在宅で暮らす高齢者を支える通所介護(デイサービス)や訪問介護のサービス提供を中心とした福井県民生活協同組合(福井県民生協)の高齢者介護事業は、黒字経営で事業拡大を続けています。近年は、介護人材不足や経営難の小規模事業所からの事業譲渡の相談や、廃業する事業者からの利用者の引き受けも増えています。人材獲得では不利になりがちなデイサービスや訪問介護の事業所ですが、スケールメリットをいかしたり、研修事業をタッチポイントとしたり、高校生向けの親子職場見学をしたりして、人材確保につなげようとしています。
課題:採用や育成が厳しいデイサービスや訪問介護の事業所は何から始めればいいのか
介護事業開始:2000年
所在地:福井県福井市
事業所:14カ所(サテライト事業所含む)
事業内容:介護保険法に基づく事業として、居宅介護支援、訪問介護、通所介護(デイサービス)、小規模多機能型居宅介護、認知症対応型デイサービス、グループホーム、特定施設入居者生活介護(介護付き有料老人ホーム)、定期巡回・随時対応型訪問介護看護、福祉用具レンタル。介護保険外サービスとして、サービス付き高齢者向け住宅、介護タクシー、障害福祉サービスなど
福祉事業部 執行役員 統括部長:蓬萊谷修久
福井県民生協「高齢者介護きらめき」HP: https://www.fukui.coop/care/
事業開始:2020年
所在地:福井県鯖江市
事業内容:介護保険法に基づく事業として、地域密着型介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)、小規模多機能型居宅介護、グループホーム
理事 施設長:後藤賢司
社会福祉法人きらめき福祉会HP:https://www.fukui.coop/kirameki-fukushikai/
ギャップ解消~イメージやブランドでなくケアを評価して求職してくる人を探す
福井県民生協は、福井県での世帯加入率が50%を超えている全国有数の生協です。介護事業も黒字経営を続けています。
福井県鯖江市にある福井県民生協が経営する「鯖江きらめき」の隣に、2020年、社会福祉法人きらめき福祉会が運営する特別養護老人ホームがオープンしました。きらめき福祉会の理事長は、福井県民生協の前理事長の竹生正人さんです。
生活協同組合は、社会福祉法に第1種社会福祉事業として定められる特別養護老人ホームの事業はおこなえません。しかし、組合員や利用者から、特別養護老人ホームで看取りまでワンストップで対応をしてほしいという要望を受け設立されました。そのため、両法人の施設は隣接して立地しています。
介護職員や訪問介護員などスタッフの採用は、両法人で別々に行われています。まず、福井県民生協の介護について、福祉事業部の執行役員・統括部長の蓬萊谷修久さん(47)と、同部の橋谷庸子さん(60)、管理部人財教育・採用課長の小林文さん(45)と深掘りしていきます。
福井県民生協の介護事業所は県内14カ所にあります。正規職員は本部採用ですが、非正規職員は事業所ごとに施設長が採用しています。正規職員も新卒採用と中途採用があります。2022年度の福祉職の新卒入職者は6人(大卒2人、高卒4人)ですが、2023年度の新卒内定者は0人と厳しい状況です。
「(介護福祉士の)養成校は定員割れをしています。また養成校の学生は、夜勤があり、チームでケアできる特別養護老人ホームのような給料の高いところを探す傾向があります。訪問や通所といった在宅介護事業中心の生協は厳しい状況です。実習を受け入れていますが、採用に結びついたことはほとんどありません」(蓬萊谷さん)
福井県民生協の採用の中心は中途採用です。40代、50代の女性が大半です。
「規模が大きいことや『安全・安心』といったイメージで求職してくる人は、介護の仕事への意識が高くない人が目立ちます。福井県民生協のブランディングが効いているともいえますが、別な見方をすればブランド力でごまかされてしまっているともいえます。ケアの質などについてテレビニュースや新聞で取り上げられたものを見て『利用者が本人らしく過ごせるケアをしてみたい』といって入職してくる人は結構残っている印象があります」(蓬萊谷さん)
採用効率を高める~研修事業というもう一つの入り口の活用法
