キリンビール国内唯一のウイスキー生産拠点として、世界に誇る日本の名峰・富士の麓で50年以上ウイスキーをつくり続けてきた富士御殿場蒸溜所。富士の豊かな自然の恵みと、つくり手の情熱が生み出す品質の高いウイスキーは国内外で高い評価を得ており、中でも2020年に発売を開始した「陸」と「富士」は、今やキリンを代表するウイスキーブランドへと成長しつつある。だが、富士御殿場蒸溜所50年の歩みは常に順風満帆というわけではなかった。マスターブレンダーの田中城太さんとブランドマネジャーの原田崇さんに、成功までの道のりとこの先のビジョンを聞いた。
※ウイスキー 陸は、富士御殿場蒸溜所の原酒を主体に、厳選した輸入原酒を一部丁寧にブレンドしています。
国内好調の「陸」、世界に誇る「富士」
※ウイスキー 陸は、富士御殿場蒸溜所の原酒を主体に、厳選した輸入原酒を一部丁寧にブレンドしています。
「フルーティーで味わい深い『陸』は、ハイボールから、ストレート、オンザロック、水割り、どんな飲み方をしてもウイスキーの魅力を感じられる『万能型』です」。そう話すのは、開発に携わったマスターブレンダーの田中城太さんだ。「陸」は黄桃を思わせる果実香やパウンドケーキのような優しい香りが特徴で、特にハイボールにするとその芳醇さが際立つ。「レモンを添えて味を整える必要がないくらい」。
シュワッと爽快感のあるハイボールは揚げ物や脂っこい食べ物との相性がいいが、「陸」のハイボールは魚料理や煮物ともよく合う。実際、田中さんは魚料理専門店の店主から「『陸』のハイボールだとおかわりする人が多い」と声をかけられたそうだ。そうした反響の大きさは当然売り上げにも繋がっていて、ブランドマネジャーの原田崇さんによれば、「陸」は2022年にリニューアルを行い、2022年、2023年と2年続けて前年の約2倍となる売り上げを達成し、2024年も上期の時点で前年比1.7倍の伸びを見せているという。
国内市場で広く受け入れられることを目指した「陸」に対して、同じ2020年に発売された「富士」は日本を代表する高品質なウイスキーを世界に発信したいとの想いから生まれた。
2020年に「富士」の「シングルグレーン」、2022年に「シングルブレンデッド」、2023年に「シングルモルト」と、原料含め製法が異なるタイプのウイスキーを立て続けに発表すると、3商品とも2023年、2024年と世界的な酒類品評会「インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC)」でゴールドを受賞(「シングルグレーン」は2020年からの5年連続受賞)。ジャパニーズウイスキー「富士」の名を世界に知らしめた。
「つくり手として、非常に名誉なこと」と、田中さん。「ISCの審査は、明確でしっかりとした基準をもって審査されるので、つくり方がしっかりしていて、かつ、非常に熟成感のある複雑な味わいでないとそうそうゴールドはとれません」。
「あなたのひと口に50年の旅が詰まっている」
「陸」「富士」を始めとしたキリンこだわりのウイスキーは、富士山麓にある富士御殿場蒸溜所でつくられている。富士山の頂から蒸溜所までの直線距離は、わずか12キロ。「ウイスキーづくりに必要な良質な水を豊富に得られること。熟成に適した冷涼・湿潤な気候で、きれいな空気があること。この御殿場という場所は、ウイスキーをつくるうえで理想的な条件が揃っているんです」と原田さんは話す。
富士山に降った雨や雪は約50年の歳月をかけてゆっくりと地下へ染み入り、幾重もの地層で磨かれていく。富士御殿場蒸溜所では、その伏流水を「マザーウォーター」と呼び、地下100mの水脈からくみ上げてウイスキーの仕込み水を含め、全ての製造工程に使われる。
「50 Years Journey」。田中さんは、富士山に降り積もった雪がウイスキーとしてグラスに辿り着くまでの時間をそう表現している。「海外で私たちのウイスキーを紹介する際、『あなたのひと口に50年の旅が詰まっている』とお伝えすると、皆さん一様に『Great!』とおっしゃいます。我々は50年近く熟成させた原酒を使ったウイスキーもつくっていますが、そうなると一口に約100年もの時が詰まっているわけです。まさにウイスキーは“時の贈り物”ですよね」。
日英米3社の力を結集 多彩な原酒をつくり分け
