人生100年時代。よりよく生きるために、身体の健康だけでなく、精神的にも社会的にも良い状態でいたい――そんな価値観の実現が求められるなか、ウェルビーイングという考え方が脚光を浴び始めている。新たな社会へのビジョンを示す舞台として注目される大阪・関西万博(2025年4月開幕)。「ウェルビーイング」を経営の中心に据える住友生命保険相互会社は、住友グループとしてパビリオン「住友館」を出展して参加する。万博を通して伝えたいメッセージや、次の時代を見据えたデータの活用で人々のウェルビーイングを目指す試みなどについて、同社の高田幸徳 取締役 代表執行役社長が万博のテーマ事業プロデューサーを務める宮田裕章・慶應義塾大学教授と意見交換した。
「森」をモチーフとしたパビリオンの意味
宮田裕章氏(以下、宮田) 2025年の大阪・関西万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」です。私は大阪府の基本構想検討会の段階からメンバーとして関わってきましたが、当初から話していたのが命というキーワードでした。産業革命以降、世界は経済合理性の波に飲み込まれてきましたが、経済とはそもそも命を輝かせるための手段であったはず。命を軸にして考えると、平和、人権、生物多様性の維持など、私たちの未来を考えていくための多様な要素が見えてきます。
高田幸徳氏(以下、高田) 「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマは私たちの目指す方向性とも親和性が高いと感じています。当社はいま、従来の生命保険の役割である命に対する経済的保障だけでなく、命を支えていくサービスの提供や開発に取り組んでいます。営業職員についても、保険に加入していただくだけではなく、お客さまに寄り添ってウェルビーイングの実現を手助けする「ウェルビーイングデザイナー」だと定義し直しました。万博が、さらに多くの方々にウェルビーイングについて考えていただくきっかけになると期待しています。
宮田 今回の万博では、住友グループ全体としてパビリオン「住友館」を出展されますね。どんな展示内容になるのでしょうか。
高田 展示タイトルは「UNKNOWN FOREST 誰も知らない、いのちの物語」という、体験型パビリオンを予定しています。住友グループの発展の礎は愛媛県の別子銅山における鉱山事業ですが、明治時代以降、元の緑豊かな森に還していくための植林事業に取り組んできました。来場者は、一人ひとりが暗い森の中を、渡されるランタンの灯りを手に自由に探検していき、一人ひとり異なる体験をしていただきます。そして、そういったものの集合体が社会であり地球である、といったことを体験していただける内容になっています。
宮田 大変興味深いことに、私がテーマ事業プロデューサーとして担当するシグネチャーパビリオンのモチーフも「森」なんです。パビリオン名は「Better Co-being(ベター・コー・ビーイング)」。今回の万博の重要なキーワードである「ウェルビーイング」には、いろいろな側面があり、個人によって求めるものも異なります。人間同士が妥協点を探りながら、より良い未来へ向かっていくというのがBetter Co-beingの概念です。
パビリオンのコンセプトとして「データ共鳴社会の体験」を掲げています。データには、これまでの社会ではコスト面などから不可能だったことを実現する力があります。たとえばシングルペアレントの貧困問題なども、データを使えば一人ひとりの状況を踏まえて支援することが可能になる。データによって人と人とがつながった先でどう世界が変わっていくのかを考えるのが、ちょうど今回の万博のタイミングだと考えています。
データ活用に必要不可欠な「信頼性」
高田 当社の提供する健康増進型保険“住友生命「Vitality(バイタリティ)」”も、データを活用することでウェルビーイングの実現に貢献できるサービスです。利用者は健康増進につながる行動をすることでポイントを得られる仕組みで、1年間で獲得したポイントによりVitalityステータスが変動し、年間の保険料が最大30%割引となります。週単位では、日々の運動を通じたポイント目標が与えられ、達成状況に応じてドリンクチケットなどに交換できます。また、年単位では健康診断の受診結果の提出などでもポイント等を獲得できる仕組みになっています。Vitalityはこうした様々な「インセンティブ(報酬)」を得ながら楽しく続けていただける仕組みをデータに基づいて提供し、利用者の行動変容を促すことで、人々の健康寿命を延ばす支援ができればと考えています。
「Vitality」の会員数は130万人を突破していて、年間で約5億日分という膨大なバイタルデータが蓄積されています。こうしたビッグデータの活用も今後の大きなテーマで、私たちはいま、「WaaS(ワース、Well-being as a Service)」という枠組みをつくり、他の事業会社やスタートアップなど様々なパートナーと連係しながら、サービスの開発と提供を進めています。
宮田 「Vitality」は、私が審査委員長を務めた第1回「ウェルビーイング・アワード」でモノ・サービス部門のグランプリに選ばれました。生命保険というビジネスモデルを根本から捉え直して、利用者の健康増進や、社会全体の利益も目指している。「絵に描いた餅」ではなく、ウェルビーイングの概念をビジネスに落とし込んで実践し続けているところが素晴らしいと感じました。