職員の平均勤続年数は、正規職員が8.1年、非正規職員が4.6年。採用効率を上げるため、現在勤務している職員から知人や友人を紹介してもらうリファラル採用も実施しており、紹介してくれた職員と採用された職員に対し、6カ月以上勤務すれば報奨金がでる仕組みも設けています。
「職員の紹介ということで、一定レベルの人材が入ってくる可能性が高いです。特に有資格者や介護経験者など、いい人材が入ってくると大きな期待をしています。現職の職員の紹介のため、安易に人を紹介できない、安易に入れないという心理が働くのだと思います」(橋谷さん)
もう一つのポイントは、福井県民生協で研修事業を行っている点です。職員になれば、介護職員初任者研修の費用は無料です。採用という窓口だけでなく、研修という窓口も設けて、介護人材になる可能性のある人とのタッチポイントを増やしています。
「採用力の強化ということです。介護の仕事はやってみないと分からないところがありますし、他の業界の人と話していると『私は福祉の仕事は無理です』という人もいます。研修というワンクッションを設けて、介護の仕事の入り口に立ってもらうことが必要なのです。最初は受講料をいただいていましたが、徐々に人が集まらなくなってきたこともあり、研修の考え方を変え、実質無料にしたのです」(蓬萊谷さん)
研修事業では介護職員実務者研修も開催しており、職員に対し受講費用の一部を助成する仕組みがあります。
三つ目のポイントは、非常勤職員の人たちは、事業所から自宅まで車で20分以内の人が大半だそうです。つまり、事業所の利用者がいるエリアと重複する足元の地域に目を向けるということが大事になります。
キャリアパスを機能させる~マネジメント層こそ仕事と向き合う熱量が大事
福井県民生協でも、人事処遇制度によりキャリアパスを実現しています。5年や10年の期間でどのようなキャリアを積めばどのようなことができるのかといった「基準書」を作成しています。このほか、福井県民生協全職員共通で、「目標管理シート」があります。毎年、個人の成長目標を設定し、進捗を点検しています。
「1年目は初任者研修、3年目には実務者研修、そして介護福祉士の資格を取得する。そのあとにケアマネジャーの資格を取得することを推進しています。職場の業務で考えれば、介護福祉士を取得した後、リーダーや管理者に進んでいきます。職務基準書を通じて、資質を評価して次のステージに上がるということになります」(橋谷さん)
「介護の仕事をしながら、マネジメントスキルが上がるわけではありません。別のカリキュラムを設けていかなければいけません。現場ではよくあることですが、介護現場では一流ですが、マネジメントの役職になるといま一つという人がいます」(蓬萊谷さん)
資格取得や研修受講をするマインドがない人もいますが、その時々で意欲は変わるのでヒアリングをして職員のモチベーションを高めていくことが管理職にとって重要になっていきます。そっと背中を押すナッジのような仕組みや取り組みです。
「マネジメントする人たちの仕事と向き合う熱量が大事なのです」(蓬萊谷さん)
小規模事業者の動向~失敗から学ぶ、ここは働きたくなる事業所経営ができているのか
福井県内全域をカバーしている福井県民生協には、他の事業者から事業譲渡の話がいくつも舞い込んできています。すでに子会社化したケースもあり、蓬萊谷さんはその子会社(株式会社)の社長もしています。
「介護保険制度が始まったころ、40代や50代で起業した人たちです。後継者がいないとか、『介護事業はもうかると思って参入したけど、ケアの質も上がらないことから利用者も増えず経営に失敗した』という事業者もあります」(蓬萊谷さん)
介護職員や訪問介護員の人材確保に苦戦するケースが多い小規模事業者の背景には、加算がとれないこと、利用者が集められないことが重なり、経営状態が悪化し、家族経営でなんとか維持してきたけれども後継者もいなくて限界に達した、という側面が見えてきます。
経営状態のよくない事業者には、「好き嫌いで職員の給料に大きな差を設けたり、介護事業所の建物に見合わない過大な投資をしていたりといった課題も見えてきます。介護実務以外の施設管理などを外部業者に依頼して何でもお金で解決しようとしているケースもあります。再生して、介護の人材が集まり、定着していくためには、経営が立ちゆかなくなった事業者の原因にも目を向け、施設長やリーダークラスの価値観にも手を入れていく必要があります」(蓬萊谷さん)
