地域にとって介護施設は高齢者の大切な生活の場であるとともに、高校生や専門学校生、大学生ら若い世代にとっては就職先の選択肢の一つでもあります。しまなみ海道の生口島(広島県尾道市)にある社会福祉法人新生福祉会の特別養護老人ホーム「楽生苑」など3施設を訪ね、「島に戻って働く」「島に来て働く」「島に残って働く」の3人の介護職員を通じて、ワークライフバランスを大切にしつつ、ご利用者には家で過ごしているような雰囲気を提供する介護のしごとを紹介します。みなさんと一緒に介護と地域の未来を考えていきましょう。(年齢や肩書は取材当時)
特別養護老人ホームで働くロールモデルに聞く
【新生福祉会編】
① 島に戻って働く 土居洋介さんのケース
② 島に来て働く 渡部杏香さんのケース
③ 島に残って働く 貝原貴之さんのケース
④ 動画「人口約8300人の島 地域に根ざした介護のつながり」(6分01秒)
介護の未来と地域の未来にチャレンジする楽生苑
広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ「しまなみ海道」のほぼ中間点にある生口島。人口は、2023年11月30日現在、生口島が7060人、橋でつながる隣の高根島が500人です。ともに減少傾向にありますが、合併した旧尾道市よりも人口減少率が緩やかとされています。
この島にある新生福祉会が運営する「楽生苑」系の3つの特別養護老人ホーム(特養)を訪ねたのには、理由があります。介護の人材不足は全国共通の課題です。一方で、地域にとっては重要な雇用の受け皿になっています。ワークライフバランスがとれ、魅力的な介護サービスを提供することで、故郷にUターンしたり、Iターンしたり、地元に若い世代が残り続けたりすることができています。地域の未来を考え、地域の住民らと新しいチャレンジも始まっています。農業(国産レモン)、造船、観光(アートとサイクリング)といった産業に加え、介護が地域を支える重要な柱になっています。
島に戻って働く 土居洋介さんのケース
視点① 転職経験者だから感じる
「介護だけがきつい仕事と思われているのもおかしな話」
――現在の仕事は?
生口島で生まれ育ち、広島市内の大学に進学し、島を離れていた土居洋介さん(31)は、県外の住宅販売会社に営業職を経て、約5年ぶりに島に戻ってきました。
「しまなみ海道が全通して島を出て行く人が増えました。結局、就職するとなると、島外というパターンが増えてきたのかなと感じています」
「人に感謝される仕事がしたい」というテーマで就職活動を行い、顧客に寄り添い住宅を販売していく仕事を始めましたが、就職する前の仕事のイメージと就職した後の実務で大きなギャップがあり、苦労しました。毎月の売り上げ目標、勤務終了後の上司の飲酒の付き合いといったことになじめず、精神的なストレスがかかり、「このまま定年まで働けるだろうか。絶対に無理だ」と不安になって転職を決めました。
「これをきっかけに一度地元に戻ってみようと思いました。実家は農家ではありませんし、造船より介護の方が自分に向いているんじゃないかと思って楽生苑に就職しました。両親は最初、介護を選んだことに反対していました。『3K』というイメージがあったと思います」
入職後は仕事ぶりが認められ、「介護主任」も任されるほどになりました。結婚、出産と家族ができ、充実した人生を歩み始めています。
「両親も今は前の仕事より介護の方が向いていたと思っています」
転職経験者だからこそ、「3K」という介護のしごとに対する社会のイメージに強い違和感を持っています。
「きつい仕事は他にもあります。介護だけではありません。きついっていうことも、仕事によってその内容が違うと思います。介護のしごとは、前職のようにノルマがあったり、先輩が残ってるから帰れないという雰囲気があったりすることはありません。一方で、誘導するルートが長い特養なので、食事などご利用者の移動という面では体力的なきつさがあります。でも、私は身体的なきつさなら大丈夫です。きつい仕事は他にもたくさんあると思いますし、介護だけがきつい仕事と思われているのもおかしな話だと思います」
土居さんは、排泄介助で紙おむつの交換をするときも「汚い」と感じたことがありません。楽生苑で働きながら「介護福祉士」の資格などを取得。現在は介護主任として、通常の介助に加え、介護職員の毎月の勤務調整、新しく着任した介護職員の育成も担当しています。天気のいい日は、ご利用者の車いすを押しながら海岸沿いを散歩に出ています。
視点② 絶対にやらなければいけない仕事以外は残業せずに帰ろう
――キャリア形成は?
