One Asia シンガポール事務所の森和孝さん=森さん提供
識者に聞く シンガポールの実情

シンガポールで暗号資産は使われているのか?弁護士法人One Asia 森弁護士に聞く

アジアを代表する金融センターとしての顔を持ち、その税率の低さから富裕層の移住先としても有名なシンガポール。先端技術への投資も盛んで、金融とIT技術を結びつけたフィンテックやブロックチェーン領域では世界に先駆けた取り組みが多数報告されています。今回は、ASEAN全体の金融法制に詳しく、現地で多くの暗号資産(仮想通貨)関係のプロジェクトを手がけてきた弁護士の森和孝さんに、ブロックチェーン大国・シンガポールの実情についてお聞きしました。

――シンガポールではどんな仕事をされているのですか

森さん:ASEAN地域に特化した法律事務所「OneAsiaLawyers」で、2年半ほど前からブロックチェーンや暗号資産を専門に担当しています。業務としては、新興のスタートアップ企業の顧問業務やシンガポールの法制面からのアドバイスですね。クライアントは日系企業だけでなくグローバル企業も多い。事務所全体では日系企業の案件が中心ですが、国境を越えたビジネスの相談が多いのが特徴です。事務所としては、主に、一般的なM&Aや企業法務を手がけますが、私個人は、今はほぼブロックチェーンの仕事で手いっぱいという感じです。

――ブロックチェーンを専門とする弁護士は珍しいと思うのですが、きっかけは?

森さん:2017年に英国を本拠地とするグローバルファーム「エバーシェッド」のシンガポールオフィスにジャパンデスクとして入り、そこで仮想通貨事業の展開について相談を受けたことが最初でした。そのクライアント企業はもともとシンガポールでのIPO(株式の新規公開)を目指していたのですが、当時、暗号資産への投資熱が世界的に高まっていた時期だったこともあり、仮想通貨の発行で資金を調達するICOも同時に検討したいと相談されました。

ゼロから学び、ブロックチェーンの専門弁護士へ

――それが初めてのブロックチェーン案件だったということでしょうか

森さん:そうですね、それまではほとんど何も知らない状態だったので、一から調査・勉強しました。当時、シンガポール人含めブロックチェーンに詳しい弁護士がほとんどいなかったため、仲間に尋ねることもできない。むしろクライアントであるスタートアップ企業から海外事例や技術について教えてもらうことが多かったです。勉強のためにビットコインも少し買いましたね。その結果、ICOに関しては私のところに問い合わせが集中するようになりました。これまでに合計で数十件手がけ、現在進行中の案件もいくつか抱えています。

シンガポールと日本を往復し、精力的に活動する森さん=東京・朝日新聞社で

――2018年初頭に暗号資産価値が暴落しましたが、その影響はありましたか

森さん:ICOによる資金調達後も値上がりを期待して暗号資産のまま保持していたスタートアップもありましたから、価値暴落により、当初計画していた資金繰りができない状態に陥った企業もありました。

――シンガポール人は暗号資産(仮想通貨)について関心は高いのでしょうか

森さん:認知度は高いと思います。仮想通貨長者と呼ばれる一定の富裕層はもちろん、中間層の人々もブロックチェーンプロジェクトに投資しています。シンガポール人は中国語と英語を話せる人が多く、中国含む海外プロジェクトについて積極的に情報収集していて、勉強熱心な人が多い印象です。また、最近だと仮想通貨支払いを導入したフードコートや現金での入出金もできる仮想通貨ATMが登場するなど、一般人が使える場所も少しずつ出てきています。