事業譲渡以外にも、事業所を閉鎖するために利用者へのサービスを引き継いでほしいというケースもあります。地域の介護をどう守るかということを考えると、スケールメリットによる事業効率を上げ、ここで働きたいと思ってもらえている比較的規模の大きな事業者の動向がカギになります。
高校生の新卒採用~親子職場見学を通じて介護の仕事への親の価値観を変えることから始まる
福井県民生協では、高校生の採用活動に限り、親も一緒に職場見学してもらう取り組みをしています。
「高校生は親と話し合って就職先を決めていきます。介護の仕事も親にしっかり理解してもらうことを行わないといけないわけです。親子での職場見学は、雇用する側のことを知ってもらう機会でもありますが、高校生の親子が介護の仕事についてどう考えているのかを直接聞く機会にもなるわけです」(小林さん)
福井県民生協のように、福井県内の世帯加入率が5割を超えるような存在感がある事業者でも、介護の仕事というと選択肢にも入れてもらえていないということもあります。
「介護職の社会的評価が低いのだと思います。福井県民生協の各事業所ではアクティブな介護事業を行っています。しかし、そういうポジティブな情報も、介護に興味がある人しか見ないので介護のネガティブなイメージがぬぐえないのだと思います」(橋谷さん)
高校生の採用には、親の認識の変化が重要ということ以外に、福利厚生や休日、入職後の教育が判断のポイントになっています。
人材確保や育成~規模拡大と介護報酬の加算の獲得で余裕が生まれる
こうした施策の組み合わせによって、福井県民生協の介護職員の離職率は12%に抑えられています。全産業平均の離職率より低い数字です。
介護人材を確保して質の高いケアを提供し、安定的に介護事業所を経営していくためにはどうしたらいいのでしょうか。
「私たちは、県内各地の人口やサービス資源などから不足していると思われる地域には開設していきたいと考えています。ただ、介護事業所の収入は、公的介護保険の介護報酬で成り立っています。現在の介護報酬の傾向をみると、介護の質を高めるための専門職配置や具体的な取り組み改善が求められ、要件を満たす事業者に報酬加算があるなど、事業者も常に変化、成長させていくことが必要です。加算が得られないと赤字になってしまうような感じです」(蓬萊谷さん)
介護報酬の加算が得られるように事業所を改善して要件を整えていくことが重要です。福井県民生協も「利用者目線で介護の質を高め加算を積極的に得ていく」スタンスで経営されています。好事例の事業所に共通するように、加算によってより多くの収入を得ることで、余裕がある人員配置や処遇改善ができ、人材確保につながるからです。
「私たちの介護の価値観を評価してくれる人を集めていきたいです。採用面接で突っ込んだ質問をすると、介護に対する思いがない人が多いのも現状で、見極めも慎重に行っていきたいと思います。」(蓬萊谷さん)
「敦賀きらめき」のケーススタディー
ワーク・エンゲージメントの向上~職員の得意や不得意に合わせて業務を組み立てる
福井県民生協は、福井県全県を事業エリアにしていますが、介護事業所がある敦賀市では、介護事業を行っている社会福祉協議会や大規模な社会福祉法人があり、「敦賀きらめき」の訪問介護などのシェアは大きくありません。統括施設長(介護福祉士)の松見静男さん(41)と、敦賀市にある子会社の社長を務める蓬萊谷さんからは、小規模事業所なりの事業運営の方法が見えてきました。
採用や育成のポイントの一つが、敦賀市から委託されている家族介護者負担軽減事業です。「介護やすらぎカフェ」は年間3~4回、家庭で介護をしている家族介護者の方々(多重介護者を含む)などを対象に開催しています。リフレッシュやピアサポートが目的です。「介護やすらぎ訪問」は随時、在宅介護をされている家族の支援のため、家庭訪問をして負担になっていることをお手伝いしたり、話をお聞きしたりしています。
