5月24日、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)の公開講座「住友生命が取り組む『ウェルビーイング(=よりよく生きる)』とは」が同大学の日吉キャンパス(横浜市港北区)で開かれ、住友生命保険相互会社の高田幸徳 取締役 代表執行役社長が講演しました。ウェルビーイング研究の第一人者である前野隆司教授がモデレータを務め、参加者たちとも闊達(かったつ)なやりとりが交わされました。

「生命保険というものに今一つピンと来ていなかった」

現代社会の複雑な問題を解決するためには、専門知識だけでは不十分であり、分野を横断した全体統合型の学問=SDM学(システムデザイン・マネジメント学)とその実践が注目を集めています。こうした複雑化する時代に対応していくため、2008年に設立されたのが慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(以下、慶應SDM)です。第1回「ウェルビーイング・アワード」で、モノ・サービス部門グランプリを受賞した住友生命保険相互会社 高田幸徳社長と同アワードで審査委員長を務めた前野隆司・慶應SDM教授(ウェルビーイング学会代表理事)が登壇する公開講座に、慶應SDMの学生と一般からの参加者計約150人(オンライン含む)が出席しました。公開講座のテーマである「ウェルビーイング」は簡潔に表すと「一人ひとりのよりよく生きる」。幸福や健康の捉え方が多様化するなか、その考え方は注目を集め、ビジネスの手法までも変えようとしています。企業がウェルビーイングへの貢献を戦略に掲げることで、どのような価値を社会に提供するのでしょうか。

高田社長は1988年に住友生命に入社。支社長や本社部長、執行役員などを経て、2021年に56歳で社長に就任しました。これまでいくつかあったターニングポイントのうちの一つが、30歳の時に経験した1995年の阪神・淡路大震災だったと語ります。高田社長は当時、大阪府内で勤務しており、震災の被害を目の当たりにしました。

「生命保険会社に勤めていながら、生命保険というものについて、今一つピンと来ていなかったのだと思います。しかし、震災で多くの方が亡くなられ、火災や倒壊により家屋を失われるといった事態に直面し、実際に多くの保険金もお支払いしたことで、生命保険が社会にとって本当に必要なものだということをあらためて実感しました」

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慶應SDMは多様性を活かす能力を有する次世代のリーダーの育成を目的としている

その後も自身の闘病や、2011年の東日本大震災などの災害を体験する中で、保険の意義に対する考えを深めていった高田社長。52歳の時に出逢ったのが、南アフリカの金融会社ディスカバリー社が開発して1997年に提供を開始した健康増進プログラム「Vitality(バイタリティ)」でした。1国1社に限定されているライセンスを、日本では住友生命が獲得。2018年から健康増進型保険“住友生命「Vitality」”として提供を開始しました。

「いつか必ず訪れる死に対して経済的に備える生命保険は、どちらかというとネガティブなイメージがある商品でした。それを、もっとポジティブなサービスに変えていきたいと提供を始めたのが、『Vitality』です」

「Vitality」の利用者は運動や健康診断の受診など、健康増進につながる行動をするたびにポイントを獲得します。インセンティブ(報酬)を活用したこうした仕組みは行動経済学の考え方に基づいていて、サービスを通して利用者の行動変容を促すことができるのです。

「運動などに取り組むことで健康になれば、お客さまにとってメリットがあります。『Vitality』を通して、日本の平均寿命と、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間である『健康寿命』とのギャップを縮める。そのことで、それぞれの利用者の方はもとより、社会全体にウェルビーイングを提供したいと考えています」

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メモを取りながら熱心に耳を傾ける参加者が目立った

ウェルビーイングと住友グループ

高田社長は、ウェルビーイングという言葉が生まれる以前から、住友グループには経営を通じて社会に貢献する考え方があったとして、住友発展の起点となった愛媛県の別子銅山の例を挙げました。明治から昭和にかけて日本の近代化に大きく貢献した別子銅山ですが、植林事業や公害問題の解決に取り組み、今では自然豊かな緑あふれる森が再生されています。

「住友グループの伝統の事業精神として『自利利他 公私一如』という言葉があります。自分だけでなく他も利する、社会と私企業は一体でなければならない、という考え方です。1952年に制定された住友生命の『経営の要旨』にも、『社会公共の福祉に貢献する』という一文があります。今で言うサステナビリティや、ウェルビーイングに通じる考え方が、ずっと以前から存在していたのです」(高田社長)

こうした歴史も踏まえ、ウェルビーイングを「経営目標のど真ん中」に据えているという高田社長。「Vitality」の仕組みをさらに発展させ、顧客のライフサイクル全体を通じた困りごとを解決するエコシステムである「WaaS(ワース、Well-being as a Service)」という枠組みを打ち出しています。現在、この枠組みの中でさまざまな企業と協力し、生活習慣病の発症予防や重症化予防に向けたサービスや不妊治療と仕事の両立支援、従業員のメンタルヘルスサービスの提供といった様々なサービスの開発に取り組んでいます。

「ウェルビーイングを具体的なサービスとして世の中に提供するためのカギは、主観的な面が大きいウェルビーイングの実感を『見える化』していくことであり、そのためにはデジタル化とデータによる実証が欠かせません。Vitality会員のビッグデータを活用して、社内外問わず多くのパートナーと連携しながら事業の輪を広げていきたいと考えています」