土居さんは現在、ほぼ残業がなく、ワークライフバランスのいいライフスタイルになっていると感じています。
「ワークライフバランスは介護主任を務める中でも自分のテーマにしています。絶対にやらなければいけない仕事以外は残業せずに帰ろうと思っています。家族との時間も大事にしたいし、休日はできる限り家族と過ごしたいと思っています」
特養はシフト勤務です。だからこそ、介護職員同士の意思疎通がうまくいくような職場づくりを通じて、誰でも同じコンセプトでケアを提供できるようにしています。その信頼感があるからこそ、「休日は他の職員に任せて仕事のことは忘れています」と言い切れるのです。
キャリア形成も考えています。外国人の介護職員の教育のほか、介護施設のマネジメント能力をみがいていきたいと考えています。
視点③ 地域公益活動はマーケティングも兼ねた活動
――続けるためには?
土居さんは、特養の中での業務だけでなく、地域福祉に関わる業務にも取り組み始めています。楽生苑がある生口島と橋でつながる高根島にはスーパーがないため、地元自治会と協力し、高齢者の住民を定期的に生口島のスーパーに連れて行く買い物支援をしています。
「区長さんに声をかけてもらって集まった人たちを運んでいます。地域に根ざし、地域に寄り添いながら仕事をしていく中で、楽生苑が提供するサービスに何が必要なのか、マーケティングも兼ねているのかなと感じてやっています」
楽生苑のホームページに事業の一つとして地域公益活動を挙げています。住宅街にある職員宿舎を活用し、地域との結びつきの拠点となる「えっと来亭」を設け、週2回、高齢者が集い、自主的なコミュニティが形成されています。お菓子を食べたり、雑談したりするサロンです。この中で、職員が「認知症かもしれない」ということに気づけばいろいろな支援につなげていくことができます。
「施設の中で仕事をしていると、地域の人とつながる機会がありません。地域に出て行って仕事をすることもできるのが楽生苑の介護のしごとの魅力、強みかなと思います」
新生福祉会では、将来を見据え、新たに体験型福祉施設「ボナプール楽生苑」(就労継続支援B型)を生口島に建設しています。日本財団の「みらいの福祉施設建築プロジェクト」に採択されています。生口島は、宿泊施設不足という課題があります。新設されるのは、宿泊、レモンの搾汁、ショップを併設した就労支援B型施設です。地域の人たちとも連携し、福祉施設が島の課題を解決していく取り組みです。土居さんも、最近、地域の人たちとのコミュニケーションに加わるようになり、仕事の幅が広がってきています。
「新しい分野に手を出していくのは、すごくいいことだと思っています。私たちも面白いんじゃないのかなと思っています」
島に来て働く 渡部杏香さんのケース
視点① 「地域に根ざした施設で働きたい」から実践できる島へ
――現在の仕事は?
渡部杏香さん(22)は「楽生苑」と隣接する地域密着型の特養「楽生苑いこいの里」に2023年4月、入職しました。渡部さんは、高校時代から介護について関心を持ち、大学では社会福祉を学びました。愛媛県で生まれ育ちましたが、「地域に根ざした施設で働きたい」と考え、広島県尾道市の生口島にある特養「楽生苑いこいの里」の介護職員として働くことを選択しました。
「大学の先生から『(新生福祉会は)地域に根ざした法人』と聞いていました。楽生苑を訪問したときもそれを感じました。私は、介護のしごとを通じて地域の人たちと関わりたいという気持ちがあったので、ここで実践できると思いました」
地域との関わりは介護職員として地域に出て行くだけではなく、ご利用者がこれまで過ごしてきた島の生活の雰囲気を感じられるよう「その人らしく暮らせるような施設にしていきたい」と考えています。
例えば、渡部さんの先輩職員の中には、釣りが好きなご利用者と一緒に散歩に出掛け、海岸沿いで一緒に釣りを楽しむ人もいます。
「そういう先輩職員をみていると、施設に入所しているご利用者も釣りができるんだと勉強になります」
視点② 不安なことがあれば
仕事が終わった後ではなく、その場で聞く
――ワークライフバランスは?
渡部さんもワークライフバランスに気をつけています。
「仕事が終わって私服に着替えたときは切り替えています。仕事のなかで不安なことがあれば仕事が終わった後ではなく、その場で聞きます。自分の気持ちを落ち着かせてから帰宅するということを意識づけています」
初めての一人暮らしでもあり、少し寂しいときもあります。大学時代からの趣味である写真撮影を通じて、しまなみ海道の美しい景色を撮影に出掛けています。動画の撮影や編集もできることから、逆に自分のスキルが今後の仕事に生かせたらいいと考えています。
休みも大切ですが、逆にご利用者から「今日は、渡部さんはいないの?」と聞かれたと同僚の職員から伝え聞くと、「私を必要としてくれている人がいるんだ」と実感でき、これからも介護のしごとをがんばろうという気持ちになれるそうです。
視点③ 作業としてのケアというより家族としてのケア
――続けるためには?
