2021年11月にオープンし、大手町の中心部でアートを楽しめる空間として注目を集めている丸紅ギャラリー。このギャラリーで開館記念展III「ボッティチェリ特別展《美しきシモネッタ》」が12月1日(木)に開幕した。メインで展示される作品は、なんとたった1点、日本唯一のボッティチェリ作品《美しきシモネッタ》のみ。

なぜ、たった1点だけなのか? この作品の魅力、そして展覧会と丸紅ギャラリーについて、国内外の美術館に詳しい美術ライターの浦島茂世が、館長の杉浦勉さんにお話を伺った。

丸紅がギャラリーを作ることとなったわけ 

「芸術に関する仕事に携わってみたいと最初に考えたのは大学3年の頃、丸紅から就職案内の資料が送られてきたときです。なんの気なしに眺めていると、そこには丸紅が総合商社として初めてアートビジネスに携わること、そして今回展示する作品、ボッティチェリの《美しきシモネッタ》を含めた絵が写真入りで掲載されていたんですよ。こんな美しい絵を扱う仕事に携わってみたい、そう思いました」と、話すのは丸紅ギャラリーの館長、杉浦勉さん。

大学で美術史も学んでいた杉浦さんは、丸紅が1969年に購入した日本唯一のボッティチェリ作品《美しきシモネッタ》に魅了され、1971年に入社。念願のアートビジネスを起点とし、国内外で様々な業務に携わった。取材時は、12月1日から開催される開館記念展III「ボッティチェリ特別展《美しきシモネッタ》」の最終調整の真っ只中だった。 

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「全国各地の美術館の展覧会のために丸紅のコレクションを貸し出すことは多々ありましたが、まとめて展示する機会は、丸紅ギャラリー開館までほとんどありませんでした」と杉浦館長。これまであまり知られてこなかったが、丸紅は約1300点の美術品コレクションを所蔵している。そのコレクションを多くの人に見てもらうため、2021年に竣工した新社屋内にオープンしたのが丸紅ギャラリーだ。「古今東西の美が共鳴する空間」をコンセプトとしたギャラリーでは、現在までにコレクションを披露する展覧会を2回開催している。杉浦館長は「コレクションを見てもらうことで地域貢献にもお役立ちできれば」と語る。

丸紅が保有する1300点のコレクションは、三本柱で構成されている。第一の柱は、きもの、帯、袱紗(ふくさ)など着物にまつわる染織品。丸紅の前身となる丸紅商店は、新しい感覚の商品をたゆまず作り続けていた。新しいものを作るためには、古典を学ぶことが必要不可欠。そのため、江戸期を中心とした古い時代の染織品の蒐集と研究を行っており、その丸紅のコレクションに400点あまりが受け継がれているのだ。

続く柱は染織図案。丸紅商店は、当時の一流の芸術家たちをメンバーとして染織図案の研究会を主宰していた。そのメンバーは日本画家の竹内栖鳳や川端龍子に堂本印象、西洋画家の藤島武二や岡田三郎助、彫刻家の朝倉文夫や北村西望などそうそうたるもの。「約70名に毎年オリジナルの図案を考えてもらっていました」。その図案が丸紅の貴重なコレクションとなっているのだ。ちなみに、現在も京都丸紅ではそれらの図案を基に、現代の染織家にきものの制作依頼を行い、毎年、新作を展示・発表している。

そして、3本目の柱が和洋絵画だ。「丸紅は1969年から、総合商社として初めて美術品の輸入販売ビジネスを行っていました。残念なことに1979年に第2次石油危機が勃発し、その余波を受けて絵画ビジネスは中止することとなりました。その時点で資産として残っていた作品はすべて丸紅本社のコレクションとすることとなったんです。ボッティチェリ作品もそのひとつです」と杉浦館長。こうして、約1300点のコレクションが構築された。

日本で唯一のボッティチェリ作品“だけ”を展示する展覧会

12月1日(木)にスタートした展覧会、3回目となる開館記念展III「ボッティチェリ特別展《美しきシモネッタ》」は、杉浦館長が丸紅に入社を決めた作品、ボッティチェリの《美しきシモネッタ》のみが展示される。メインの展示作品がたった1点だけの展覧会は、1964年に国立西洋美術館で開催された「ミロのヴィーナス展」や、1974年に東京国立博物館で開催された「モナ・リザ展」などがあるものの、あまり多いとは言えない。

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※実物はカラー作品です
開館記念展Ⅲ「ボッティチェリ特別展《美しきシモネッタ》」
会期:2022年12月1日(木)~2023年1月31日(火)
休館日:日曜、祝日、年末年始(12月29日~1月3日)
入館料:一般(大学生以上)500円
※高校生以下、障がい者手帳をお持ちの方とその介助者1名は無料
※着物・浴衣など、和装でのご来館の方は無料
※入館料は全額、社会福祉法人丸紅基金に寄付されます。
※支払時に現金はご利用いただけません。交通系ICカード等電子マネーまたはクレジットカードのみご利用いただけます。

それでは、今回はなぜ1点だけの作品展示としたのだろうか? 「《美しきシモネッタ》はモデルとなっているシモネッタ・ヴェスプッチや、描いたボッティチェリについての関連資料が豊富。また、作品そのものに関する資料も多く残されています。これらも併せて展示することで、作品に対する理解を深めていく。絵画1点だけをしっかりと見ること、深く知ることで、作品の見え方は大きく変わる、より作品の物語がわかり楽しくなっていくんですよ。鑑賞者の方にその楽しさを知ってもらえたら」と、杉浦館長は語る。

