乳がんは、女性が罹患(りかん)するがんの中で最も多い病気です*1。近年は、乳がんの「多遺伝子検査」が登場し、一人ひとりに適した治療を選択できるようになってきました。10月19日、乳がんの治療選択のいまを知るシンポジウムが浜離宮朝日小ホール(東京・築地)で開催され、オンラインでの視聴を含めた多くの参加者が、熱心に聞き入っていました。

「多遺伝子検査」とは

診断や手術時に切除したがん組織中の複数の遺伝子を調べて、がんを診断したり、「どの程度再発しやすいか」「化学療法(いわゆる、抗がん剤)を併用すると効果があるか」などを調べたりする検査。切除手術後に治療を選択する判断材料にもなる。

講演

私らしく生きていくために
〜知っておきたい、乳がんのこと〜

虎の門病院 乳腺・内分泌外科医長 田村宜子先生

エグザクトサイエンス 採録 講演 田村宜子先生
2003年、東京医科歯科大学卒業。国立がん研究センター中央病院外科等を経て、13年4月虎の門病院赴任、17年4月から現職。

年々改善している乳がんの予後

乳がんは日本人女性の「9人に1人」が罹患する*1、いまや大変身近な病気です。一方で乳がんの予後は年々改善しており、この15年ほどの間に「5年生存率」は、リンパ節転移のない0期・I期の患者さんの場合、96.6%から99.3%まで上昇。遠隔転移のあるⅣ期の患者さんの場合も、25.3%から39.3%まで上がっています*2。これは、手術や薬物療法の発展、そして専門医による標準治療(科学的根拠に基づいた、現在利用できる最良の治療のこと)の普及によるものといえます。

治療選択に役立つ多遺伝子検査

現在、手術で取り切れる段階で見つかった原発乳がんの患者さんの治療方針は、大きく二つに分かれます。一つは、「化学療法(いわゆる、抗がん剤)を先に行ってから手術をする」ケース。該当するのは、がんのサブタイプ(乳がんの種類)がHER2受容体陽性、トリプルネガティブ(HER2受容体陰性・ホルモン受容体陰性)、もしくは腫瘍(しゅよう)が大きい、リンパ節転移がある等の場合です。抗がん剤治療を先行することで、切除範囲を縮小できる可能性がありますし、その治療効果から「抗がん剤の感受性」が分かるため、術後に再発を防ぐ薬物療法の検討にも役立ちます。

もう一つは、「手術を先行して行う」ケース。これは、ホルモン受容体陽性、もしくは腫瘍が小さい、リンパ節転移がない等の場合です。当院では、原発乳がん患者さんの65%程度がこちらに該当します。

手術を先行した場合、手術後に抗がん剤治療をするかどうかは、手術の病理結果のほか、年齢や合併症の有無、副作用のデメリットなどを総合的に考慮して検討します。近年は、この判断材料に「多遺伝子検査」の結果を活用することもあります。私の病院で取り入れている多遺伝子検査は、手術等で切除したがん細胞の複数の遺伝子を調べることで「抗がん剤の上乗せ効果」、いわば、抗がん剤をやるメリットがどれくらいあるかが分かる検査です。

治療の先にある人生のために

このように、がんの治療方針はステージやサブタイプなどによって決めていきますが、ほかにも考えなければならない点は多々あります。副作用をどう乗り切るか。手術による変形や痛みは。仕事との両立は。妊娠・出産への影響は──。どの選択肢にもメリットとデメリットがありますから、患者さんが迷われるのは当然です。

大事なのは「これから先、何を大切にして生きていきたいのか」という点だと思います。それが明確になれば、納得して治療を選択することができますし、この先も自分らしく自信を持って生きていくことができるのではないでしょうか。患者さんが納得のいく治療を受け、日常生活を取り戻していくことを目標に、医療従事者としておひとりおひとりと向き合っていきたいと思っています。

 

トークセッション

「正しい情報」と「自分の価値観」を大切に

田村宜子先生
鈴木美穂さん
土谷あすかさん
司会:町亞聖さん(フリーアナウンサー)

エグザクトサイエンス 採録 トークセッションの模様

多遺伝子検査を受けて決断

 乳がんに罹患した経験のあるお二人にお越しいただきました。乳がんが分かった経緯は。

鈴木 16年前、テレビ局の報道記者として忙しく働いていた24歳のとき、着替えの際に違和感があり会社の診療所へ行きました。その後大学病院で検査をしたところ、ステージⅢでリンパ節転移も発覚。私の人生は終わるのかな、親不孝だな……と目の前が真っ暗になったのを覚えています。

