東京のビジネス街、大手町の新しいアートスポット、丸紅ギャラリーで、5月16日(火)より開館記念展IV「染織図案とあかね會―その思いを今につむぐ―」が開幕した。丸紅株式会社が所蔵する美術コレクションの三本柱の一つ、染織図案を、前期・後期それぞれ24点ずつ、計48点展示するもの。アート好きにも、着物好きな人にとっても、非常に興味深い展示となっている。

そもそも、染織図案とは? なぜ丸紅が染織図案のコレクションを持っているのか? 国内外の美術館に詳しい美術ライターの浦島茂世が、館長の杉浦勉さんにお話を伺った。

一流芸術家たちが作り上げた「染織図案」

丸紅ギャラリーは、1858年創業の総合商社、丸紅株式会社(以下、丸紅)が所有する約1300点の美術品コレクションを展示するため丸紅本社ビル内に2021年にオープンしたギャラリー。これまでに3回の展覧会を開催しており、なかでも昨年末から今年1月までに開催していた開館記念展III「ボッティチェリ特別展《美しきシモネッタ》」には2万人を超える来場者が訪れ、大盛況となった。

そんな丸紅ギャラリーが5月16日(火)より行う開館記念展IV「染織図案とあかね會―その思いを今につむぐ―」は、丸紅のルーツに深く関わる「染織図案」、そして「あかね會」に焦点をあてたものだ。

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丸紅ギャラリーで開催中の開館記念展IV「染織図案とあかね會―その思いを今につむぐ―」

丸紅の前身、丸紅商店は繊維を中心とした卸販売業者で、関西で事業を拡大してきた。「丸紅の扱う着物は高品質で、御所からも注文を受けるほど事業は順調に拡大していました」と、語るのは丸紅ギャラリーの館長、杉浦勉さん。杉浦さんは丸紅に1971年に入社、アートビジネスからキャリアスタートし、国内外で多様な業務を担当、丸紅コレクションについても深く研究を重ねてきた。

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杉浦勉さん

「1920年代、本格的な東京進出を控え、当時の副社長である伊藤忠三は、呉服商品のサンプル約1000枚を持って上京します。そして、以前より懇意にしていた三越百貨店の仕入部部長にそのサンプルを見せたのですが、『良いと思ったものは3枚くらいしかない』と言われてしまうんですね。商品に自信があった伊藤はとてもショックを受けました。東京の人に受け入れられる図案ではなかったのです」。ショックを受けた伊藤は、丸紅の商品が東京でも受け入れられるにはどうすればいいのかを考え、商品をその土地や時代に合わせるため、「染織図案」のブラッシュアップが必要だ、と結論づけた。染織図案とは、染織品のために考え出されたデザイン(下絵)のことだ。

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杉浦さんは続ける。「あかね會が生まれた昭和初期は、大衆文化が花開いた時期です。また、帝展(1919年から35年まで開催された官設公募美術展、正式名称は帝国美術院展覧会)にも、工芸部門が誕生した時代でもあります。つまり、政府から大衆まで、だれもが新しい美を待ち望み、注目していた時代。そんな高揚感に満ちた時代の雰囲気をキャッチアップする必要がありました」。そこで、生まれたのが今回の展覧会に登場する「あかね會」だ。

「あかね會」は、丸紅商店の京都支店を中心に発足した染織図案の研究会。当時最前線で活躍していた竹内栖鳳や菊池契月、岡田三郎助に藤島武二、朝倉文夫ら、ジャンルを越えた芸術家、評論家たち約70名が参加している。丸紅商店はあかね會の参加者たちに、染織品や着物のためのオリジナルの図案を毎年考案してもらい、その図案をもとに、職人たちが着物や帯などの染織品を制作。毎年開催される「染織逸品会」で新作として披露するスタイルを構築した。

「芸術家たちの考えた図案を、どのように着物に落とし込むかは職人の仕事。着物全体にちりばめたり、ワンポイントで使ったり、職人の感覚で変わってきます。芸術家の先生たちにも、京都の職人たちにもおおいに刺激になったようです」

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「あかね會」は第二次大戦中に残念ながら解散してしまうが、染織逸品会は「染織美術展覧会 (略称・美展)」と名前を変え、丸紅株式会社から1977年に呉服事業を引き継いだ京都丸紅株式会社によって現在も開催されつづけている。そして、その「あかね會」の参加者たちが考案した図案が、丸紅の貴重なコレクションとなっているのだ。

ちなみに、あかね會では画題の制限はつけず、芸術家たちが自由に制作したものをそのまま受け入れ、礼金も支払うというおおらかな体制だったようだ。「なので、コレクションで残っている意匠図案は、画家によって収蔵品数も違えば、素材や画材、サイズもバラバラ。洋画家の藤島武二は52点も図案を出してくれていますが、それを見ると1点を除いてほぼ草花がモチーフです。また、今回の展覧会には出品しませんが、洋画家の有島生馬は《蝿》や《アジアの地図》といった不思議な図案を鉛筆で描いて提出してきています。当時の担当者は、有島の図案を見て、斬新すぎて困ったかもしれませんね」と杉浦さん。このような斬新な図案が生まれたのも、当時から現在まで続く自由で新しいものを受け入れるという丸紅の社風があったからこそではないだろうか。

「染織図案」と、図案をもとに制作された着物も展示

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「丸紅ギャラリー開館記念展IV 染織図案とあかね會ーその思いを今につむぐー」
会期:<前期>2023年5月16日(火)~6月17日(土)/<後期>7月3日(月)~7月31日(月)
休館日:日曜、祝日、展示替え期間(6月18日(日)~7月2日(日))
入館料:一般 500円
※高校生以下、障がい者手帳をお持ちの方とその介助者1名は無料
※着物・浴衣など、和装でのご来館の方は無料
※入館料は全額、社会福祉法人丸紅基金に寄付されます。
※支払時に現金はご利用いただけません。交通系ICカード等電子マネーまたはクレジットカードのみご利用いただけます。