情報は欧米から、シンガポール人の高い投資熱

――メディアでも暗号資産のニュースは盛んに取り上げられているのでしょうね

森さん:実は国内メディア経由でブロックチェーンの新事例を知ることはあまりありません。意外に思われるかもしれませんが、シンガポールで自国の国内ニュースを目にすることがあまりない。日本人がイメージするマスメディアがないんです。もちろん、国内の主要メディアはあるのですが、必ずしも全国民が見ているわけではない。むしろ世界中から移住してきているシンガポールの住民は、それぞれの母国メディアか、SNSなどでニュースを見ることがほとんどなのです。さらにシンガポール人も米英のメディア経由で情報を収集します。なので、ある特定のニュースや話題を皆が知っているという状況が生まれにくい。先ほどの仮想通貨支払いのできるフードコートなども、店に行って初めて知る人が多いです。そのようなメディア事情があるため、シンガポール国内で企業が新しいサービスをPRして、普及させていくのはとても難しい。ただ例外として、首相や政府機関の発言や発表は皆がチェックしていて、ビジネスの領域で政府の影響力はとても大きいですね。

シンガポールの暗号資産事情について講演する森さん=森さん提供

政府主導で開発、狙いは海外輸出

――シンガポール政府の取り組みについて教えていただけますか

森さん:フィンテックの取り組みは非常に進んでいます。キャッシュレス化に関しては、政府が主導して1980年代から開発をはじめ、現在ではNETSという決済システムをどこでも使えます。最近は普及が遅れていた屋台でも電子決済が可能な場所が増えてきました。決済用端末の規格を国がひとつに決め、普及を推進してきました。また最近、株式などの証券をブロックチェーン上で発行するSTOが世界的に流行していますが、株・証券等をデジタルアセット化してオンライン上で効率的に売買できるプラットフォーム開発も進めています。これは政府系ファンドが出資した会社が開発中で、STOも実際に行われました。

――どういった戦略が背景にあるのでしょうか

森さん:国の主導で制度や規格を整えることで民間企業の開発スピードを促進させ、完成したプラットフォームやインフラシステムをそのまま海外に輸出することを目指しています。キャッシュレスのシステムも海外に輸出しています。ブロックチェーン領域に関してもシンガポールがハブとなるように、規制緩和を含め戦略的に取り組んでいます。国自体がスタートアップ企業のようなもので、とにかくスピード感がすごい。とにかくやってみる、ダメな時の見極めも早い。国の規模や政治体制の違いなどもあり、同じようにはできないかも知れませんが。

――シンガポールでは今後、どのようにブロックチェーン技術が普及していくでしょうか

森さん:まずは履歴管理の面だと思います。教育システムの学習履歴などがブロックチェーンで管理されていくのではないでしょうか。またシンガポールでは、日本のマイナンバー制度のようなID番号が一人ひとりに発行されています。このIDに対して様々な業界で運用されている記録・履歴データも連携されていくでしょうね。鉄道などの各種交通インフラとの連携もあり得ます。現状では幅広く調査を進めて応用可能性を模索しているような段階ですね。しかしながら、暗号資産・ブロックチェーンの迅速な普及という意味では、シンガポールのボトルネックは実は銀行です。日本では暗号資産・仮想通貨交換業者に対し厳しいライセンス制が敷かれていますが、シンガポールにはまだない。銀行側からするとどこの誰だかわからない業者や資本の銀行口座は開きたくないわけです。実際、マネーロンダリングなどの課題もあるため、単なる交換業者にはなかなか口座を開きません。またシンガポールの銀行は業績も良いため、わざわざリスクや調査コストを負ってまで、暗号資産に積極的に手を出す必要性もない状況です。ただ、最近はその傾向も緩和されつつあります。

――日本が参考にすべき点は

森さん:例えば、補助金の使い方をもう一度考え直す必要があると思います。既存産業の延命ではなく、成長産業への投資を増やすべきです。また特区もうまく活用すべきだと思います。特にテック系の領域は制度を生かして新サービス開発を活性化できる可能性が高い。そうした最新技術を利用した新事業に関しては、売上に対する税率を低くするなどの方式も考えられます。日本では新しいサービスや技術の導入に対し、まず問題が起きないようにルールを定め、参入のハードルを高くしがちですが、地域ごとに盛んな産業や有している技術が異なるので、それぞれの地域に合わせた特区をもっと作ればいいのではないでしょうか。ブロックチェーンなど向いていると思います。

識者に聞く シンガポールの実情

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植木 快
  • よくわかるブロックチェーン

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