エグザクトサイエンス 採録 鈴木美穂さん
認定NPO法人マギーズ東京 共同代表理事  鈴木美穂さん

土谷 私は6年前、入浴時に変化に気付いてかかりつけ医に行き、両側に乳がんが見つかりました。病気の発覚後も、育児をはじめとする日常生活は続いていくわけですが、ふとした瞬間に涙が出る、不安にかられてネット検索ばかりしてしまう、といった時期もありました。

 治療の選択について教えてください。

鈴木 私の乳がんの種類は「ホルモン受容体陽性・HER2陽性」でした。まず手術をし、その後、2種類の抗がん剤、分子標的薬、放射線治療を受けました。乳がんの再発や転移を予防するためのホルモン治療は、約10年間続けました。

土谷 私は「ホルモン受容体陽性・HER2陰性」のルミナルBという種類でした。切除術と再建術、放射線治療、ホルモン治療も受けました。また私は「多遺伝子検査」を受けた結果、抗がん剤はしないという決断をしました。主治医の先生が、これまで多遺伝子検査を受けた方々の事例をあげながら「どんな数値が出てどんな選択をしたか」を丁寧に説明してくださり、大変参考になりました。多遺伝子検査の結果が出てからも迷いはありましたが、「もしこの先何かあっても、先生のせいでも自分のせいでもない」と思えるまでじっくり考え、納得して決めることができました。

エグザクトサイエンス 採録 土谷あすかさん
多遺伝子検査を受けた乳がん経験者 土谷あすかさん

 「多遺伝子検査」の解説をお願いします。

田村 私の病院で取り入れている多遺伝子検査については、「がんが再発する確率を抗がん剤で下げられるか否か」の目安が分かる検査であると患者さんにご説明しています。ただ、この検査を受ければ自動的に治療方針が決まるわけではなく、検査結果をどのように解釈するかは患者さんの状況や考え方などによって変わってきます。検査の対象になるのは、「ホルモン受容体陽性・HER2陰性」、そしてリンパ節転移が陰性もしくは3個以内、早期の浸潤性乳がんの患者さんです。当院では全体の60%程度がこの多遺伝子検査の対象になっていると思います。

鈴木 自分に合った治療を選ぶための「ガイド」のような存在は、患者にとって心強いですね。

あなたが大切にしたいことは何?

 医師とのやり取りで大事にしたことは。

土谷 先生には最大の「味方」になってもらいたいと思ったので、私自身も科学的根拠に基づいた正しい知識を身につけることを心がけました。診察室に本を持ち込んで質問したこともあります。

鈴木 診察時間は限られているので、疑問点や伝えたいことは事前に用意するようにしました。また、後で「どうだったっけ?」とならないよう、診察中は詳細にメモを取りました。付き添いの母が一緒に話を聞いてくれることも支えになりました。それから私は、主治医を決めるまでに複数の病院を回って話を聞きました。いつか子供を産みたいという気持ちがありましたが「そんなことを考えている場合ではない」と言われてしまったことも。そんな中、「数年かかるかもしれないが希望を捨てなくていい」と言ってくれた先生に出会い、この先生のもとで治療しようと決めました。それから十数年が経ち、いまは2歳の娘がいます。

エグザクトサイエンス 採録 田村宜子
虎の門病院 乳腺・内分泌外科医長 田村宜子先生

 参加者や読者の皆さんにメッセージを。

土谷 同じ病気の人との情報交換やコミュニケーションは、私にとっては心の整理をするいい機会になりました。治療の過程ではしんどいこともあると思うのですが、踏ん張って乗り越えていかれることを心から願っています。

鈴木 私はいま、がんを経験した人やその家族・友人など、がんに影響を受けたすべての人が、看護師や心理士などに無料で相談できる場「マギーズ東京」を豊洲で運営しています。どなたでもお気軽にお越しいただければうれしいです。

田村 乳がんの治療を決めていくにあたって、科学的根拠に基づいた「正しい情報を理解する」ことは欠かせません。多遺伝子検査もその一助になるでしょう。一方で、正しい情報を収集・理解することだけに追われるのではなく、「自分自身に向き合う」時間もぜひ取っていただきたいのです。何を大切にしたいのかという軸がはっきりすれば、納得のいく治療選択、そして納得のいくその後の人生へとつながっていくと思います。

エグザクトサイエンス イベント 町亞聖さん(フリーアナウンサー)
司会・町亞聖さん(フリーアナウンサー)

*1 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(2020年)
*2 全国がん罹患モニタリング集計 2009-2011年生存率報告(国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センター,2020)、独立行政法人国立がん研究センターがん研究開発費「地域がん登録精度向上と活用に関する研究」平成22年度報告書

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