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開館記念展IV「染織図案とあかね會―その思いを今につむぐ―」では、あかね會で生まれた芸術家たちによる染織図案や、それらをもとに今回の展示のために作られた着物や帯を紹介する。「日本各地で着物の展覧会は数多く開催されていますが、着物になる前段階、図案というものはあまり表に出て来ないものです。その図案がまとまって観られるというのは非常に珍しいことだと思います。着物好きだけでなく、多くの方々に見てもらいたいですね」と、杉浦さん。

また、あかね會の特徴である、彫刻家や図案家(デザイナー)、さらには美術評論家など、着物とあまり関わりのない芸術家たちが参加している点も注目したい。

杉浦さんによれば「彫刻家の朝倉文夫は、早稲田大学の大隈重信像など写実的な作品で知られていますが、染織図案に関しては、彫刻作品では見られないような、洗練された図案を制作しています」とのこと。確かに、朝倉のデザインした《瀬戸の波》、《白ばら》などは、朝倉が手掛けた彫刻作品とは全く異なる、抽象的な図案だ。

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彫刻家・朝倉文夫の図案。左は《瀬戸の波》(前期に展示予定)、右は《白ばら》(後期に展示予定)。

日本におけるグラフィックデザイナーの先駆者として知られる杉浦非水の図案も、現在の洋服の布地としても使用できそうな、鮮やかな色彩が取り入れられた大胆なものだ。

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図案家・杉浦非水の作品は大胆なデザインが特徴的。左(前期に展示予定)/右(後期に展示予定)。

「もう抽象画の部類ですよね。杉浦非水がこれらの図案を制作したのが1920年代後半。ヨーロッパで抽象画が生まれた1910年代の動きに強く影響を受けています。朝倉や非水ら一流の芸術家たちは、世界の最先端の芸術を貪欲に吸収していた。それらが図案によく現れていると思います」と杉浦さんは語る。

また、その図案がどのような着物に仕立てられたのかも注目のポイントだ。展覧会では、図案に加え、それらをもとに作られた染織品も展示される。「普通、芸術作品というと、作家以外がたとえ線の1本でも引いてはいけない、手を加えてはいけないというルールがあります。けれども、あかね會の場合、作家によっては職人にまかせている方も多い。そして、どのように出来上がるのか、いわばコラボレーションを楽しんでいる人もいるんですよね。また、着物作家の独創性とか個性も生かせるような雰囲気がある。このあたりのさじ加減も鑑賞のポイントです」

さらに興味深いのは、芸術家たちが図案を発表した当時に制作された染織品の写真も、当時の図案を新しく解釈して現代の職人たちが制作した着物と並べて展示しているところだ。杉浦さんは「朝倉の《瀬戸の波》などは、当時の職人と、現代の職人とでは同じ図案を使っているのに、まったく異なったものになっています。当時の着物と現在の着物を比べて見ることで、図案を描いた芸術家だけでなく、職人の個性もわかってくると思います」と語る。ぜひ、会場で見比べてみよう。

そして、展覧会の図録も注目だ。図録には、あかね會に参加した芸術家の名前や、専門だけでなく、出身地や出身校なども掲載している。「もともと、現在の丸紅の創業者である伊藤忠兵衛は趣味人、竹内栖鳳や西村五雲ら画家たちとの交流も盛んでした。この繋がりで豪華な顔ぶれが揃ったんです。栖鳳や菊池契月はお弟子さんも加わってくれましたし、洋画だと岡田三郎助や藤島武二を起点にいろいろな人が集まりました。また、京都で活動していたため、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)出身の方もいらっしゃる。そのような人の繋がりで生まれたあかね會を深く知るため、弟子関係や師弟関係、通っていた学校なども網羅しました。展覧会であかね會や当時の美術界に興味を持った方はぜひ図録もご覧いただきたいと思っています」

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展示は前期・後期で入れ替えられるため、「ぜひ両期とも足を運んでもらいたい」と杉浦さん。染織図案というテーマを深く掘り下げる充実した内容に知的好奇心がくすぐられるはずだ。

今後も目が離せない丸紅ギャラリー カフェのコラボメニューにも注目

なお、丸紅ギャラリーの向かいにあるイタリアンバル「PALACESIDE BAR VERTERRAZA」では、この展覧会にちなんだ期間限定のオリジナルドリンクを提供する。鮮やかなあかね色ソーダは、杉浦さんによれば「ちょっと仕掛けがある」のだそう。その仕掛けは、飲んでみてのお楽しみだ。

「今回までの4回の展覧会で、丸紅コレクションの3本柱、古い時代の染織品や染織図案、西欧絵画・日本絵画を紹介できましたので、次回以降は新しいステップとして、丸紅コレクション以外の作品をお借りして展示する展覧会も開催し、丸紅ギャラリーのコンセプト『古今東西の美が共鳴する空間』を作り出したいと思っています。秋に予定している展覧会では、国際的に活躍する画家、濱野年宏さんによる大作《聖徳太子絵伝四季図大屏風》(中宮寺蔵)を中心とした作品を展示します。冬には、実践女子大学が中心になって再現した平安朝の女房装束や、丸紅が設立50周年を記念して1999年に復元したふしみ殿あつらえ小袖の展示など、飛鳥時代、平安時代、桃山時代に思いを馳せられる展覧会を予定しています。楽しみにお待ちください」と、杉浦さんは意気込みを語る。ともに、丸紅ギャラリーのこれからの展覧会も要注目だ。