用紙の重点配給、あるいは命令生産などの対応をする。学生の皆さんには今しばらくの辛抱をお願いしたい」としている。

 なお、陸海軍学校やその他の大口注文には応じきれないので、1人1冊ではなく数人で共同で利用するよう、依頼状を送っている。

(桑田真)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください