P&Gジャパン合同会社(以下、P&G)とウエルシアホールディングス株式会社(以下、ウエルシア)は、共同プロジェクト「インクルーシブ・ショッピング」を5月に本格始動させた。
「インクルーシブ」とは「インクルージョン(互いを認め受け入れる)」が達成されていることやその状態を指す。
インクルージョンを掲げた今回のプロジェクトは、誰もが安心して自分らしく買い物ができる環境づくりを目指している。
その第一歩として、ドラッグストア業界では初となる、LGBTQ+の買い物客も安心して買い物ができるように接客時の注意点をまとめた、「インクルーシブ・ショッピング ハンドブック」を両社で共同開発。接客に対応するスタッフを中心に、ハンドブックを活用した研修を行い、「インクルーシブ・ショッピング」を体現した実店舗も設けたほか、一般にもハンドブックを公開し、広い活用を促している。
メーカーと小売業 異業種が協力して取り組むインクルーシブな買い物環境づくり
そもそもなぜ今回、メーカーのP&Gと小売業のウエルシアという異業種で「インクルーシブ・ショッピング」プロジェクトを立ち上げ、ハンドブックを共同で作成することになったのか。その背景をP&Gの住友聡子執行役員に聞いた。
「2020年にP&Gのヘアケアブランド『パンテーン』が、トランスジェンダーの元就活生が「自分らしさ」の表現に悩んだリアルな声を伝えるキャンペーンを展開する中で、ウエルシア様が店舗で非常に熱心にサポートをしてくださいました。そこから何か一緒にできることはないかと社長同士が語り合い、スタートしたんです」と振り返る。
その後、ウエルシアはP&Gが社外向けに提供する「アライ(理解者・支援者)育成研修」を受講し、インクルーシブな職場づくりのために大切な基礎知識を学び、社内の理解を促進した。そして“職場”だけではなく、全国にある自社店舗においても“お客様の買い物環境”をインクルーシブな状況にしたいと考えるようになり、そのためにはどうすればいいのかという課題感を話す中から、今回の「インクルーシブ・ショッピング」 プロジェクトへとつながった。また、P&Gとしても、自社ブランド製品とお客様が接点を持つ店舗において、インクルーシブな環境づくりを進めていきたいという想いがあった。
そして、両社は2022年の夏から「インクルーシブ・ショッピング ハンドブック」の作成に取りかかる。
当事者の声から生まれた「インクルーシブ・ショッピング ハンドブック」
P&Gとウエルシアは、ハンドブックの作成にあたりLGBTQ+の当事者や有識者を招いたワークショップを3回開いたほか、日用品や薬などの買い物をする際の悩みやニーズ、実体験のヒアリングやアンケートを約2500人に実施。9ヶ月かけて関係者と協議を重ね、30回以上の改稿を重ねたという。ハンドブックの監修は、LGBT専門の転職・就活求人サイトを運営する株式会社JobRainbowが務めた。
ハンドブックでは「LGBTQ+とは」といった基礎情報に始まり、「LGBTQ+フレンドリーな接客をするために大切なこと」などを、チェックリストや具体的な声かけ例とともにまとめた。内容はドラッグストアでの接客だけを想定してつくられたものではなく、スーパーや調剤薬局、化粧品カウンターなど、様々な買い物環境で活用できる内容になっているのも特徴だ。
例えば、「性のあり方を決めつけない言い換え表現をする」の項目では、「お客様の法律上の性や性自認、『異性に惹かれるかどうか』は見た目では判断できない」として「彼氏/彼女、旦那さん/奥さん」とは言わずに「パートナー、恋人」と言い換える、としている。
そのほかに、「多様な人の存在を前提としたご案内をする」の項目では、「見た目から判断されて男性用スキンケア用品が並ぶ売り場に案内された」という当事者の声が記されており、化粧品売り場など性別で分けられやすい施設や区画へのご案内は、全ての性別向けの施設・区画をお伝えすることを勧めている。例えば「男性用の化粧品売り場はあちら、女性用の化粧品売り場はこちらにございます」などだ。
住友さんは、「ワークショップに参加し、当事者のみなさんのお話を聞いて『ここが悩みどころだったのか』『こういうことがうれしいと感じていただけるのか』と多くの気づきがありました。言われてみれば納得することばかりなのですが、言われなければ気づかなかったと思います」と話す。
丁寧に当事者の声を反映してつくられたこのハンドブックの一般公開を前に、ハンドブックに基づいた研修をウエルシアの役員に行い、同時に全国のウエルシアの店舗スタッフ、P&Gのお客様相談室、美容部員(SK-Ⅱビューティーインフルエンサー)にも接客研修を始めた。
「性別」から「機能別」配列へ 「インクルーシブ・ショッピング」フラッグシップ一号店
ワークショップやアンケートなどを通して得られた知見は、店舗としてアライを掲げるフラッグシップ店第一号の「ウエルシアO-GUARD新宿店」にも反映されている。
今回のプロジェクトを進めるにあたり開いたワークショップで、ドラッグストアを利用しているLGBTQ+当事者から「『男性向け化粧品』『女性向け化粧品』と分けて陳列されているので選びづらい」「意図せずカミングアウトにつながってしまうことが心配で自己判断で医薬品を購入している」という声があった。
そのため、1階にあった男性化粧品売り場を2階に移し、女性向け商品のみを置いていた2階の「基礎化粧品コーナー」と同じ棚に配置した。これにより、性別にかかわらず「フェイシャルケア」「スキンケア」といった「機能別」に商品を探せるようにした。一方で、男性化粧品売り場も別途設けることで、多様な一人ひとりに利用いただけるようレイアウトに配慮した。
さらに、個人情報やセンシティブな情報を扱うことが多い調剤エリアは、性のあり方にかかわらず多様な買い物客が気兼ねなく相談できるよう個別の「相談ブース」をつくった。
ウエルシアの松本忠久社長は「すべてのお客様に安心してお買い物してもらえる店舗作りを目指したい」と、今後、同様の店舗を全国で28店舗増やす方針だ。
ウエルシアの人事部長兼ダイバーシティ&インクルージョン推進担当部長の盛永由紀子さんは「特に医薬品は健康に大きく関わる。でも相談しづらいがゆえに飲み合わせなどの確認をしないまま自己判断で薬を購入されている方もいらっしゃるということなので、販売側としては安心して相談した上で購入していただける環境をつくることが大切」と話す。
インクルーシブな買い物環境への一歩
住友さんは、今回の取り組みの醍醐味を次のように語る。「今までは“職場づくり“という観点で、私たちの学びや失敗、知見を共有してきましたが、今回のようにメーカーと小売業という異業種が組むことで、新たなインパクトが生み出せるのではないかと思います。お客様が商品に触れる店舗を全国的に展開されているウエルシア様との取り組みを通じて、私たちとお客様の接点も広がり、深まったところが何よりも醍醐味だと思います」。
「EQUALITY & INCLUSION(平等な機会とインクルーシブな世界の実現)」を推進してきたP&Gだが、こうしたハンドブックの作成はグローバル企業のP&Gとしても初めてのことだったという。住友さんは「LGBTQ+への理解が進んでいる国と比較したときに、日本は理解がまだ進んでいない部分もあるので、基本的な知識のほか当事者の実際の声や体験、一人ひとりを大切にするための接客時の注意点をまとめたものが必要だったのだと思います。また、日本の接客は非常に丁寧で、会話量が多いからこそ、ハンドブックを活用いただくことで、さらに見えてくるものもあると思います」と説明。
インクルーシブ・ショッピングを普及させる意義については、「究極的に目指すのは、みなさんが安心して、のびのびと買い物できる環境ですが、まずはLGBTQ+の方が日常のお買い物や暮らしの中で、自分を否定されていると感じたり、悲しい思いをしたりするという機会を減らせればと思っています」と話す。
「私たちの製品をお買い求めいただくときに『この会社のこの製品が好きだから買いたい』というお客様が一人でも増えればうれしく、今回の取り組みは、そのような思いを広げていくきっかけになると考えています。そうすることで、インクルーシブの輪が社会全体に広がり、一人ひとりが安心して生活することができるインフラが整い、結果的にいろいろな人材が活躍できるようになる。企業としても大きなメリットにつながると考えています」
P&Gのヴィリアム・トルスカ社長も「この取り組みは私たちの長い旅路における小さな一歩ですが、LGBTQ+を含むすべての多様な人々にとってインクルーシブな社会を構築するための具体的なマイルストーンであると信じています」と語る。
「インクルーシブ・ショッピング ハンドブック」はP&Gのホームページで一般公開されている。接客する人でなくても一読すると新たな視点が得られるものになっているので、気になった方は開いてみるとよいだろう。
店舗のハード面を変えたから、接客の声かけを変えたから、インクルーシブな買い物環境づくりが完了したというものではない。P&Gとウエルシアの取り組みもまだ一歩を踏み出したに過ぎない。それでも、この取り組みから始まり、両社だけではなく様々なところで「インクルーシブな買い物環境」が生まれてくれば、多様な人々が安心して自分らしく買い物ができる環境づくりが進むだろう。
「インクルーシブ・ショッピングハンドブックのダウンロードはこちらから。
https://jp.pg.com/newsroom/inclusive-shopping/