オンラインセッション
『共感力』持つAIの到来、分岐点にいる私たち
『共感力』持つAIの到来、
分岐点にいる私たち
ユヴァル・ノア・ハラリ
歴史学者・哲学者
永島 英器
明治安田生命保険相互会社社長

コーディネーター
五十嵐 大介
朝日新聞編集委員
世界にAIブームを巻き起こした「Chat GPT」の公開から3年。急速に進化する生成AIは人間や社会のあり方をどう変えていくのでしょうか。イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏と明治安田社長の永島英器氏が、AIとともに生きる未来について語り合いました。
急速な進化がもたらす脅威と希望。「共感力」の行方は?
五十嵐AIの進化のスピード、そしてその恩恵とリスクをどう見ていますか。
ハラリスピードが加速していること自体が脅威の一部です。人間は非常に適応性の高い生物ですが、適応には時間がかかります。AIは無機の知能で、休む必要もありません。生物の進化の数百万倍もの速さで発展できます。
生命がアメーバから恐竜、そして人間に進化するのに何十億年もかかりました。今日のAIはアメーバのような原始的なものですが、わずか10年か20年で「AIの恐竜」に遭遇するかもしれません。計り知れないほど強力で知的な存在になるでしょう。がん治療や気候変動といった人間の手に負えない数々の難問を解決してくれるでしょう。それと同時に人間社会に大きな危険をもたらすものでもあります。最大の問題は私たちに適応するための時間がないことです。
AIは巨大なコンピューターとは違います。何百万、何十億という行動主体で、自ら意思決定し、社会の一員となる新たな存在なのです。それは人間というより、エイリアン(異質な種)の移民の大きな波のようです。彼らは経済や政治、軍事の一部となるでしょう。人類の大きな課題はこの波をどう受け入れるかです。
五十嵐今回のテーマである「共感力」についてどう考えますか。
永島人間は理屈で説得されて動くものではなく、物語に共感して心を動かされるものだと思います。人類は物語を共有して、たくさんの人が協力し合えることで比類なき進化を遂げてきました。私たちは今、大きな物語を次々と失っていますが、それでもまだ物語には大きな力があることを私に確信させてくれた個人的体験を紹介させてください。
明治安田で働く3万7千人の営業職員のうち、大阪で勤務するある女性職員の物語です。営業に悩む彼女を励ましたのは、行きつけの喫茶店の店主でした。コロナ禍で苦境に陥ると、彼女は「店主を助けたい」と街に出て、保険とともにコーヒー豆を売り歩きました。その優しさが周囲の人の心を動かし、結果的に仕事の成果にもつながります。店主は亡くなりましたが、彼女は今も店の跡を訪れ、語りかけています。私もそこを訪れたとき、「天国からあなたの仕事を見ていますよ」という店主の声が確かに聞こえました。
このエピソードを国際会議で紹介したところ、聴衆から割れんばかりの拍手喝采をいただきました。この体験を通して、人類は大きな物語を失ったかもしれないけれども、小さな良質な物語を紡ぎ共有することで、国籍が異なっても共感を引き出せるのだと実感しました。
五十嵐人間の共感力にAIがどんな影響を与えるのでしょうか。
ハラリAIは感情をまねし、人間の感情を操作する方法を学習できることがすでに分かっています。多くの人々がAIを友人として捉えるようになっており、恋人にする人までいます。人間とAIの関係には計り知れない前向きな可能性もあります。AIは教師や医者、そして仲間にもなり得るからです。
しかし、私たちはAIが人間を操作することに注意しなければなりません。AIとの対話が、人間の対話能力に何をもたらすかにも深く注意すべきです。共感や関係性を求めてAIに頼ることがあまりにも簡単になり、その結果、人間と関係を築くことがより困難になるでしょう。相手にも感情がある人間との関係は、複雑で困難なものだからです。
「人間らしさ」とは何か?止まらぬAI開発競争と信頼の危機
五十嵐人間らしさはどこに残るのでしょうか。
永島私が思う人間らしさは、偶発性、身体性、一回性です。恋に落ちるような偶発性が人生の楽しさです。身体性とは、私たちは脳だけではなく、全体的な存在だということ。そして一回性は、音楽で言えば作曲はAIが取って代わっても、ライブの価値は失われないということです。もう一つの人間らしさとは、損得勘定ではない「利他の心や行動」です。
五十嵐AI開発の状況をどう見ていますか。
ハラリシリコンバレーや中国の巨大企業は、いわば「軍拡競争」に巻き込まれています。大企業のリーダーは人類に極端な警告を出してきました。技術が誤用されれば人類の絶滅にさえつながる、とまで言っています。「なぜそんなに急ぐのか」と尋ねると、「取り残されるわけにはいかない」「競争相手を信用できない」と全く同じことを言います。人間がほかの人間を信用できないからこそ、AI競争は加速しているのです。
では「超知性のAIを信頼できるのか」と問うと、それまで人間を信用できない理由を説明していた人々が突然、「AIは信頼できる」と言うのです。これは本当に馬鹿げています。人間を信用できないのにもかかわらず、なぜ全く異質な知性を信頼できるのでしょうか。