保険の概念をより広げる斬新な試み

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真剣かつユーモアを交えた高田社長(左)と前野教授の対談も盛り上がった

続いて、高田社長と前野教授による対談が行われました。

前野教授は、高田社長が説明をした「Vitality」の仕組みやサービス導入の経緯、また、それに続いて住友生命が構築に取り組む「WaaS」の概念に感銘を受けたといい、次のように感想を語りました。

「『いざという時のために備えておく』という従来の保険の概念をより広げて、ウェルビーイングを提供する会社になっていくというのは、会社自体を大きな視点でとらえ直した斬新な試みだと思います。私が本当にやりたいことは、すべての会社のすべてのビジネスにウェルビーイングを埋め込むこと。住友生命は、それを実践している素晴らしい一例です」

ウェルビーイングが世界的なキーワードになる時代

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「ウェルビーイング」の未来について熱い議論が続く

高田社長が注目しているのは、ウェルビーイングという言葉がメディアで使われる回数が、近年、急増していることです。近年は「SDGs(持続可能な開発目標)」がしきりに叫ばれるようになりましたが、SDGsは2030年に国連が定めた達成目標年を迎えるため、その後の時代はウェルビーイングが世界的なキーワードとなっていく可能性が十分にあり得るというのです。

「日本は世界最大の長寿国です。かつての日本は技術力で世界をリードしていましたが、これからは、長寿国としてどのように産業やサービスを営んでいくかという点に世界が注目している。その中で日本の皆さんがウェルビーイングな状態であれば、後を追うように高齢化社会を迎える世界各国も、日本のモデルを見習うようになるはずです」

「それぞれの立場でアクションを」参加者の質問に答える高田社長

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質疑応答のパートでは、多くの質問希望者がマイクを握った

対談が終わり、最後のパートでは高田社長、前野教授の2人が、講座の参加者たちからの質問に答えました。

慶應SDMの学生からは、「ウェルビーイングを掲げている中で、社内そして社外に対して一番伝えたいことは何か?」という質問があり、高田社長はこう答えました。

「大変シンプルですが難しいご質問だと思います。ウェルビーイングは一つの固定概念ではなく、多様な価値観であると思います。私なりに“Well-being”の間のハイフンは『つなぐ』意味だと解釈しています。例えば、肉体的な健康はまさに身体と命をつなぐものであり、社会は人と人の間をつなぐこと。それからいま重要なのは、現在と未来をどういう風によりよくつなぐか。昭和・平成の初期までは、今が成長していくと未来につながると言っていましたが、いまは、延長線が必ず未来につながるものかどうかまでは分からない。でもつなげていかないといけない。この『必ず間をつなぐ意味』をWell-beingと使う度に考えていってほしいと思います」

子育て中だという参加者からは、「今後、社会の一員となっていく子どもたちの世代とどう関わっていくべきですか」という質問がありました。

「そこは、我々も日々、悩んでいるところです。少子高齢化の中、どうしても高齢化の方に重点を置いてしまっているのですが、ウェルビーイングは私たちの世代だけでなく若い人たちにとっても重要で、私たちの世代にはそうした価値を未来に広げていく責任がある。たとえばカーボンニュートラルを達成することもその一つですし、よりよい社会を子どもたちにつないでいくことが第一歩かと思います」(高田社長)

住友生命では2023年から『FR(Future Generations Relations)』活動という、将来世代と対話する取り組みを15社と連携して始めています。高田社長はこうした取り組みについて説明しつつ、もっと身近なアプローチも提案しました。

「一説によると、日本の親は、子どもと会話する時間が世界最短で、平均すると1日20分ほどしかないそうです。ウェルビーイングの基本は、会話をすること。今日の参加者でご家庭にお子さんがいる方は『今日、親子の会話を5分増やしてみよう』というところから始めてみるのはいかがでしょうか」

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参加者のするどい質問に大いに感心する場面も

前野教授もこの意見に大いにうなずきながら、次のように付け足しました。

「『Vitality』のような仕組みを利用して、健康増進だけでなく“幸せ増進”にも取り組めたら面白いですね。色々なことに行動経済学の考え方を利用した仕組みを入れていく余地はまだまだあって、例えば、親子でコミュニケーションを増やしたらポイントが入る、というようなサービスを作ったら、もっとコミュニケーション豊かな日本になっていくでしょう」

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ウェルビーイングに対する参加者たちの関心の高さを心強く感じた高田社長

40分以上に及んで様々なやりとりが交わされた質疑応答を終え、高田社長は次のように語って、講義を締めくくりました。

「積極的に手を挙げて多くの質問をしていただいて、皆さんの熱意あふれる姿勢に感銘を受けました。ウェルビーイングは思っているだけでは広まりませんから、今日見せていただいた情熱を活かして、ビジネスや研究など、皆さんそれぞれの立場で何かのアクションを起こしていただければと思います」

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高田幸徳
たかだ・ゆきのり。1964年、大阪府生まれ。京都大学経済学部卒。1988年入社、営業企画部長、企画部長、執行役常務などを経て2021年4月より現職。同社が力を入れる健康増進型保険“住友生命「Vitality」”の販売推進を担当した。

前野隆司
まえの・たかし。1962年、山口県生まれ。東京工業大学工学部機械工学科卒、東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。キヤノン株式会社、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等を経て、2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。