日本には現在計画段階も含めると120近い蒸溜所があるが、富士御殿場蒸溜所のようにモルト原酒とグレーン原酒の両方をつくれる施設はそう多くない。「多彩な原酒をつくり分け、熟成のピークを見極めながらブレンドすることで様々な表現をしていくのが我々のユニークネスであり、スタイルです」と田中さんが言うように、敷地内に5棟ある熟成庫には50年以上つくり続けてきた、原料や蒸留方法、そして熟成年数も異なる原酒が詰まった木樽が多く積まれ、あたりにふくよかな香りを漂わせながら熟成の時を刻んでいる。
なぜ多彩な原酒をつくれるのか。それは、富士御殿場蒸溜所の成り立ちが深く関係している。キリンのウイスキーづくりは、1972年にキリンビール、J・E・シーグラム社(米)、シーバス・ブラザーズ社(英)の3社がキリン・シーグラムという合弁企業を設立したことに遡る。シーバス社からはスコッチの、シーグラム社からはカナディアンとバーボンのウイスキーづくりのノウハウを学び、そこにキリンのビール醸造技術を掛け合わせることで日本の食文化や風土に合う新たなウイスキーをつくろうと考えたのだ。
モルトウイスキーをつくるための蒸留器「ポットスチル」や、グレーンウイスキーを蒸留する「マルチカラム」「ケトル」「ダブラー」などを有し、様々なスタイルのウイスキーを生み出せる蒸溜所として1973年に稼働を始めた。
「あの時のこと、今でも忘れられない」
1984年まではウイスキー市場は活況で、富士御殿場蒸溜所もフル稼働。しかし市場の勢いは長く続かず、2009年にかけてウイスキーの国内需要は落ち込んだ。田中さんがアメリカのフォアローゼズ蒸溜所での7年間の勤務を終えて帰国したのは、2009年。先代からの火を絶やすまいと製造計画を立てた。毎年のように事業撤退が検討され、他社との合併も噂されるようになった2010年、原酒の仕込みなしの決定が下された。田中さんは、あの時のことを今でも忘れられないという。
「将来のウイスキーづくりを考えれば、味わいや品質を保つためにも、たとえ少量でも仕込みは続けた方がいいんです。私たちブレンダーだけでなく、ウイスキーの仕込みから、発酵、蒸留、熟成を行うディスティラー(蒸留技術者)も、ここで働く人は皆ウイスキーが好きで入社してきた人ばかり。仕込みゼロにモチベーションを低下させた人は少なくありませんでした」
20年先の夢 「妄想」が会社を動かした
「絶対にウイスキー事業を潰すわけにはいかない」。創業時から尽力してきた先輩や、思い叶わず去っていった人たちのためにも、とにかく何とかしなければと田中さんはすぐさま行動を起こした。「まずはこの先20年のロードマップを作ることにしました」。
「10年後にはウイスキー商品で国際的コンクールにおいて世界的な賞をとる。そのためにはこの年にこんな原酒を開発する。もう全部夢物語的な妄想ですよ。でも自分の頭の中を整理して、世界一の夢を叶える道筋を企画部門に伝えました」
たくさんの人の想いを背負った田中さんの熱意は届いた。2014年のうちに社内でプロジェクトチームが立ち上がり、ウイスキー事業に関する様々な課題の解決に向けた検討がスタートした。「人を動かすのに、ただ数字を示しても意味がない。いかに『おもしろそうだ』と共感してもらえるかが大切だったんです」。
掲げた世界一は、早くも2年後の2016年に叶うことになる。「ワールド・ウイスキー・アワード(WWA)」で「ワールド・ベスト・グレーンウイスキー」を受賞。さらに翌2017年には、田中さん自身もブレンダー世界一の座に輝いた。「それで一気に会社の流れが変わりました」と、田中さん。2018年に蒸溜所への約80億円の投資が決まり、2019年には樽熟成庫の増設と、発酵・蒸留設備の新規導入がなされた。
「この話をすると感情が高ぶってしまうのですが、ウイスキー事業を潰さないのが自分のミッションだと思っていたので必死でした。だからみんなのうれしい顔を見ていたらこんな幸せなことは……」
ウイスキーづくりの礎を築いた先輩たち、苦しい時を乗り越えた仲間たちの顔を思い浮かべ、田中さんは声を詰まらせた。
私たちが誇れる価値とは 重ねた話し合い