「この事業では、敦賀きらめきの介護サービスを利用していない家族もカバーしています。職員は利用者に向けたケアに一生懸命取り組んでいますが、家庭で介護をしている家族の気持ちや本音を聞く機会は少ないという現実があります。家族からするとカフェなら直接利用している事業所ではないので普段言えない愚痴をいうことができるという面があります。こうしたことを自分たちの業務に置き換えて考え、サービスの質の向上につなげていこうと取り組んでいます」(松見さん)
また、敦賀市から委託を受けている基準緩和型サービス従事者研修の実施や、生協本体が実施する初任者研修での講義担当も職員に主体的に行ってもらうことで、職員のレベルアップやサービスの質の向上につながり、ワーク・エンゲージメントの向上につながっています。
「意欲には個人差があります。ただ、改善のため、一生懸命に意見をいってくれたり、アイデアを出してくれたりする人が多い職場風土は職員の採用や育成にも大きく影響します」(松見さん)
敦賀きらめきで働いている職員の中心は、40代や50代の女性です。敦賀きらめきができて10年になりますが、職員は定着しており、離職者が少ないのが特徴です。離職者は、例えば2021年度に2人いましたが、離職理由は親の介護のためと自分の病気治療のためでした。
こうしたヘルパーの人たちに「ここで働く」と選択してもらうには、自分の働きたい曜日や時間帯勤務条件がマッチングするかがポイントになっています。
「介護の仕事にストイックな人だけではありません」(松見さん)
敦賀市内でも、人間関係がうまくいかなかったり、業務内容がきつかったりして、介護事業者間を転職していく人たちが多いそうです。利用者との関係で離職するのではなく、原因としては職場の人間関係や労働条件の不一致が多いようです。
介護の現場でもDX(デジタルトランスフォーメーション)の時代になり、「科学的介護情報システム(LIFE)」の導入などが推進されています。ただ、現場に目線を落としたとき、注意も必要と指摘します。
「職員にはスマートフォンの操作でも精いっぱいな人がいます。パソコンに触ったことがない人もいます。そこにマネジメント層の職員が張り付くこともできません。職員の得意、不得意分野に普段から前のめりに関心を持ち、それぞれの得意なことを活かしたり伸ばしたりしながら、業務を組み立てていくことが、働きがいや職員定着につながるのではないかと思います」(松見さん)
「きらめき福祉会」のケーススタディー
多様な働き方~働く人の事情を考慮した人財の組み合わせが重要な時代に
理事で施設長の後藤賢司さん(44)は、事業所の新設時から採用に携わっています。
職員は、平均年齢が48.6歳で女性が多くを占めます。社会福祉法人として設立された際、福井県民生協から10人が転籍し、残りの職員は事業スタートまでの5カ月間で採用となりました。54人の職員のうち、人材紹介業者を通じての採用は3人、派遣社員は3人です。
「家庭環境によっては、夜のシフトがある仕事は働きづらい面があります。一方で、世の中には夜勤専門で働きたい人もいます。日中、大人数で仕事をすることが苦手だったり、ダブルワークだったりという人たちです。こうした組み合わせも採用活動では重要になってきます」(後藤さん)
2023年4月、初めて養成校の新卒学生が入職します。実習生に好印象を持ってもらい、両者の希望がマッチする場合は実習後もアルバイトで働いてもらい、新卒採用に結びつけられるようにしています。実習時は毎日、仕事の前後に施設長が面談をしています。コミュニケーションを通じて課題が見えてきますし、施設側も人物像が把握できるからです。
福井県民生協と一緒にグループで人材育成をしていくことを準備しています。多様なスキルが求められるからです。
「施設長やリーダーになる人は、目標設定をして、そこから振り返り現在の行動を決めていける人でなければなりません。人間関係を理由に離職する人の場合、周囲と仕事の価値感が合わないためということが背景にあるケースがあります。離職を減らすにはこうした溝をなくすマネジメント力も重要です。そして学校教育の中で介護を仕事として捉えられるような仕組みを採り入れていく必要があります」(後藤さん)
取材:岩崎賢一 写真:阿部彰仁 インフォグラフ:須永哲也
*本事業は、「令和4年度介護のしごと魅力発信等事業(情報発信事業)」(実施主体:朝日新聞社・厚生労働省補助事業)として実施しています。