《美しきシモネッタ》を描いた画家はサンドロ・ボッティチェリ(1445〜1510)。彼は、歴史の教科書にも登場する《春》や《ヴィーナスの誕生》を描いたルネサンスを代表する画家として知られている。「ボッティチェリは非常に器用で、魅力的な人。現代に通じるようなデザイン感覚の持ち主でもありました。昨年、パリのジャクマール・アンドレ美術館で開催された彼の回顧展タイトルは『ボッティチェリ、芸術家、そしてデザイナー』というものでした。彼は金細工師としての修行もしていたし、一説には宝石細工も手掛けていた。その後、フィリッポ・リッピの工房に入って絵画を学んだというキャリアを持っています。そんな彼が、生涯描き続けたのがこの《美しきシモネッタ》のモデル、シモネッタ・ヴェスプッチなのです」と杉浦館長。

シモネッタ・ヴェスプッチ(1453〜1476)はジェノヴァ共和国の裕福な商家に生まれ、ヴェスプッチ家に嫁ぐためにフィレンツェにやってきた。彼女の美しさにフィレンツェ中の人々は大騒ぎ。ボッティチェリは絵画で、メディチ家最盛時の当主でもあったロレンツォ・デ・メディチは詩で、彼女の美しさを讃えた。しかしながら、シモネッタは肺結核のために1476年、23歳で帰らぬ人となってしまう。

杉浦館長によれば、ボッティチェリは、シモネッタが亡くなった後も彼女をモデルにした絵を描き続けていたという。「晩年になると、若干パターン化していたところもありますが、シモネッタはボッティチェリの理想の女性であり続けました。『もしかしたらボッティチェリはシモネッタを好きだったのかも』という内容の小説も出版されるほど、ボッティチェリは彼女に魅了されていた」。展覧会では、ボッティチェリがシモネッタを描いたという素描を含む3点をパネルで比較するほか、《春》や《ヴィーナスの誕生》、《ヴィーナスとマルス》などのボッティチェリの傑作とシモネッタとの関わりについても紹介していく。

ちなみに、ロレンツォ・デ・メディチがシモネッタの美しさを讃えた詩は、後世にデンマークの作家、アンデルセンが『即興詩人』に引用したという。「その『即興詩人』の一節が基となって、大正時代に“命短し、恋せよ乙女”という歌い出しで始まる『ゴンドラの唄』という歌謡曲が生まれ、大ヒットしました」と杉浦さん。シモネッタの美しさは、時代を超えて、日本の文化にも影響を与えていたのだ。

さらに、作品そのものにも長い歴史がある。「この作品は1808年にイタリアで発見され、その後、フランス、イギリス、ドイツ、そして再びイギリスと、延べ5カ国を旅し、その後、1969年から丸紅の所有となりました。ボッティチェリの作品で、19世紀初めまで遡って来歴を辿れる作品はそうそうありません。また、1809年に出版された本に、銅版画による復刻画が掲載されています。展覧会では、このような作品の来歴の資料類も展示する予定です」

さまざまな切り口で、たった1点の作品を徹底的に深掘りする展覧会。これは、ある意味でとても贅沢な展示だ。「様々な名品がたくさん展示されている重厚な展覧会もたしかに面白いものです。けれど、素晴らしい作品ばかりが並んでいると、目移りしてしまい作品に集中できないこともあります。じっくりと作品1点だけを時間をかけて見る素晴らしさを多くの人に体験してほしい」と、杉浦さん。取材時に校正の真っ最中だった図録は、展示作品1点にもかかわらず約150ページに及んでいる。

ちなみに丸紅ギャラリーでは、着物や浴衣など和装で来場した方は入場料が無料になるといった面白い取り組みも。今回の特別展に合わせ、絵画の世界をより深く味わう演奏会や講演会なども企画されているので、チェックしてみてはいかがだろうか。

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丸紅ギャラリーならではの切り口を楽しむ 今後の展示にも期待

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「先日の展覧会では、竹橋の東京国立近代美術館と丸紅ギャラリーを“ハシゴ”してくれる方が多かったんです。東京駅周辺の美術館めぐりの際に、こちらにも足を運んでくださるとうれしいですね」と杉浦館長。近年、丸の内・大手町エリアは新しい美術館が続々と誕生し、一日に何館もの美術館を訪れることが可能となった。来年秋には、皇居内に三の丸尚蔵館が新施設とともにリニューアルオープンする。上野や六本木のように、丸紅ギャラリーの誕生によって、このエリアに足を運ぶ美術好きがさらに増加しそうだ。

そして、杉浦さんは続ける。「本展を含めて3回展覧会を行っていますが、まだまだ丸紅コレクションの一部しかお見せできていないんです」。来年5月16日~7月11日には開館記念展Ⅳとして染織図案に焦点を当てた展覧会を予定しており、その後もさらなる展覧会を目下計画中だ。「今後は、このスペースならではの、普段できないような企画の展覧会もやっていきたいですね。ヨーロッパだけでなく、アフリカやアジアなども含めた東西の美の競演する空間を作り出していきたいです」。

作品をしっかりと知り、より深い鑑賞体験ができる丸紅ギャラリーの開館記念展III「ボッティチェリ特別展《美しきシモネッタ》」、そして今後の丸紅ギャラリーの活動を、逃さずチェックしておこう。