まさにこれからという活気にあふれていた2020年にマーケティング担当としてやってきたのが、原田さんだった。「ワクワクして異動してきたものの、満を持して上市した『陸』『富士』の売り上げが芳しくなかったり、新型コロナウイルスの影響があったりと、当初描いていた未来とは違う現実が待っていました」。
新たに増強した熟成庫の中で、自分の上に樽がどんどん積み上がっていく夢にうなされたことは一度や二度ではなかった。「原田さんはそれだけプレッシャーを感じていたということだよね。本当に、ウイスキーは難しいんですよ。需要予測を誤れば、樽の在庫が宝にもなり、重石にもなりますから」と田中さんは言う。
転機になったのは、2021年春に「このままで本当に大丈夫か?」という声が上がったことだったと原田さんは振り返る。「期待も大きかった中で、計画通りいってない現実を逃げずに直視した結果、関係者から率直な意見がたくさん出ました。その中で一番大きかったのは、たくさんの人が関わるウイスキー事業において、みんなが同じ方向を向いているようで実はそうでなかったことが浮き彫りになったことです」。
本音の話し合いを何度も重ね、ビジョンからつくりあげることになる。最終的に掲げたビジョンが「富士御殿場の自然と人が織りなすキリンらしいウイスキーで、世界中の人々の幸せを広げる」。蒸溜所のつくり手を含めたウイスキーに関わる人たちと同じビジョンを共有できたことで、進むべき方向性がクリアになった。
この流れで実施した2022年の「陸」の味わいやラベルデザインに関するリニューアルは、結果として大成功を収めた。
自然環境や設備ももちろん重要だが、ウイスキーづくりに最も大切なのは「人」だと田中さんは言う。「どれだけ手塩にかけたか。どれだけのパッションを持ってやっているか。これらはすべて味に表れます。富士御殿場蒸溜所ではモルトウイスキーとグレーンウイスキーをつくり分け、仕込みからボトリングまでを一貫して行なっていますが、世界中見渡してもそんな蒸溜所は稀。すべての工程に同じ志を持った人間が関わっていることは、私たちが誇れる価値であり、こだわりです」。
この話に、原田さんも頷く。「時代と共に、ウイスキーのつくり手も、そこに関わる人の顔ぶれも変わっていきます。だからこそ創業時の想いに立ち返り、「我々は何者なのか」を突き詰めながら、関係者でビジョンを策定し、『陸』『富士』のブランドのパーパス(存在意義)も規定できたことが大きかった。ここが揺るがなければ、人が変わっても『陸』も『富士』も、末長くお客様に楽しんでいただけるブランドとして残っていくはずです」。
富士御殿場蒸溜所でしかつくれないウイスキーを――。田中さんは、常に「魂を揺さぶるウイスキー」をつくるべく注力してきた。「ウイスキーは、その楽しみ方によって、私たちの生活に喜びをもたらすことができるものです。『富士』は飲み方によって様々な魅力を見せてくれる商品に仕上がっています。例えば、“『富士』スパークリング”。キンキンに冷やしたシャンパン用フルートグラスに『富士』を注いで炭酸水で割ってシャンパンのように楽しむことをおススメしています。ちょっと飲み方を変えるだけで味わいの表情が変わる私たちのウイスキーで、ぜひ多くの方に魂が揺さぶられる体験をしていただきたいですね」。
田中城太(たなか・じょうた)
1988年キリンビール入社。ワイン関連業務などを担当し、2000年にブレンダーに。2002年からアメリカ・ケンタッキー州のフォアローゼズ蒸溜所でバーボンの商品開発全般に携わった。2009年以降はキリンビール商品開発研究所でブレンダー業務に従事。2010年にチーフブレンダー、2017年にマスターブレンダーに就任。同年、ウイスキー業界に著しい貢献をした蒸溜所や人物などを表彰する世界的なコンテスト「アイコンズ・オブ・ウイスキー」で「マスターブレンダー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。
原田崇(はらだ・たかし)
2008年キリンビール入社。沖縄支社、広域流通支社で約6年間、国内ビール営業を担当した。2015年にベトナムで海外飲料事業に携わった後、2016年からミャンマーで海外ビール事業の営業・マーケティング業務を担い、「一番搾り」の立ち上げにも尽力した。2020年に帰国後、「陸」「富士」をはじめとしたキリンウイスキーブランドの担当に。2021年より洋酒カテゴリーブランドマネジャーとして、洋酒全体の統括を行う。