キリンホールディングスのプラズマ乳酸菌に関する研究が、国内屈指の顕彰である2023年の全国発明表彰で「恩賜発明賞」を受賞した。健康食品素材としては初、食品企業では59年ぶりとなる快挙だ。プラズマ乳酸菌を活用した最初の商品発売から12年あまり。健康志向の高まりにも後押しされ、その名は広く知られるように。心身の健康と幸福感を満たすウェルビーイングを目指して進めてきた地道な研究と今後の展望について、キリンホールディングス・ヘルスサイエンス研究所所長・藤原大介さんに聞いた。
ゼロから生み出した世界初※の乳酸菌
※ヒトでpDCに働きかけることが世界で初めて論文報告された乳酸菌(PubMed及び医中誌Webの掲載情報に基づく)
全国発明表彰は、1919年に創設された帝国発明表彰が前身。日本の科学技術の振興・発展に大きく貢献した発明に光をあてる歴史と権威ある顕彰だ。恩賜発明賞は全国発明表彰の中でも最高位の賞であり、最も優れた発明・意匠の完成者に贈られる。
歴代の受賞は機械、家電、ITといった工業や通信分野での発見・開発が目立つ。「食品も大きな産業ですが、こういった顕彰で突き抜けられないジレンマがあったと思います。食品業界としても価値がある受賞で、大変光栄です」と藤原さん。プラズマ乳酸菌の生みの親として研究を率いてきたリーダーは、その研究について「白紙に絵を描くところからスタートした」と明かす。
2000年ごろから「食と免疫」をテーマに研究を続け、プラズマ乳酸菌に着手したのは08年。未知なるウイルスに対してワクチンや抗ウイルス剤に次ぐ「第3の対抗手段」をゼロからつくり出そうと走り出した。
着手から2年後、藤原さんが世界で初めて発見したのがプラズマ乳酸菌だ。最大の特長は、免疫の司令塔であるプラズマサイトイド樹状細胞(pDC)に直接働きかけること。一般の乳酸菌が一部の免疫細胞のみを活性化するのに対し、プラズマ乳酸菌はpDCを活性化することで、免疫細胞全体を活性化できる優れた性質を持っていた。
250種類以上もあると言われる乳酸菌。藤原さんは食品で一般的に使われていたような目ぼしい株ではなく、ほぼ産業利用されてこなかった株を調べたという。すると、求めていた機能と強烈な個性をあわせ持つ株に出合った。「乳酸菌としては変わり者ですね。増殖しづらいし、独特のにおいもありましたが、これはいいと思いました」
揺らがない研究姿勢で勝ち得た免疫の機能性表示
免疫は外敵から体を守る防御システム。人々の健康な暮らしに欠かせない分野だけに、世界中の研究者がしのぎを削っている。免疫と乳酸菌の関係についても大勢の研究者が着目していたが、「pDCを活性化できるような乳酸菌は存在しない」という論文が発表され、プラズマ乳酸菌の発見まではそれが定説になっていた。
だが藤原さんは気に留めず、自分の仮説を信じて研究に没頭した。それは「生への畏敬(いけい)」を掲げるキリンの研究姿勢を如実にあらわしている。
「入社当初、先輩研究員とビール酵母の研究をしていました。微生物の働きについて仮説を立てては議論する毎日がとても刺激的で。研究の面白さに開眼したのは間違いなく、キリンの一員になってからです。人の熱意と哲学に触れたことが大きかったように思います。自分なりの研究を確立して、商品として届けないと意味がないぞという気持ちがより強くなりました」
その成果が学会や研究者の間で評価を得たことも推進力になり、17年にはグループを横断するプラズマ乳酸菌の新ブランド「iMUSE」を立ち上げる。一般消費者の認知拡大の起爆剤となったのは、20年に機能性表示食品として届出公表されたことだろう。
治療や病気への関わりが強いため、ほかの保健機能よりも表示難度が高いとされた免疫領域。日本で初めて、その機能に触れる届出が公表された。以来、商品のラインナップも拡大を続け、健康の土台である「免疫」の意識を高めることの大切さを地道に伝え続けた。消費者意識と時代を変える「健康な人も取り組むべき免疫ケア」を広める活動は、今も続いている。
プラズマ乳酸菌でかなえたい「二つの夢」
現在、プラズマ乳酸菌を用いた機能性表示食品は57種。ヨーグルトやキリン定番の清涼飲料水、サプリメントなどに加え、外部パートナーとのコラボレーション商品も続々登場している。世界初の発見から、免疫市場の創造・拡大を担ってきた。消費者の意識に大きなインパクトをもたらした要因について、藤原さんは「免疫は自分ごと化しやすいから」だと分析している。「免疫は誰の体にも備わっていますし、適切に維持することにこしたことはないですよね。消費者の間でも免疫は健康に不可欠なものだと知られるようになってきました。この数年、普及啓発にも注力しています」
小学校を対象とする免疫ケアの出前授業や、自治体や企業と連携する「げんきな免疫プロジェクト」など多角的に取り組んでいる。藤原さんがプラズマ乳酸菌を通して思い描く夢は二つあるそうだ。一つは、日本で個人が知識を持ってセルフケアを取り入れていく機運を高めること。もう一つは、世界の医療に寄与すること。
「医療インフラが行き届かず、多くの生まれたばかりの命が失われる地域があります。どんなにいい薬をつくっても、それが届かなければ意味がない。世界に医師、診療所、薬が保存できる冷蔵装置の3拍子がそろっている場所がどれだけあるでしょうか。だから、常温保存が可能で、医師がいなくても口にできて、健康につながる食品として役立ってほしいと思っています。厳しい環境にある人の運命を一人でも多く、好転させられたら」と期待を込める。
かつて高速鉄道技術が海をわたったように、時代を動かす発明として評価された研究とその成果が、世界に広がりつつある。キリンのコーポレートスローガンは「よろこびがつなぐ世界へ」。食とバイオテクノロジーの先端研究が生んだプラズマ乳酸菌が日本の科学技術振興を背負い、世界で存在感を強める日はそう遠くはなさそうだ。
気温が下がり、乾燥が進むこれからの時期。体調管理を気にかける人は多いだろう。日々の食事・睡眠・運動のバランスを取りつつ自分に合う商品を見つけて、無理のないセルフケアを。
キリンホールディングス ヘルスサイエンス研究所所長 藤原大介さん
ふじわら・だいすけ/東京大学大学院農学生命科学研究科修了。1995年にキリンビール(株)入社。理化学研究所への出向、カリフォルニア大学への留学などを経て、2023年4月から現職。趣味は免疫研究の一環で始めたランニング。