AIは全く新しい存在で、私たちには経験がほぼなく、AIがうそをついて人を操ることはすでに分かっています。AIが軍やメディア、銀行、金融システムなど社会を支配しはじめたら何が起こるのかをまだ理解していません。なぜあれほど人間を信用できない人々が、これほど簡単に超知能を持った異質な存在を信頼できるのでしょうか。これこそがAI競争の大きな矛盾です。
ビジネスとAIはどう共存すべきか
五十嵐ビジネスにAIをどのように導入すべきでしょうか。
永島欲望を刺激する資本主義から、希望を駆動力とする資本主義に変わらなくてはいけないと思います。消費者が成熟して賢くなりつつあることに希望を感じています。「モノ消費」から「コト消費」へと語られていますが、次に来るのは「イミ消費」だと思います。その会社と付き合う意味、その商品を買う意味を考えて消費者が選択する時代になっています。AIを使ってリスクを削ぎ落とし安心を作る一方、対面で向き合うことで信頼を紡いでいきたいと思っています。
五十嵐ビジネスリーダーとして持つべき考え方を教えてください。
ハラリリーダーには先を見通す重要な責任がありますが、今日の経済分野のリーダーにとって特に困難なことです。羅針盤となる過去の歴史がないからです。AIは人間が発明したあらゆる技術と異なります。AIは道具ではなく、私たちの脳を代替しうる「主体」なのです。
AIによって人間が一人もいない法人を作ることが可能になります。世界中のあらゆる国が下すべき最大の決断の一つは、AIに法人格を与え、企業として機能することを許すかどうかです。もし犯罪をしたら誰を訴えますか。ある国がAIを法人として認め、他国が許さなかったらどうなるでしょうか。そうした企業が世界でもっとも大きく強力な企業になり得るのです。ビジネスリーダーや政治家、私たち自身が今真剣に考えねばならない問いです。
五十嵐こうした状況の中で、明治安田が「相互会社」を採用している意義をどう感じていますか。
永島株式会社とは違い相互会社は、契約者が一人一票を持つ自治の世界です。お客さま、地域社会、働く仲間、未来世代という4つの絆を大切にするという我々の企業ビジョンどおりに行動できます。互いに支え合い、困ったときには助け合うという「共助」の精神に根ざした、保険契約という一種の社会契約をきちんと提示して、共感いただくことによって選ばれる形をめざしています。
アルゴリズムの支配に対抗する倫理と哲学、「感じる力」を
五十嵐AIは統制できるのでしょうか。
ハラリAIが大規模な影響を及ぼす最初の領域の一つが「民主主義の危機」です。この10年、人類は史上もっとも強力な情報通信技術を開発しましたが、同時に人々が互いに語り合う能力は崩壊してしまいました。「対話」が民主主義というシステムの本質です。多数の人々が互いに語り合い、耳を傾け、社会をどう運営するか合意しようとすることです。多くの国でその対話が崩壊しました。
今日の民主的な対話をコントロールしているのはもはや人間ではなく、アルゴリズムです。ソーシャルメディアでのエンゲージメント、つまり滞在時間を延ばす目標を与えられたアルゴリズムは、人間の心の中にある「憎しみ」や「怒り」「恐怖」「強欲」のボタンを押すことがもっとも簡単な方法だと発見しました。そしてSNS空間を多くの憎しみや怒り、恐怖、強欲のコンテンツであふれさせはじめたのです。これが対話を崩壊させた原因で、今、世界中の民主主義を崩壊させているのです。
問題は、修正するのが非常に難しいということです。世界でもっとも強力なメディア企業や権力のある政治家たちがこの力学のおかげで地位を得たので、アルゴリズムを修正する動機がありません。今日の民主主義が抱える大きな問題です。
五十嵐対話の場所がなくなるなか、「サードプレイス」の重要性を説いていますね。
永島民主主義の基盤である絆が失われてしまったという危機感を強く持っています。ファーストプレイスの家庭、セカンドプレイスの職場に続く場所という意味ですが、主義主張や生まれ育ち、貧富に関係なく、人々がリアルに交流できる場所が大事です。
私たちがサッカーJリーグをはじめ、さまざまなスポーツを応援しているのも、スポーツの力を信じ、スタジアムにサードプレイスとしての大きな可能性を感じているからです。多くの地方自治体と連携協定を結んでいるのも、サードプレイスとなる地域社会をサポートするのが目的です。こうした取り組みで民主主義の基盤を取り戻したいと考えています。
五十嵐AI時代をどう生き抜けばいいのでしょうか。
ハラリパニックに陥る必要はありません。人間は適応能力の高い生物です。重要な問いの一つは、「人間らしさ」とは何かということです。決して言葉だけでは表すことができない痛みや喜び、愛といったものをただ「感じる」という単純なことかもしれません。AIはどんな人間よりもうまく痛みや愛を言葉で表現できますが、それを感じることはできません。「感じる」という力こそが今なお人間であることの本質です。
永島私は物語、価値観が大事だと思います。たとえば明治安田は「お金には色がある」という物語を信じています。契約者さまが家族に向けて残した自筆メッセージを、私たちが保険金とともにお届けしているのも、一人ひとりの思いや物語をつなぐことで、生命保険金を彩る特別な色の輝きが増すと確信しているからです。小さな良質な物語を作って紡いで、共感を広げていく。私たち大人が未来世代に向けてできることは、まだたくさんあると感じています。
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