働きやすい介護の職場の条件を尋ねてみました。
「やっぱり相談できる環境があるかないかだと思います。新人の私でも意見をいえる環境であるかも大切ですね」
逆に働きにくい職場とはどのような職場なのでしょうか。
「作業として仕事をしている職場は、ちょっと働きづらいのではないかなと思います。例えば、ご利用者のペースに合わせたり、普段からコミュニケーションを取ったりしている楽生苑の仕事を間近で見ているので、これは作業としてのケアというより家族としてのケアだと感じています」
高校生や大学生に向けてこう提案します。
「介護はやりがいを感じられる仕事です。介護施設に就職するか、しないかを考えたり、決めたりする前に、例えばボランティアで介護に関わってみてはどうでしょうか」
島に残って働く 貝原貴之さんのケース
視点① 自分がやりたかった介護じゃないなという想いを
抱きながら仕事をしている自分に気づいた
――現在の仕事は?
小中高とクラブチームでサッカーをしていた貝原貴之さん(28)は高校卒業時、父親が経営する造船系の会社に就職する選択をせず、尾道の市街地にある介護福祉士を養成する専門学校への進学を選びました。
「高校1年生までは介護という仕事について具体的に知りませんでした。2年生で福祉科目を受講し、進路選択の際、介護はこれから必要な技術なので学んでおいて損はないと考えました。5年間働けば返済が免除になる制度(介護福祉士資格取得奨学金制度や広島県介護福祉士等修学資金貸付制)がある専門学校だったので、学費は親に迷惑をかけずに済みました」
卒業と同時に介護福祉士の資格を取得しましたが、新卒での就職先は病院でした。「看護助手」という仕事です。看護師等の指示の下に、看護の専門的判断を必要としない看護補助業務を行う職種です。
「ここの病院は給料がよかったので選びました。しかし、半年ぐらいたったとき、自分がやりたかった介護じゃないなという想いを抱きながら仕事をしている自分に気づきました。それで地元の楽生苑で働く知人に相談したら転職を受け入れてくれました」
現在、生口島にある特養「クレアール楽生苑」の介護副主任として働いています。
視点② ご利用者の情報を知り深く考えることが
よりよい介護につながる
――キャリア形成は?
貝原さんが「クレアール楽生苑」で働いていて感じるのは、介護の専門性です。1ユニット10人で、プライバシーを重視した個室で生活し、家庭的な雰囲気で暮らせるユニット型の介護サービスを提供する現場で働いています。
「ご利用者それぞれに、起きる時間、食事をする時間、排泄をする時間があります。タイムスケジュールがひとりひとり違います。すべての希望に添えないですが、可能な限り対応しています。ここではまず情報を得るところから入ります。ひとりひとりのご利用者にとって何が必要なのか、何を求めているのか、介護職員が考えて判断するためには情報が必要だからです。人見知りだったり、失語症だったり、いろいろなご利用者がいます。食事が進まない人にはその理由を深く考えてみることもあります。家族から情報を得ることもあります」
だからこそ、貝原さんは「やっぱり介護の仕事もプロフェッショナルな仕事の中の一つです」と強調します。
今後は、外国人職員の教育など教育担当ができたらと考えています。
「介護の職場では教育が大切です。若い人を育てるのが好きなので、学生が実習に来たとき、自分が教えられる技術はすべて教えています」
視点③ 介護のしごとはサービス業でもあると思って
仕事をすることの大切さ
――続けるためには?
貝原さんは、同僚から多趣味としても知られています。キャンプ、ゴルフ、スノーボード、時計、車……。「休みは十分取れます」といいます。
「施設を一歩出ると、オフ状態になるので仕事のことは忘れます。家では仕事をしないし、仕事のことを考えないようにしています」
貝原さんは、介護のしごとは「サービス業でもあると思って仕事をしています」といいます。
「やりがいを感じるのは、ご利用者同士の会話の中から笑顔が見られたときです。自分のおじいちゃんやおばあちゃんと同じような人たちが近所話をしているような感覚で会話をしているのが見られたときです。生活空間としての温かみを感じます」
そのためには、職員とご利用者の信頼関係、職員同士の信頼関係が重要で、信頼関係を高めていくためには「コミュニケーションを図っていく努力が必要」と考えています。
取材:岩崎賢一 写真:岡田晃奈 インフォグラフ:須永哲也
おことわり
本事業は、「令和5年度介護のしごと魅力発信等事業(情報発信事業)」(実施主体:朝日新聞社・厚生労働省補助事業)として実施しています。