情報革命以降、世界で躍進しているのは軒並み、データを扱う企業ばかりです。ただ、データの活用には落とし穴もあって、データに基づいて人々が「心地良い」と思う情報ばかりを見せ続けることで、健康を損ねるような商品を売り込んでしまったり、政治的な主張が違う人々の分断を招いてしまったりもする。それを乗り越えるためには、データを使った先にその人のウェルビーイングがきちんとあるのかどうかを考えていくことが非常に重要です。この点、WaaSの今後の展開が日本におけるデータ活用のモデルの一つになるのではないかと注目しています。
高田 データ活用にあたっては、サービスを提供する事業者と最終的な利用者がきちんと同じ方向を向いている必要があると考えています。そうしないとサービスの信頼性が失われ、人々はデータを提供するのを避けるようになってしまうでしょう。当社の場合、どうやってお客さまの健康寿命を延ばすか、どうやってウェルビーイングを提供するかにフォーカスしてデータを活用しようとしています。
「ハレ」と「ケ」で考える万博の意味
宮田 開催期間中は世界中から人が集まるので、様々なトライアルを重ねる中で実証できたことを共有する場としての意義は非常に大きいと感じています。私の担当分野でも、個人のプライバシーを侵害しないデータ共有の方法を万博において実証しようとしています。こうした様々な試みの中で、未来のあり方の礎になるようなプロジェクトが生まれてくればと思います。
高田 私は幼少期に1970年の大阪万博を訪れた記憶がおぼろげながらあるのですが、あの時の万博は「ハレ(非日常)」と「ケ(日常)」で言うと明らかに「ハレ」の場でした。来場者に祭りとして非日常を見せることによって、夢のような未来や、新たな産業をつくっていこうというメッセージを打ち出していたように感じます。一方で、当グループがいま携わっている万博のプロジェクトは、日常を可視化・具現化することで多様性についての理解を深めていただくようなイメージで、どちらかというと「ケ」に近い形です。
宮田 「ハレ」と「ケ」というのはとても大事な視点だと思います。「ハレ」の盛り上がりの中で人と人とがつながって共に未来を見ることも有意義ですが、結局、未来へ向けての実際の行動というのは日常、つまり「ケ」が大部分を占めるわけです。食べること一つとっても、私たちが日々どんな食生活を選ぶかは、健康への影響やフードロスの問題など、様々な点で未来につながっています。こういった、日常のちょっとした積み重ねがどんな未来につながるのかを可視化して、多くの人に気づいてもらう意味は大きい。万博のプログラムを通してそれが実現できるのならば、未来を変える力になるでしょう。
高田 未来といえば、当社は将来世代とのコミュニケーションを重視していて、将来世代と継続的に対話する「FR(Future Generations Relations)」活動をしています。中学生や高校生の年代を対象にした金融教育やキャリア教育、SDGsなどについての「出前授業」や、全国の学童保育などをより楽しく、子どもたちが成長できる場にすることを目指した「スミセイアフタースクールプロジェクト」などの取組みがあります。
ただ、将来世代のウェルビーイングを向上させるといっても、一人ひとり求めるものは違います。まずは、対話しながらできることを一緒に考えていければと考えています。当社の企業CMでも、出演しているバナナマンのおふたりに、それぞれご自身なりの言葉で、将来世代へのメッセージを発信していただきました。
宮田 私も拝見しましたが、素晴らしかったです。日村勇紀さんが学生に「(愛とか希望とか)もっと言わなくちゃって思ってます」と語る場面が特に良かったですね。年齢を重ねると皆さんなかなか恥ずかしくて言わなくなりますが、もっと率直に、将来世代に向けて未来に向けた志を語りかけていく必要がある。非常に良いコミュニケーションだと感じました。
いま、Z世代やその下のα世代と言われている若者たちは、生まれながらにインターネットが普及した環境で生きています。それゆえの苦しみもあるのですが、人とのつながりの中で未来を考える感覚は非常に洗練されています。そういった世代の人たちが万博を経験して、できれば万博の中で何かを表現してもらえると、未来に向けてとても重要な一歩になるのではないかと思います。
高田 同感です。これからの未来を背負う世代の人たちが万博を通して多くのことを感じ、それを日常のアクションに変えていってもらえるならば、大きな成功でしょう。本当に大切なのは「アフター万博」、万博の後に世の中に何が残るかだと思っています。パビリオンの出展を通して世の中にサステナビリティやウェルビーイングといった価値を発信していくこともそうですし、私たちがもっとイノベーティブな企業になるために、来場者の方々がどういったメッセージを私たちに伝えていただけるかも楽しみにしています。そうした双方向のやりとりを通じて、2025年を越えて、2030年、2050年に向けたビジョンを見出していきたいです。
高田幸徳
たかだ・ゆきのり。1964年、大阪府生まれ。京都大学経済学部卒。1988年入社、営業企画部長、企画部長、執行役常務などを経て2021年4月より現職。同社が力を入れる健康増進型保険“住友生命「Vitality」”を準備段階から担当した。
宮田裕章
みやた・ひろあき。1978年、岐阜県生まれ。東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士(論文)。慶應義塾大学医学部教授、東京大学特任教授。 ウェルビーイング・アワード審査委員長。2025大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー。専門はデータサイエンス、科学方法論、Value Co-Creationなど。